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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
18/91

夕映えの進言

夕暮れ。

生徒会室には沈みゆく陽の赤が満ち、机上に積まれた書類の影が、細く、長く伸びていた。


ムスタファは最後の報告書に署名を終えると、静かにペンを置いた。

深く息を吐けば、指先に残るインクの匂いが、今日一日の重さを物語る。

その漆黒の髪の一房の編み込みが、沈黙の中でわずかに揺れた。


「お疲れ様でございます。

お茶をお淹れいたしましょうか」


控えめな声が、沈黙を崩す。

アルテリスだった。

金色の髪が光を受けてふわりと揺れ、澄んだ琥珀色の瞳がそっと主の様子を伺う。

机を整えながらも、わずかに肩を丸めるような仕草で緊張を滲ませていた。


「いや、茶はいい。少し休んだら、寮に戻ろう」


疲労を隠さぬ声音。

それでも、その奥にある張り詰めた気配は、なお解けてはいなかった。


アルテリスは、書類の束へと目を走らせる。


「……本日だけでも、生徒間の争いがかなり増えておりますね」


「瘴気の影響だろう。増え方が、あまりにも急だ」


ムスタファはこめかみに指を当てた。


瘴気——悪魔がもたらす負の気。

人の心に巣食い、些細な不安を疑念へ、疑念を争いへと変えていく。


結界石が破壊されて以来、その影響を受ける者は急増していた。

小さな口論は容易く暴力へと変わり、そのたびに、生徒会と聖騎士団の名を持つ彼らが、裏で火消しに走っている。


「学園内の団員だけでは……限界がございますね」


「……支部長の意向も、理解はしている。

だが、これは無茶な命令だ」


事を公にせず、秘密裏に対処せよという指示。

団服を着た団員は学園に入れず、動けるのは学園と聖騎士団、両方に籍を持つ者のみ。


——火種だらけの学園を、わずかな人数で抑え込めというのだ。


短い沈黙が落ちる。


やがて、アルテリスが口を開いた。


「……殿下。ひとつ、お願いがございます」


ムスタファは目を閉じたまま、その声に耳を傾ける。


「なんだ」


「一度、ジャミーラ・シャマル様の神聖術を、ご覧いただけないでしょうか」


ムスタファは深紅の瞳を開いた。

眉間に、深い皺が刻まれる。


「……何故だ」


「その上で、もし適任とお認めいただけましたら——

シャマル様を、聖騎士団の“見習い”として推薦していただきたいのです」


生徒会室に、わずかな沈黙が落ちる。


その間に、ムスタファはアルテリスの意図を悟っていた。


「……なるほど。

確かに、彼女が戦力となれば助かる。

神聖術を扱える者が増えることは、今の状況では歓迎すべきことだ」


視線を、再び書類へと落とす。


「お前は、彼女の神聖術を見たことがあるのか」


「はい。入学式典の日に、拝見いたしました」


アルテリスは、慎重に言葉を選びながら続ける。


「シャマル様の神聖術は、独学とは思えぬほど、洗練されております。

何より——シャマル様は、学びを怠らず、他者に手を差し伸べることを躊躇なさらない。

神聖術師の資質が、おありかと存じます」


ムスタファは小さく笑った。

皮肉めいたその笑みの奥に、かすかな安堵が滲む。


「お前は、彼女を買い被りすぎだ」


「買い被りかどうかは——

実際にご覧いただければ、お分かりいただけるかと」


揺らぎのない声音。

真っ直ぐすぎるほどの誠実さに、ムスタファはしばし目を閉じる。


そして、静かに息を吐いた。


「……分かった。

彼女の実力を確認しよう。

放課後に訓練場を押さえておけ」


「承知いたしました」


アルテリスは深く一礼する。

髪の先が軽く揺れ、光を受けて金色の線が一瞬光った。


「それと——オリヴィエ副団長にも、声をかけておけ」


「よろしいのですか」


思わず顔を上げたアルテリスの琥珀の瞳が、わずかに見開かれる。


「お前の判断は信頼している。

悠長に構えている状況でもない。

事は、一度に運んだ方がいい」


「……ありがとう存じます。承知いたしました」


深く頭を下げるその横顔に、安堵と、かすかな希望が灯る。


ムスタファはその姿を見つめながら、胸の奥に渦巻く複雑な思いを、静かに押し殺した。


窓の外では、赤い夕陽がゆっくりと沈んでいく。

やがて訪れる夜の気配が、生徒会室を、音もなく満たしていった。

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