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マヒルBD 2/3 レモンの雫に溶ける夜


「……ん、っ」

「飴、溶けちまったな」

「うん……」


 自分の声も、彼の声も掠れているのがわかる。マヒルは私をベッドに組み敷いて、荒い息を落としながら視線を彷徨わせた。


 恋人としての時間は、いつも視線を交わすところから始まる。彼は唇が触れ合う少し前の一瞬、必ずじっと見つめて来る。

 それは、お互いに初めてのことをしているからだとは思うけれど。

綺麗な瞳に見つめられてしまうと体の中に湧き上がる熱が、優しさを滲ませた目線になぞられて堪えきれない感情が、溢れ出してしまいそうだ。


 私が嫌だと思えば、この人はすぐに察知して躊躇いなく身を引くだろう。理性が強いのはもちろんそうだけど、限界を迎えていても自分の欲を優先させたりしない。

 


 こんな風に舌を絡ませるキスなんて今日が初めてだった。そのきっかけを与えたのは私。

 レモンの飴を『気に入らないなら返して』と言ったのは、私ができる精一杯の誘いだった。


 息をするのも忘れて舌を絡ませ、お互いを貪った。いつの間にか滑らかな甘酸っぱい味は溶けて無くなったけれど、いつまでも離れられない。


 互いに引き合うように密着を繰り返し、レモンの味を分け合い、苦しくなって息継ぎのためだけに僅かに離れて。そして、どちらかが息が整うのを待てなくなってまた唇を重ねる。


 何度も新しい飴を口に入れてキスを繰り返しているうち、意識が朦朧として……気がついたらベッドの上にいた。


 目の前で彼の喉仏がこくり、と音を立てて上下するのが見えた。


 


「……まだ欲しいか?」

「うん」


 ベッドサイドのテーブルに置かれた飴は、こういう事に慣れていない私たちが〝こう言うキスしたい時に、言い訳しなくてもいいアイテム〟だと気づいてしまった。


 今度はマヒルが飴を摘んで私の口の中に入れる。ゆっくり近づく彼の首に腕を差し伸べて引き寄せ、瞼を閉じた。



 レモンの味は少しだけ皮の苦味を残し、爽やかな香りと酸味が舌の奥で淡く広がっていく。

 唇が触れ合うたびその残り香が溶けて、私たちの熱に変わっていった。


 もたらされた雫を飲み干して、唇を離す。息継ぎをして、再び重ね合う。お互いの舌を絡めると、飴と一緒に溶け合える気がした。


 ガリ、と飴を噛む音が聞こえる。眉を顰めたマヒルは指先で私の頬をなぞり、首筋を撫でて鎖骨を滑り、肩のリボンに触れる。




「…………」

「いいよ」

「……ん」


 室内の間接照明に照らされた瞳孔の黒が私の答えを求めて揺らぎ、境界線が柔らかく滲む。

唇が触れ合う瞬間、指先が触れる一瞬前、恋人としてのボーダーラインはとっくに許しているのに……マヒルはこうやって何度も聞いて来る。

 

 怖がっているのかもしれないし、私を大切にしてくれているのかもしれないし……本意を測りかねるけれど、いつも彼からは同じ声が聞こえている。

それは、いつかの遊園地で聞いた……朧げな記憶の中にある『好きだ』と言った苦しげな声だ。

 

 あの時にすれ違っていた私たちは今、こうして二人きりで向き合うことができている。それでも、あの時のマヒルが発した懺悔のような告白が私の中を独占し続けていた。


 もっと早くに気づいていれば、マヒルはあんなふうに苦しまなくて済んだ。でも、私が相手でなければあそこまで重たい声は聞けなかっただろう。


 それが幸せで、嬉しくて、苦しくて、少しだけ歯痒い。自分だって自覚した途端に同じ熱を持っている。

だから、もっと好きにしていいのに……乱暴にされたって構わないのに。

 

 マヒルは優しすぎるから、私から自分で踏み出したの。


 


 するすると解かれたリボンは肩を完全に曝け出し、構造を教えてもいないワンピースはあっという間に脱がされ、下着姿にされてしまった。


「ぷくぅ」 

「えっ、なんで不服そうな顔してるんだ?上手にできただろ?」

「もう少し手間取ると思った」

 

「洗濯してるんだから服の構造くらい理解してる。それに、お前をずっと見てきたからな」

「ずっと、そういう目で見てたの?」



 意味ありげに微笑んだ彼は自分のジャケットを脱ぎ、広いベッドの脇に私のワンピースと共に重ねた。


「……見てたよ」

「いつ、から?」

「お前が女の子になってからって事にしておく」

「え……」

 

「オレがお前のことを好きなのは、いつからかなんて知らないだろ?……ずっとこうしたかった、って言ったらどうする?」




 てっきり今日の話だと思っていた私は固まってしまった。真剣な顔をしたマヒルはいつの間にか衣服を脱ぎ、上半身には私があげたいつものネックレスだけを身につけている。


 彼自身も耳まで真っ赤になっているけど、今までとは違う色を灯した瞳がじっと見つめてきてたじろいでしまった。



「見せてくれ」

「…………え、えっと」

 

「そのために買ったって言ってたよな?どうして隠してるんだ?」

「ま、待って、あの」


「待たない」




 手首を掴まれて、頭の上で片手で縫い止められてしまう。大きな手のひらは余裕で私の抵抗をいなし、視線がもう一度やってくる。


「すごく綺麗だ。月並みなセリフだけど……他に言葉が見つからない」

「…………の?」

「ん?」


「さわら、ないの?」

「…………っ、」


 

  

 ――本当にいいのか?この先に進んでいいのか……?

 

 そんな問いかけを、言葉ではなく瞳が告げていた。私は息を整え彼の瞳に答えるように囁く。

 

「わかってる、でしょ?」

「……それでも聞きたい。何度でも確かめたい。お前がオレを欲しいって思ってくれてるのか」

 


 

 そう言ったマヒルの瞳がかすかに揺れる。迷いと戸惑い、そして愛しさが滲む光。

 それに触れたくて、私は目を逸らさなかった。幼い頃初めて彼に会ったあの日の記憶が突然鮮明に蘇る。


 小さな彼の瞳も宿っていた光は、私と出会ってから生まれたのだろうか。


 もしかしたら、私たちは出会った時からずっとお互いを見つめていたのかもしれない。それは臨空での話ではなくて、おとぎばなしのように今生きているここではない〝どこか〟でも出会えていたならいいのに。

 

 自分の頭の奥に鈍く光る銀色の何か見つけた気がして、それがとてもとても大切なもののように思えて、心の中があたたかなものでいっぱいになる。

 その煌めきが目の前で揺れるシルバーのペンダントトップに残滓を残し、消えていく。




 マヒルの指先が私の頬に触れる。いつもカサついて乾燥していた長い指は、しっかり保湿されて潤っていた。

彼の指は肌をなぞり、その軌跡は焼き印のように肌に熱を灯していく。



  

「お前と一つになりたい……いいか?」


 低く、震える声。私は微かに息を呑む。心が軋むほど高鳴る。


「……うん」


 私のこたえに、彼の表情が一瞬だけ切なげに崩れ、すぐに決意の色が宿った。

深呼吸の音が耳元で落ち、彼の体が静かに私を覆う。


 私も、そうして欲しかったの。小さな声で必死で伝えた声は震えてしまった。

マヒルは小さく頷いて、耳たぶに唇で触れた。


 ━━━━━━

 


 彼の唇に、舌に、私はただ応えるだけで精一杯だ。言葉はもう意味をなしていない。

 それでも触れ合う熱と視線だけで、すべてを伝え合える気がしていた。胸の奥にも、お腹の奥にも、疼くような熱が広がる。




「……ま、ひる?」

「もう少し、ちゃんと準備しないと」

「大丈夫、なのに……あっ!」


「こんなに小さいと思わなかったんだ。ちゃんと濡れてるけど……うぅん、」

「い、から……もぉ」




 彼の指先に絡んだ蜜が糸を引き、僅かな明かりにキラキラと光を弾く。あんなに長い指が奥まで入ってるんだから、大丈夫に決まっ…………。


 私の口から、勝手に溢れた『嘘でしょ?』を聞いてマヒルの顔が気まずい表情に変わる。



 

「見なくていいから」

「…………」 

「…………見るなって」

 

「だって……そ、そんなおっきいの?それ、はいる?」


「…………多分。筋肉だし…………」

「…………」



 夢の中のように浮かんでいた心が静まり、自分の頬が赤くなるのを感じた。思わず二人で笑ってしまい、私は枕に顔を埋める。


「多分、って……ふ、くく……」

「笑うなよ。一応対策は調べておいた。後ろを向いてくれ」

「くくく……んふふふ」

 

「全く……ムードもへったくれもないな」



 笑い転げる裸ん坊の私をクルッとひっくり返し、マヒルも笑いをこぼした。

腰を持ち上げてお腹の下に枕を置き、お尻が突き出すような大誠になって……再び沈黙が降りる。私、すごく恥ずかしい格好じゃない?


 お尻の膨らみにチュッ、と音を立てた唇が触れて……思わず顔が熱くなった。

 プチュリと水音を立てて再び指が膣に侵入し、ゆっくりと形を確かめるように蠢いた。


「や、ぁ!」

「痛くないか?」

「も、指いいから……っ、う」


「我慢しなくていいからな、ちゃんと無理って言ってくれ」

「ん、うん……」




 誰にも触られたことのない場所を慣らされて、痛いどころかすごく気持ちいいなんて言えない。だから大丈夫なはず。


 でも、そんな考えは甘かった。

そっと引き抜かれた指の後に、灼熱の塊が押しつけられる。腰を掴む手も熱くて、びくりと体が跳ねた。


 入り口が無理矢理こじ開けられるような感覚に、体がこわばっていく。



「……っ、力、ぬけるか?」

「…………」

「大丈夫か?」




 先端が少し入っただけなのに、圧倒的な圧力に息が止まる。肩を撫でられ、マヒルが背中にキスしてくれた。


「へ、き」

「…………やっぱり、」

「だめ、やめないで。……お願い」

「…………」


 

 背後から、ゆっくりと深く、熱が私の奥へと侵入して来る。どんどん加わって来る圧に、身体の奥が疼いて震える。

痛い、けど……。


「深呼吸しろ。息を忘れてる」

「……っは、はぁ、はぁ……」

「そう、上手だ」




 マヒルがゆっくりと体を横たえ、少しだけ繋がったままで私を腕の中に収める。不規則な深呼吸を繰り返し、息を吐くたびにマヒルが深く繋がってきて涙が溢れた。


「っ、は……痛い、か?」

「うん……」

「やめてもいいんだぞ」

「やめ、ないで」


 ズキズキした痛みの波と、マヒルの息遣いを感じて目を閉じる。


 あなたがいつも、感じている痛みに釣り合うかはわからない。

でも、私を感じるために痛みを欲しがったあなたと同じになりたいの。

 

 やがて激痛と共に引き裂かれたような感覚が伝わり、お互いの肌が触れて、ようやく息をつく。

 お腹に置かれた彼の手のひらが優しくそこを撫で、首筋に唇が触れた。




 「……ごめんな、痛いな」


 息の合間にマヒルが囁く。私は微かに笑って、首を振った。


「痛くて、いいの」

「……でも、」

「マヒルの、欲しがったものと同じ。私もこれが欲しかった……から」


 抱きしめられたまま、マヒルが僅かに震える。背中から伝わる鼓動が激しくなって、パタパタと雫が肩に落ちてきた。



「マヒル?どし、たの?」

「……なんでもない」

「泣いてるの?ちゃんと、教えて」

 

「…………うん」



 涙の雫は暖かくて、いつまでも降り止まない。梅雨の雨のような優しさが私たちの体に染み込んでいく。

今まで溜め込んでいた何もかもがゆっくりと押し流されて、ただただ裸になった私達の熱が重なり合って、何もかもが満たされていく。



「同じになりたかったって、お前に言われるとは思わなかったんだ」

「……そう」

「やっと一つになれた」

「うん」

 

「まだ、痛いか?」

 

「……ううん。なんだか幸せな気持ちでいっぱいだから、痛くないよ」

「オレも幸せだ。ごめんな、はじめてで上手くできてるかわからない。痛い思いをさせたくなかったのに」

 

 その声の柔らかさに、胸の奥が熱くなる。でも、ちゃんとわかってる。まだマヒルが手加減してくれている事くらい。


 

「マヒル……早く、ちゃんと繋がって。まだ全部はいってない」

「…………」

「マヒル」


「……っ、ん……」

「あ……ひぁっ!」



 

 思わず零れた声に、自分でも驚いてしまう。荒い息が耳元で繰り返されて、やがていつものように「ふっ」と吐息に紛れた小さな笑いがこぼれた。


「可愛いな、今の……初めて聞く声だ」

「……、ん……!!」


 

 その言葉とともに顎を持ち上げられて、彼が覆い被さって来る。長い瞼に飾られた雫が私の瞳に落ちて、二人の涙が溶けて流れていく。

 

 お互いの瞳が映しているのは真っ赤になった自分だ。いつものように私の意思を確認した彼は唇で唇を塞ぎ、厚い舌が差し込まれる。

 重なる角度を変えるたびに私たちは目を合わせ、視線を外さず……言葉のないまま『愛してる』と伝え合った。



 

 彼の鼓動が私の奥に響く。熱と熱が重なり、体温が一つになっていく。深く、さらに深く。慎重に揺らされて体の奥を穿たれ、そこから湧いて来る甘い痛みが指先にまで伝わっていく。


 ずっと一緒にいた筈なのに遠くにいた私達は……ようやく一つになった。同じ感覚を共有しているのがはっきりとわかる。

 甘く痺れるような快楽も、心が満ちていくこの瞬間も、奥まで繋がっているのにもっと欲しいと願ってしまう渇望も。




 深い海に飛び込んだような衝撃が体の中心から生まれて、聞いたことのない自分の声を聞いた。

マヒルの眉間がきゅうっと狭められ、艶やかな吐息が吐き出される。

 

 本能のままにお互いを求め合い、終わらない夜はふけていく。


 

 瞼を閉じ、深く息を吸い、溶け合う熱に身を預ける。

 

 彼の動きはゆっくりと、けれど次第に愛しさと欲しさに押されて強さを増していく。肌のふれあい、視線、体温、すべてが混ざり合い、私たちはひとつの命になれるのだと初めて知った――

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