約束の夜に
「ん……いっ、」
「!!やっぱりどこか怪我したんでしょ!隠したらただじゃ置かないって言ったのに」
マヒルは眉を顰め、ため息を落とす。昼の事件で怪我を負っていないか確認していたのに、突然ベッドに引き摺り込まれてあやふやなままだった。
私は体の火照りを誤魔化すようにして彼を睨む。
頬に赤みの残ったマヒルは、私を引き寄せながら微笑んだ。
「隠してない。今自覚したんだよ、やっぱ少し足を捻ってたみたいだ」
「一つ目のレスキューでってこと?熱を持ってるなら冷やさないと」
「そこまでしなくていい。二つ目の事件でも問題なく動けてただろ」
「そうだけど」
「朝になったら湿布を貼ればいい。
それより、今はお前を離したくない。じっとしててくれ」
低く、掠れた声が耳元で甘く囁いて腰を抱いた手に力がこもる。
マヒルは体を重ねたあと、しばらくは手に入れた獲物を離さない。きっと、朝までこのままだろう。
昼間の爆発事件は夕方のニュースにもなり、涼しい顔をしているのは当人だけのようだ。行方しれずのヒーローは今も懸命に探されているが、彼の映像がネットに上がるたび瞬時に消されていた。
マヒルはすでに手を回していて、もう映像データ自体も回収されたことだろう。遠空艦隊の名は伊達じゃないと言うことだ。
確かに、あんなにヒロイックな救出劇はそうそうないと思う。あっても困るけど。
突然現れた謎の青年が見事な操舵でヘリを操り、侵入困難な経路を攻略して少女を助けた。そして、ハンターたちをも密かに助けていた……大きな爆発事故だったのに、おかげで死傷者は0だ。
全てを救い上げたヒーローは、誰にも賞賛されぬまま忽然と姿を消してしまったのだから、仕方ないだろう。
謎を謎のまま終わらせると、余計に知りたくなるのが人間というものだし。
マヒルは、ずっとこうして生きていくのだろうか。誰にも知られず、命を賭けて正義を成しても認められず、怪我をしてもなんでもない顔をして。
暗闇の中で紫がちの彼の瞳を見ていると、胸の中になんとも言えないモヤモヤした感情が湧き起こる。
マヒルは、間違いなくヒーロだった。今も、昔もずっと、ずっと。
「なんだ、そんなにじっと見て。足りなかったのか?」
「バカマヒル。えっち。」
「それは仕方ないな、お前が相手なら何度シても満足することはない」
「………………私がへたっぴって事?」
ハッとした彼は私の両頬を大きな手で包み、額をくっつける。柔らかな吐息は優しい体温を宿していた。
「違う。そもそも、上手いとか下手とかわからないだろ?オレもお前も相手はお互いだけなんだから」
「でも、満足してないって」
「そういう意味じゃない。心は完全に満たされてるし、オレはお前がいう通り貪欲なんだよ。……お前に対してだけだけど」
「ふぅん?」
人差し指で額を突くと、不安げな表情に変わったマヒルが顎を引き、上目遣いになった。……ズルい人だ。私がこの顔に弱いと知って、最近はすぐこれを使ってくる。
「怒ったのか?」
「そんなわけないでしょ。ズルいなって思ってるだけ」
「ん?」
「マヒルばっかりかっこいいんだもん。私もあなたに『惚れ直してもらいたい』って思ってるのに」
「そんなの必要ないだろ。一緒にいる時も、離れている時も、オレはお前の事しか考えてない。
惚れ直すと言うか、どんどん気持ちが大きくなる一方だ」
「…………そ、そうなんだ」
言葉がなくなった私たちの間に、温かな気持ちが交わる。マヒルの瞳に熱がこもり、触れ合ったお互いの唇から笑みが溢れた。
「なぁ『惚れ直した』って言ったよな?」
「言ってない」
「言ったのと同じだろ?」
「…………」
いつもの通り屁理屈をこねられる前に、今までやってみたかった方法を試してみよう。どんな効果があるのかは、まだわかっていない。
暗黒マヒルの発言を防ぐ手立ては、まだまだ必要だから。
「マヒル、大好き」
「っ、」
「大好き。大好きだよ、マヒル。私だけのヒーローさん」
自分の吐き出した言葉に感情がつられて、泣きそうな気持ちになってしまう。
そう、マヒルは私だけのもの。私だけのヒーロー。
誰かを救って欲しいわけでもない、怪我なんてして欲しくない。傷つけられるのも、蔑まれるのも、利用されるのも絶対に嫌。
ただ、平穏な毎日をずっと共に過ごして欲しい。普通の幸せを二人で手に入れたい。それだけを思っているのに……現実は残酷だと今日思い知った。
「マヒルは?何も言ってくれないの?」
「愛してる」
潤った唇がほおに、額に、鼻先に触れて切なくなるような儚い笑顔が浮かぶ。
――彼にとっても私は唯一で、私にとっても彼は唯一だから。
私の言葉ひとつで心の奥底まで揺らがせるマヒルは、確かにここにいる。
重なるキスの音を聞きながら瞼を閉じて、絡まる舌先にふと違和感を覚えた。確かめるようにそこをなぞると、かすかな血の味がする。
「ん゛っ!」
「マヒル、口の中が切れてる」
「…………」
「ついに秘密がバレたご感想は?」
「ごめん。でも、粘膜の傷はすぐに治るから」
「知ってるよ!私だって初体験しましたからね、誰かさんのおかげで」
「……………………ぅん」
マヒルが耳まで赤く染まり、私は心底満足した。こう言う結果が得られるならばこれから先も、ちょっと恥ずかしいけど『スキスキ作戦』を実行してもいいかもしれない。
お互いの初めての日を頭の中に思い浮かべていると、彼は赤らめた顔のままで私を組み敷いた。
両手をシーツに縫い付けられて、二人でじっと見つめ合う。
「あの時は痛かった、よな」
「それは、うん。そうだけど」
「今も痛いか?」
「痛くないよ」
「じゃあ、ちゃんと気持ちいいのか?オレは、オレこそお前を満足させられているのかわからない」
「一つになってるなら、同じ感覚じゃないのかなって……思ってるけど」
「じゃあ、試してみよう」
「うん......」
私たちはお互いの引力に逆らわず体をくっつけて、一つになり切れない二つの体を精一杯抱きしめあった。




