卜占の謀
モモコ視点です
モモコside
「俺もやってもらおうかな……」
「はい!!やりましょう!ぜひ!私めに占わせてください!」
「あ、あぁ……じゃあ、お願いします」
時刻は19時を回ったばかり。同僚であり、ハンター協会に入社してからずっと仲良しの親友から年末のディナーに誘われて。お家にお邪魔できたのはとってもとっても嬉しかったけれど……いま、私の目の前で苦笑いを浮かべたイケメン従兄弟(仮)を見た瞬間後悔した。
一緒にお邪魔したノゾミさんもおそらく同じ気持ちでいることでしょう。
いつもキリッとしている彼女を見ていた私達にとって、自宅で寛ぐ彼女はとても新鮮だけど。それよりなにより〝従兄弟〟って言い張るこの人……絶対彼氏でしょ。
そうじゃなきゃこんな風に年末の晩御飯にわざわざ来ているはずもなく、食事中も食後の今も呆気にとられるほど甘い空気を感じている。私達、完全におじゃま虫じゃない?
従兄弟(仮)さんは、彼女の口元についたご飯粒を取ってあげたり、目線が動けばその先にある食べ物をよそってあげる、美味しい!と笑顔を浮かべた彼女を優しすぎる笑顔で見つめる……などなどあからさまな態度をとっている。
あんなとろけるような顔で見つめられて、どうしてそっけない態度を取れるのか。それは長い時間を共にしてきた、もしくはただの従兄弟以上の仲良しであるかどちらかだ。
さっき本人に花占いをしてもらったけど、占手である私が何の結果を求めたかと言うと……彼女の恋愛運だった。結果が出た途端2人で見つめ合ってるし。
なぜ彼氏と言って紹介してくれないのかな。少しだけ寂しい気持ちになった。
「あらー?従兄弟さんは花と相性があまり良くないみたいですね。曖昧なことばっかりで結果が出ないです」
「そっか、占いってなかなか難しいんですね」
彼がちぎった花びらは、まるで形を成していない。力加減とかそう言うものじゃなく、まるで本心を隠そうとしているかのような。結果を知りたくないとでも言いたいかのような。
よし、そう来るなら……!!!
「私、占いが好きなんです!タロットカード持ってきたのでやりましょう!」
「え?!モモコ、カードも持ってきたの?」
「うん!他にも色々あるから、従兄弟さんの命運を暴いちゃおっかなー!もちろん恋愛関係のね!」
「はは……お手柔らかに頼みます」
「命運を暴く、か……モモコ、お手柔らかにしなくていいからね。丸裸にしてやって!」
「お前、酷いこと言ってる自覚あるか?オレの未来を見たいのか?」
「そりゃみたいでしょ。秘密主義のあなたの本音が見えるかもしれないし」
「怖いな、それは」
2人の会話を聞きながら、私はカバンの中から3組のタロットカードを取り出す。黒、金、赤と三種類あるけれど……使い慣れて私の気持ちをしっかりわかってくれる黒のカードを使う事にした。久しぶりの本気勝負だ。
「ねぇ……あの子、本当に本音が聞きたいって思ってるのかな」
「そうみたいですね。仕事の勘はいいのに」
「確かに。こっちの勘は鈍いみたいね」
ノゾミさんのご意見は尤もだ。こうなったら彼の真意を測ってみるしかないでしょう。あんな風に「愛おしくて仕方ない」って丸出しなのに……どう見ても告白してないんだもの。
その理由が知りたい。彼女がもしかしたら『知らんぷり』をしている可能性もあるんだよ。だって、彼の視線を受けて幸せを感じているのは間違いないんだもん。
――さて、ピエロを演じているのは彼なのか、彼女なのか。はっきりさせてもらいましょう!!
━━━━━━
「……わぁ」
「なんか怖いカードだね?悪魔?」
「うん、そだねぇ」
タロットの束から一枚を選んでもらう形のワンオラクル式で占いを初めて、すぐにこの2人は両思いだとわかった。私がカードに投げかけた質問は『この2人はどう言う関係なの?』だから。
カードに出てきたのは『THE DEVIL』。初っ端からこれなの?
このカードの絵は頭に角を持った悪魔が真ん中で片手を掲げ、その目前に2人の男女が鎖で繋がれている。この2人は『THE LOVERS』にも描かれたアダムとイブなんだけど、禁断の果実を口にした2人が悪魔に捉えられた様子だとされる。
書かれている数字は15、これは打たれ弱さや人間の弱さを示すもの。でも、これは繁栄や進展の意味もあるんだ。
従兄弟さんのお顔は、整っていてとても素敵だけど隠し切れない仕事上の常、長い年月受け止めてきた自分の欲望がその目に現れていた。
ふとして瞬間に消えるハイライトは……見ていてヒヤヒヤするほどにドロドロした感情を表している。
「このカードは従兄弟さんの心の内側の様子です。欲望に支配されて、鎖で自分自身をがんじがらめにしてる。
でも、救いはあるよ!この人たちはアダムとイブなんだけど……ぶどうと火を持っているでしょ?自分の固執した考えに囚われていても打開策は必ずあると言う事です」
「打開策、ですか」
「はい。あなたが持つ欲望には死ぬまで勝てない可能性があって。時折自分が欲に塗れた……例えば、バケモノのように感じる時もあるでしょう」
従兄弟さんの瞼は僅かに開かれて、瞳孔がきゅうっと小さくなった。ほんの少し揺れている眼球には動揺が浮かぶ。普通の人にならわからない範囲だけど、私は腐ってもハンターだから。しかも、この人はポーカーフェイスを使い慣れている。
「人間の本性に対する執着と未練、逃れられない誘惑との戦い、あなたの未熟さは強力な愛によってそれを閉じ込めた。
それから、悪魔は右手を掲げていますがこれは偽りの手です」
説明を始めると今度は彼女の顔色が変わる。あぁ、従兄弟さんには何か嘘があるんだな……それをこの子は知ってるんだ。だから2人して二の足を踏んでるんだね。
「悪魔の右手は偽りの誓いを意味しています。信頼の不足とも捉えられるけど……ちょっと違うかな。お互いの意思疎通がしきれていない感じ?話し合いが必要で、裸のままの自分をさらけ出したら上手くいくかなーって思います」
「本音を晒せば、と言うのは告白すればって事ですか?」
「うーん、そうですねぇ。それもあるけど……このカードの問題は『自分の望み』を全面に出してしまうことなんです。それが例えば好きな人にとって良くない事でも、その人のためにって押し切ってしまうとか」
「えっ?なぁにそれ、好きだから付き合いたいがメインじゃないの?」
「ノゾミさんは性格が真っ直ぐですからそう思うかもしれませんけどねー。恋愛ってフクザツなんですよ」
「……うぅん……わかんない。結局従兄弟さんは好きな人と付き合いたいの?付き合いたくないの?」
ノゾミさんの質問はとても残酷な響きを持っている。カードの意味もそうだけど、さっきの話をしただけで普通は何かしらを察するものだ。ノゾミさん自身が純粋な人だからそうは思えないんだろうね。
でも、うん。とってもいい質問だと思う。私と目を合わせなくなってしまった従兄弟さんと、頭の中で色々考えてパンクしそうになっている彼女、2人とも同じことを考えているのが良くわかる。
「一番の問題は『欲望』を表に出しすぎて相手が自分と恋愛する意味が何なのか。何をあげられるのかわからなくなっている事ですね。相手を思うからこそ不安で仕方ないし、自分では相手にとって良くない恋人だと思い込んでいます」
「…………」
「このカードが表す恋はすごく情熱的だけど実りにくいです。だから自分の足で踏み出さなきゃ。『相手が感じる事、思う事』はどんなに見知った人でも予測し切れないでしょう?
自分が思う幸せと相手が思う幸せが同じだとは限らない。従兄弟さんが好きな人に〝欲しい〟と思う事こそが相手の幸せかもしれない」
「…………はい」
「臆病も優しさだとは思いますけど、2人で手を取り合う事こそが2人とも幸せになれる唯一の結論になるかもしれませんよ!
じゃあ、次に行きましょう〜♪」
「まだ暴かれるのか……」
「この際だから素っ裸にしてあげますね〜!」
私は従兄弟さんの苦笑いを受けて、さらに闘志を燃やすのであった。
━━━━━━
「じゃあお幸せにね!」
私は2人の返事を待たず、迎えにきたタクシーに乗り込む。降り始めた雪がとっても冷たくて、首に巻いたマフラーを口元まで上げた。
バックミラーに映る2人は玄関先で白い吐息を吐いて、空を見上げている。やがて従兄弟さんに連れられてドアが閉まり、私はニヤけてしまった。
あの2人は間違いなくくっついてくれるだろう。私の一番の相棒であるタロットカードは今日もいい仕事をしてくれた。
年明け後に彼女に会うのがとても楽しみだ。
マフラーの中に小さく笑いを落とし、瞼を閉じる。
本当に、お幸せに。あなた達はお似合いのカップルだから。散々アドバイスをあげた私が言いたいのは、たった一言だけだ。
「さっさとくっついちゃえよ!!!」