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8/11

マヒルBD 1/3 計画的犯行

帰らぬ夜 思念ネタバレあり

かっこいいマヒルはいるようないないような。

私自身のモヤモヤを晴らすために描いたものです。

誕生日記念1/3話目。あと2話あります。


イベントストーリーと帰らぬ夜の間あたりのお話。


「ちょっとお話ししたいから、とりあえず座ってくれる?」

 

「なぁ、なんだか怒ってる気配を感じるんだが……オレ、何かしたか?」

「そうかな?自分ではどう思う?」


「…………」



 質問を質問で返す私を見て、マヒルは口を噤む。戸惑いのまま彼はリビングのソファーに腰掛けた。

 

 私達は、レストランでお誕生日のお祝いを済ませて天行の家に帰ってきたところだ。

 これからカイトさんが手渡してくれた動画の鑑賞会をする予定だけれど、私はレストランでのマヒルの言葉に正直カチンときていた。


 笑顔のままなのに、気配察知能力が天元突破している――(私の機嫌が悪い時は特に)彼は眉を下げている。ポーカーフェイスは通じていない。

 

 いつもの上目遣いで見上げられて、自分の決心が揺らぎそうになるけれど……ダメ、可愛い顔に今日は惑わされない。彼自身もわかっていてこの顔を使っているんだから。

 本当にずるい。いつも意のままになるのが悔しいから、私もたまにはびっくりさせたいと言う気持ちが湧いてきた。

 



「……怒ってるだろ」

「怒ってはいないよ、マヒルは『自分が言ったことを覚えてないんだ』と思っただけ」

 

「無責任な事をしちまったのか」

「ううん、むしろ無責任になって欲しいくらいだよ。もっとわがままになるって言ってたのに、そう出来てないんだから」

 

「その判断理由は?」


 こてん、と首をわざとらしく傾げているけれど……これは天然だ。服を着て仕舞えば彼の肉鎧はなりを顰めて、愛らしさが全面に出てくる。どうしたらこんな何面もある姿になれるのだろうか。


 計画的でも自然のままでも結局翻弄されるのなら、もう勝手にしてしまおう。

私はソファーから少し離れた距離を一気に縮める。マヒルは?マークを浮かべたままだ。


 

 

「なぁ、そろそろ理由を教え……わっ!?」


 首を傾げた彼の膝の上に無理やり飛び乗った。向かい合ってソファーに座っているから、バランスが悪い。体勢は勢いの反動を得て、私は背中から床に向かって倒れ込む。大きな手が瞬時に背中に回って引き寄せられ、二人の体が密着した。

 力が込められる腕の筋肉を感じながら思わず笑ってしまい、二人の間に嘆息が落ちる。


「はぁ……びっくりした。危ないだろ」

 

「マヒルが支えてくれるって分かってたから危なくないもん」

「そうだとしてもびっくりするんだ。万が一落として、怪我でもしたら」


「マヒルは私を絶対傷つけたりしない。身体的にはね」

 

「………なるほど?」

「ふん」



 しばしの沈黙が降りる。リビングの一面を占めた大きな窓からは、傾いた陽の光が差し込んでいた。お揃いの藍白衣装がオレンジ色に染まっていく。

 夕日に馴染んだマヒルの顔は朝よりも暖かく、夜よりも柔らかい印象だ。細い顎のラインまで綺麗に照らされたその人は、穏やかなままで私の言葉を待っている。

 


 

「あのケーキはあなたのために一生懸命作ったものだって、私は言いたいの。

 随分前から私がソワソワしてたのを知ってたんでしょ?あなたの誕生日のために色々用意してるのも見てたよね」

 

「あぁ、まぁ、そうだな」


「それなら分かってよ、私が何に怒ってるのか。先に謝ったりしたら鼻先を噛んでやるんだから!」

 

「――ごめん」


「……齧られたいの?」

「それでも構わないけど……『ケーキが欲しいなら、お前に全部やる』って言ったのが気に食わなかったんだよな?」

 

「そう。そうだよ」

「オレが言いたかったのは〝そのままの意味じゃない〟って分かってても、臍が曲がったんだろ?」

 

「そうです!!」


「ごめんな、オレはお前なら分かってくれるって甘えちまったんだ」

「……――――」

 

「それも承知の上で腹が立ってるんだろ。オレはまだ子供のままなんだ……本当にごめん」





 全部を正しく指摘されて、私は項垂れるしかない。彼が放つ言葉は、いつも『言葉通り』ではない。昔から、ずっとそうだった。

 回りくどく、わかりにくく、時には多すぎて時には少なすぎる。


 

 「お前には悩むことなんてないだろ」とよく彼は言うけれど。何も知らない人にとっては「悩みがない人はいいよな」なんて皮肉にも聞こえる。

 

 でも、彼の真意は違う。私自身の悩みに対してはいつも寄り添い、悲しみは分けて幸せは倍増させる事が大前提だから。


『お前が一人で悩む必要なんてない。オレがいるんだから頼ってくれ』

 

 が正しい意訳になる。頭がいいからと言うよりも、私たちが兄妹だったことで生まれた歪みだとは思う。

 けれど、この捻くれ加減に慣れてしまった私は……困った事にこの癖を可愛いと思ってしまっていた。



 

 〝お前なら分かってくれる〟

 〝お前なら、正しく伝わる〟


 そう思っているからこその言葉足らずなのだと理解はしている。

 けれど、今日だけは……私がマヒルのためだけに用意したケーキを独占してほしかった。

『兄さん』から『マヒル』に変わったからこそ、そう思った。私は『恋人』から『妹』に戻るつもりはないんだから。





「私だって、マヒルに何かあげたいの」

「うん」

「私だって、マヒルに……色々してあげたいの。いつまでも妹のままでいるのは嫌なの」

 

「……うん」

 

「マヒルのために沢山考えて、何度もケーキを作って練習したんだよ。全部マヒルだけのためなの」


「…………うん」

「甘えてくれるのは嬉しいけど。そうじゃなくて、」



 

 自分の声も、彼の声もだんだん小さくなっていく。鼻がつんとして『まずい』と気がついた時にはもう雫がこぼれていた。マヒルの空色のジャケットに涙雨が降りそそぐ。

 

 泣くつもりじゃなかった。マヒルはもっと欲張って欲しいって言いたかっただけ。全部差し出すんじゃなくて……せめて半分こにすればいいって、そう伝えたかったのに。


 私こそ子供みたいに泣いてしまった。お祝いの日だから、ずっと笑顔でいてほしかったはずの主役は……すでに心配そうな顔になってしまった。


 後悔の念と取り返しのつかない状態にしてしまった焦りが浮かび、彼のジャケットの襟を握りしめる。

 勝手に泣いて震える肩をそうだと包んだ優しい手がゆっくり動き、やがて頬を滑った指が私の顔を持ち上げた。

視界いっぱいに広がったマヒルは憎らしいほどの満面の笑みだ。

 

 頬の筋肉がふっくりと上昇して、瞳の中の瞳孔が広がる。私を見た瞬間に起こる変化は、いつも雄弁に心のうちを顕していた。


 言葉の足りない彼のもう一つの言語はこの瞳だ。大きく広がる黒に心の中のモヤモヤしたものや、トゲトゲした気持ちが溶けていく。




「かわいい」

「……」

 

「お前はずっと、小さい頃からかわいいな」

「そ、そう言う話じゃないでしょ!」

 

「お前がそうやって怒ってくれるのを期待した、って言ったらどうする?」


「ほっぺをつねって、伸びる限界がどこなのか試そうかな」

「いいぞ?……こんな風に泣かせるつもりじゃなかった。今までのくせでつい言っちまったんだ」

 

()()で、全部よこさないで」

 

「ごめんって。……ケーキの蝋燭を消す時の話を覚えてるか?」


 


 指先でそうっと涙を拭われて、間近にマヒルの顔が近づいてくる。優しい色を灯した瞳は、今日二人で飛んだ空の色をしていた。額が重なって、二人は同時に目を閉じる。


 お互いがすり寄せた額は温かく、まるで小鳥になったような気分になる。こうしたささやかな触れ合いは、私たちの『素直になろう』の合図だ。小さな頃からずっとそうして来たから、怒りはあっという間に消えて行った。


 瞼を持ち上げると、そこにはマヒルがいる。それだけでホッとする。

 



「お願いじゃなくて、物語を考えてたんでしょう?」

「そうだ。オレの物語はずっと未完のままだったんだ、途中で終わる予定だったから」

 

「……ぷくぅ」

 

 

「話はまだ途中だぞ?そうむくれるな。予定航路が変わったんだよ、お前のおかげで。今は終わりを考える事すら出来ないほど臆病になっちまった」


 密やかな声が胸の奥を刺して、つきりと痛みを生む。

まだ知らないことが多すぎるけれど、確かに彼は自分の将来を話してくれた事は一度もない。

 人生設計(ライフプランニング)は、戦闘機に乗る彼ならそれも必須だったから……していないはずなんかないのに。


 終わりと仮定される()()が仕事に含まれてしまう可能性がある人たちは、いつそうなってもいいように――悔いのない人生を送るために、きちんと用意をしている。

 いつか見た遺書も、彼が加入していた保険や現在の資産運用……遺された人たちが健やかに暮らしていけるように、そう言った物の考え方もアカデミーでは教わると聞いた。



 春の終わり、夏への始まりの前に私へと渡された書類一式には――マヒルの財産全てが記されていた。相続人の名前欄には、私がいた。




「必ず帰ってくるって言ったのに、あんなものを渡して来たんだよ。そんな人が何を言っても無駄だよ」

「アレを渡したのは、オレのたった一人の大切な人が……信頼できる人がお前だからだ。分かってるだろ?」

 

「……むぅ」

 

「空を飛んでる間、お前にオレの物を管理して欲しいんだ。

 それから、あの時考えてたのはこれから先のことだ。お前との未来の物語を思い描いていた」

 

「未来……?」

「あぁ」



 胸元に揺れる、暖かなシルバーが光っている。彼の体温が宿されたそれを手の中に閉じ込めて、耳で心音を聞いて、私の心の中にある耳をつつく。

――ちゃんと、マヒルの言葉を翻訳してね、と呟いた。


 


「お前がこの先どこまでも自由に飛んでけるようにって最初は願ったんだけど、その先で俺たちが迷子にならないようにしたいとも願った」

 

「一緒に行くんでしょ?」


「そうじゃない時があっても、結果的にお互いを見失わなければいいだろ?」

「私を閉じ込めたりしないってこと?どう言う心境の変化なの?」


 

「――お前がオレを愛してくれているって実感が湧いたんだ。今までの誕生日も一生懸命用意してくれていたが、今年は少し違うように見えた」


「…………」


「オレが、お前のことを何よりも大切に思っているように……お前がオレを大切にしてくれているなら、自分の命も大切にしなきゃだめだって気づいた」


「…………」


「愛し合っているなら、お互いを信じて時には手を離すことも必要だ。元々監禁の趣味があるわけじゃない。その方が安全だと思ってたけど、お前を信じて任せることも必要だと思った」

 

「あの書類を預けたのは、(のこ)す為じゃなく、帰ってくるためだ。お前がオレの全てだからこそ、そうしたかったんだ。これから先百年を共に過ごしたいって言っただろ。だから……」



「まっ……ストップ!!」




 切々と語るマヒルの言葉は、いつものように複雑な形をしていない。

まっすぐに差し込む夕日のように淡くとろけるような熱を灯して、私へと送り出されている。

 

 なんで突然……こんな素直に言うの?


 情熱を受け止めきれなくなって彼の口を塞ぐと、そこに唇が触れる。軽やかなリップ音と共に潤んだ瞳が視線をよこして、耐えきれずに目を逸らした。




「素直じゃないな?」

「ちょっと待ってって言ったでしょ!」

「はいはい」


 乱れた呼吸を必死で整えていると、長い指が私の髪を掬って耳にかける。そのままゆっくりと耳のかたちをなぞられて、背筋にぞくりと知らない熱が走った。




「何よりも大切なのはお前だよ。お前がいる場所がオレの、唯一安らげる家だ。そこにいつだって帰りたいと思ってる。

オレの命の行き着く先は、ずっと一つだけなんだ」

 

「……うん」

 

「お前の望んでいる物を全部叶えるって言うのは、オレの幸せだったから。それは今も変わらないんだ。でも、犠牲になってお前を置いて逝くつもりはない……んだけど。

 上手く言えないな。なんて言えばいいのかわからないんだ、」



 私はとっさに手を伸ばして、泣きそうな顔をした彼を抱きしめた。

マヒルは小さな頃からずっとしてきた習慣を、いつものようにやっただけだってわかってる。


 でも、今回は小さな誤解をきちんと解いてくれた。今までとは違うんだ……と胸の鼓動が幸せな気持ちを身体中に巡らせて行く。

 

 こんなにくだらない誤解でも、そのままにされない。マヒルはきちんと振り向いて、私の顔を見てくれる。私の気持ちを聞いて、マヒルの気持ちも教えてくれるようになった。


 いつか、全部の秘密が解き明かされて……本当に何もかもを分かち合える時が来る。そんな風に感じた。




「今までは……こんな風に話せなかったでしょ?これからもそうして欲しいな」

「わかった」


「ごめんね、マヒル」

「謝ることなんかないだろ、いつも通りにな」




 小さく笑い合った私たちは体を離して、改めて向き合う。お互いの目に映るのが自分だけだと言うことにこの上ない嬉しさを感じている。

 そんな中で……ふと、他愛もない疑問が浮かぶ。


「そう言えば、今までと違うってどこでそう思ったの?」

「…………」

 

「マヒル?」

「……あー、えーと……いや、これを言ったらお前怒るだろ」


 耳を赤く染め始めた姿を見て、私は思い至る。なるほど、いつものストーキングもしていたってことね。

 ちょっと予定からはだいぶ航路がズレてしまったけれど、まだ修正可能な範囲みたい。私は一人、ほくそ笑む。




「白だよ」

「!?」

「あとね、下は紐のやつ」

「おま、待て!何言ってるんだ!?」


「新しい下着を買ったって、知ってるんじゃないの?」

「違う!いや、知ってるがそうじゃない!!

 お前が買い物をするたびに店員さんに『彼氏の誕生日』って言ってたから、それで……」


「ふぅん?でも好きでしょ、白いの。

 なかなか踏み切ってくれないマヒル君はどうするのかなー?私はちゃーんと準備したからね」

 

「…………………………」

 

「リボンとか、紐とか好きでしょ?プレゼントを開ける瞬間が一番楽しみなんだもんね?

 さーて、上映会を始めまーす♪」

 

「……………………はぁ」


 


 マヒルの『やられた』と言うつぶやきを聞いて思わずにやけてしまう。これが、私の一番ほしかった言葉だ。

 


 付き合い始めたからって、すぐに一線を越えるわけにはいかない。妹だった私をまだ忘れてはいけない。ゆっくり、慎重に、嫌われないように……なんて考えていることはもう分かってた。


 でも、私はこれ以上彼を待たせるつもりはないし待つつもりもない。


 意外に奥手なマヒルの頭の中のスイッチをひねることに、私はこうして成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

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