表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
19/90

碧眼の裁定

始業前。

女子寮の石段には、朝露がまだ薄く残っている。


その前に立つアルテリスの金色の髪は、朝陽を受けて淡く透けていた。

雲を思わせる柔らかな髪が風に揺れ、琥珀色の瞳が静かに寮の扉を見つめている。


やがて扉が開き、現れたのは漆黒の長い髪をふわりと揺らした少女。

深紅の瞳を持つジャミーラだ。


差し込んだ陽光に照らされ、彼女の黒髪は夜の色を残しながらも柔らかく艶めいた。


「アルテリスさん?」


「シャマル様、おはようございます」


「おはようございます。どうなさったの?」


アルテリスは一礼する。

その所作はいつも通り丁寧で、無駄がない。


けれど——


いつもの穏やかな微笑みは、今日はどこか硬い。

面差しには、沈み込むような緊張が滲んでいる。


「本日放課後、シャマル様の神聖術を、

ムスタファ殿下とオリヴィエ副団長にご覧いただくことになりました」


——ただ、その一言を伝えるためだけに。

わざわざ、ここまで足を運んだのだ。


ジャミーラの胸に、鋭い緊張が走る。


(……こんなに早く、殿下と副団長の前で……)


アルテリスは深く頭を下げた。

金の髪がさらりと流れ落ちる。


「講義が終わりましたら、

教室の前までお迎えに参ります」


「……ありがとう」


答えながらも、ジャミーラは無意識に袖口を握りしめていた。

深紅の瞳に、わずかな不安が揺れる。


ちょうどその時、朝の鐘が鳴り響いた。

澄んだ音が空気を震わせる。


二人はそれ以上言葉を交わさず、静かに別れた。


⚜️⚜️⚜️


夕暮れ。

聖騎士団支部の訓練場には、沈みゆく陽を追い払うかのような冷たい風が吹き抜けていた。


西空にはかろうじて赤が残り、

その名残を受けて、松明が一つ、また一つと灯されていく。


揺れる橙の光は石畳に文様を描き、

昼と夜の狭間にある静けさが、訓練場全体を包み込んでいた。


その静寂を切り裂くように、硬い靴音が近づく。


「……まったく。

この多忙な折に呼び出されるとは、どういう了見ですの」


黒の団服を纏った銀髪の女性——

ジゼル・オリヴィエが姿を現す。


さらりと流れる長い銀髪は月光を思わせる冷ややかな輝きを帯び、

その碧の瞳は鋭く澄んでいる。


眉間には明確な皺。

整った顔立ちが、いっそう厳格さを強めていた。


「祈祷班は今、昼夜を問わず結界石の修復に当たっておりますの。

余裕など、どこにもございませんわ」


「悪いな、副団長。

だが、これは“例の件”に関わる。学園防衛のためだ」


漆黒の髪の青年——ムスタファが一歩前へ出る。

その動きに合わせ、後ろの襟足から細い三つ編みが一本、静かに揺れた。


深紅の瞳が、静かにジゼルを見据えた。


「……かしこまりましたわ。

ですが、手短にお願いいたします」


ジゼルは険しい息を吐き、やむなく頷いた。


視線が訓練場の中央へと流れる。


そこには、漆黒の長髪の少女と、

金色の髪の少年——アルテリスが整列していた。


アルテリスが一歩前へ出て、一礼する。


「お越しいただき、ありがとうございます。オリヴィエ副団長。

こちらが、ジャミーラ・シャマル様でございます」


紹介を受け、ジャミーラが静かに頭を下げる。

ふわりと揺れた黒髪が肩を滑り、深紅の瞳がまっすぐジゼルを見つめた。


「貴女が、シャマルさん」


ジゼルは一瞥すると、即座に本題へ入った。


「試験内容は単純です。

ここにいる四名を守る結界術を形成しなさい——始めて」


碧の鋭い眼差しが、逃げ場を断つ。


「……はい」


ジャミーラは静かに息を整え、一歩前へ出た。

胸の前で指を組み、そっと目を閉じる。


「《女神アウロラ様。

どうか、光の理をここに敷き、

迷いを招くものを、遠ざけてください》」


薄闇の中へ、祈りの詠唱が溶けていく。

静かでありながら芯を持つ声が、澄んだ空気を震わせた。


掌に灯った白光は、細い金糸となって広がり、

ふわりと舞い上がる。


光の花弁が夜気の中に咲き、

やがて四人を包み込むように結界を形作った。


風が凪ぎ、松明の炎の揺れが止まる。

空気そのものが清められたかのような、深い静寂。


ジゼルの瞳が、わずかに見開かれる。


(……ランデュートに生まれながら、

ここまでの制御を……しかも、独学で?)


「——結構です。

収束させなさい」


指示に応じるように、光は静かに収まり、

残響だけが空へと溶けていく。


短い沈黙。


やがてジゼルは、ゆっくりと息を吐いた。

先ほどまで漂っていた苛立ちは消え、

碧の瞳には、確かな敬意が宿っている。


「見事です、シャマルさん。

学ぶべき点はございますが……

正しく導けば、立派な神聖術師になられるでしょう」


ジャミーラは深く頭を下げる。

黒髪が前へと流れ、紅の瞳がわずかに潤んだ。


「もったいないお言葉です、オリヴィエ副団長様」


ジゼルはムスタファへと向き直る。


「この方なら、我々の戦力となります。

支部長には、私からも推薦いたしましょう」


ムスタファは短く頷く。

深紅の瞳が、わずかに和らいだ。


「助かる」


ジゼルは再びジャミーラを見る。


今度は、ほんのわずかに口元を緩めた。


「良いものを見せていただいたわ。

この件が落ち着いたら、改めてゆっくりお話ししましょう」


銀髪をさらりと揺らし、踵を返す。


その背は真っ直ぐで、

凛然とした歩みは夜へ溶けていった。


残された空気は、まだ冷たい。

だがそこには、確かな光が残っていた。


「お前の見立ては、正しかったようだな」


ムスタファの小さな呟き。


アルテリスは控えめに微笑む。

金の髪がそっと揺れ、琥珀の瞳に淡い安堵が灯る。


それは——

満足と誇りが、静かに滲む笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ