いっぱい食べる君が好き
マヒルside
「女の子なんだから単品を食え?そんなこと言われたのか」
「うん、確かに私結構食べるし……そろそろダイエットした方がいいのかな」
大切な大切なオレの妹は今日、しょんぼりしたまま夕食に手をつけず、「何かあったのか」と問いただせばこんな答えが返ってきた。
まさか大学に行ってから彼氏ができていたなんて。愕然としたが、今回が手を繋ぐまでもしてない初デートだったと聞いた。
――まだ、間に合う。そう呟き怒りを腹の底に沈める。
「三大欲求に対して口出しをする人間は碌なもんじゃない。お前、その人のこと本当に好きなのか?」
「.....」
「違うんだな。じゃあ言わせてもらうが、外食は元々栄養バランスがいいとは言えない。それに、単品だけで済ませる方が稀だ」
「そうなの?」
「あぁ。外食産業だって商売だぞ?セットで食べた方が儲かるし、少し足りない程度で作って、メニューを追加するほうが儲かる」
「確かに、そうかも……」
「それに、お前はまだ成長期だ。単品だけで量が足りるとは思えないし、偏った食事をしろっていう方がおかしい。背が伸びなくなっちまうぞ?」
「それはやだ」
「だろ?背が伸びなくなるだけじゃなく、健康面にも影響が必ずある。お前のことを思うならそんな事言うはずもない」
彼氏について『どう言う男なんだ?』と聞くと、彼女は頬杖をついてため息を落とした。
「よくわかんない。告白があんまりにもしつこいから、付き合うしかなくなっちゃったの」
「なるほどな、わかった。あとは兄ちゃんに任せておけ。お前は何も心配しなくていい」
「…………うん」
これでカードは揃った。直接会って話すか、電話で済ませるかは相手方を調べてからにしよう。
ようやくほっとして、途中だった夕食を再開する。
頬杖をついたままの彼女へとたくさんの手製おかずを皿に盛り、差し出すとチラリと上目遣いが飛んでくる。
「マヒル、怒らないの?」
「何に対してだ?彼氏ができたのを黙ってたことか、それとも夕飯を拒否したことか?」
「それもそうだけど……好きでもないのに付き合うな、って言うかなって」
「断りきれなかったんだろ?お前の性格はよくわかってるし、話を聞く限り相手の方が悪い。怒る理由がないじゃないか」
「.....人の気持ちを弄んだとは思う。マヒルが女の子に告白されてた時、きっぱり断ってた。あれは優しさなんだって今更気づいたの」
オレの袖をつい、と指先で掴んだ彼女は瞳から雫をこぼした。震える指先を思わず両手で握りしめると、腕に額をつけて本格的に泣き出した。
「毎日、マヒルと帰ってたでしょ?だから、一人で帰るのが辛かった。ご飯も、おばあちゃんがいても、マヒルがいないのが寂しかった。
それを理由に断りきれないって、考えちゃった」
「…………そうか」
「ごめんなさい」
「謝る事なんか何もない、オレのせいだ。ごめんな、寂しい思いさせて」
「ちがうの、私が悪いの。ちゃんと彼とは別れるから」
震える肩を引き寄せて腕の中に彼女をおさめると、深い吐息が溢れる。頭を押しつけられて、愛おしさが胸のうちから溢れてしまいそうだった。
「お前が寂しいと思ってくれたことが嬉しい。だから、兄ちゃんのせいにしてくれないか。
守ってやれなかった事に後悔してる、オレのためだと思って」
「そう、して欲しいの?」
「あぁ。それから、食事はお前の体を作る大切な要素の一つだ。そういった事に自分の意見で支配しようとする輩は別れ話も揉めるだろ。
今回はオレに任せて欲しい。これ以上情けない兄ちゃんになりたくないんだ」
「…………わかった」
「うん、ありがとな」
「マヒルがお礼を言うところじゃないでしょ?私がありがとうって言わないといけないのに」
「そうでもないぞ」
「なんで?」
「オレは……」
お前のことが好きだから、仮にでも彼氏なんて称号をもらえた男を叩きのめす口実ができたのが嬉しいんだ。なんて、言えない。
口の中で言葉を反芻していると、彼女はうっとりした表情を浮かべて胸に顔を擦り寄せる。
「やっぱり兄さんじゃないと、寂しい気持ちがなくなる事はないんだね。こうやって触ってると、本当に幸せだなぁ」
「そうか」
「マヒルは、寂しくなかったの?」
「寂しかったに決まってる」
「…………彼女とか、できた?」
「そんなの作らないって言っただろ?卒業式のこと忘れたのか?」
「ううん、忘れてない。私はきっと、あの時のマヒルのお話をずうっと覚えてる」
「…………」
幸せそうに微笑む彼女をみていると、オレは心底満たされる。これから先、それが渇望をもたらしたとしても甘い痛みとして受け入れるだろう。
大切な大切な妹を、これから先も守っていこう。こうして、腕の中に閉じ込めて。




