満足に足る支配
ぎし、と縄の軋む音が耳に響く。
私の両手は一つに束ねられ、力の入らない身体を一本の拘束がどうにか自立させていた。
腰が震えるたびに確かな熱と甘い快感が爪先まで伝わっていく。彼の指先が私の中を探り、いやらしい水音が絶えず下腹部から聞こえる。
長い指が角度を変えては何度も肉の壁を丁寧に撫でて、もどかしさを残していく。
もっと深く、もっと強くして欲しいのに。マヒルはそれを知っていて与えてくれない。
私の唇から溢れる吐息と声に知らぬそぶりで耳たぶに歯をあてて「かわいい」と囁く。
「も、おしまい……ッ、や、」
「嫌じゃないだろ?今日オレが帰ってこなかったら、お前の中にあれが入っていたのかと思うと……腹の虫がおさまらない」
「っ、……」
「何でオレに言ってくれなかった?『満足してない』って。一人でするのはいいが、アレはダメだ。許せない」
普段は滅多に聞かないような低い音を吐き、彼が持つ怒りを教えてくる。逞しい腕が背後から腰を持ち上げ、私は簡単に宙に浮かされた。
もうとっくに足は力を失っていて、抱かれたまま揺れるしかなくなってしまう。
ベッドサイドにあるゴミ箱から見えるアレは、部屋のインテリアに似つかわしくない蛍光色を放ち異様な存在感を主張していた。
初めて買ったけれど使ったことはない。彼が長く帰ってこなかったとき、衝動で手に取っただけ。
満たされていなかったわけじゃなく、寂しかった……それだけだったのに。
たまたま今日お掃除をして、しまい忘れていた。
そんな言い訳をしても、マヒルのこめかみに浮かんだ血管は静まってくれなかった。
『こんな怖い顔、久しぶりに見た』なんて呑気に考えていた数時間前の私が今は滑稽に思える。
久しぶりに臨空へ帰ってきた彼の独占欲と支配欲を大いに刺激したらしく、時間の経過が把握できないほど長く拘束されている。
乱暴に剥ぎ取られた私の衣服は床に散らばり、角度の変わった月光だけが部屋の中を照らしている。彼と共に訪れた夕暮れはとっくに過ぎ去っていた。
「いつもお前の体を心配して手加減してたんだが、もうしない。
これを教えたのはオレだけだろ?なら責任を取りたい。あんな物二度と使わないでくれ」
引き抜かれた指が作る空虚に身悶えていると、ずうっと欲しかったものが押し付けられた。余りの熱に、触れただけで火傷しそうだ。
硬く立ち上がった欲望を擦り付けられて、背筋に粟だちを感じた。
「たまたまだったの、寂しい時に衝動で……」
「オレだって離れてる時は、すごく寂しいよ。でも、二度と一人でシない。
二人が繋がった日から、ここはお前だけの物なんだから」
「……マヒル……」
「お前の全部だってオレのものだ。無機物に嫉妬するなんておかしいと分かっていても、どうにもならない」
「あ……」
私の滴りを纏い、彼の熱が擦れて繊細な粒が押しつぶされる。繰り返されるその行為に頭の中で何度も光が弾けた。
震える体を宥めるように、唇が頸や首筋に伝い、私の名が呼ばれる。その声が愛おしくて胸の中からあたたかいものが溢れ出してくる。
早く、私の中に来て欲しい。彼の長い指でも届かない場所に触れて欲しい。
この渇きを教えてくれたのは、マヒルだけ。そして、それを潤ししてくれるのも彼しかいない。
首筋に押し当てられた唇が、やがて少しの痛みを与える。
綺麗に揃った歯列がゆっくりと食い込み、やがて一瞬の理性に引かれるように離れていく。
――いっそ、血が滲むまで噛んで欲しい。そう告げたらあなたはきっと喜ぶだろう。
マヒルは、私だけのもの。私は、マヒルだけのもの。そうだろ?と問われて私の胸の内が満ちていく。
アレを使わなくて良かったかもしれない。こんな風に心までは満たしてもらえなかっただろうから。
「今日は気絶してもやめない」
「……うん」
「いいのか?」
「うん、いいよ」
彼のあたたかい腕に抱かれ、私たちが繋がるその瞬間を瞼を閉じて待つ。
始まりを告げる「あいしてる」が耳の奥に優しく染み込んでいく。反り返る腰を、彼の手がしっかりと受け止めてくれた。
マヒルの震える吐息も、伝わる熱も――確かにこれは私のものだ。誰にも渡したくない。だからマヒルの嫉妬がこんなにも愛おしい。
頬を伝う一雫を唇で受け止めた彼に、同じ言葉で応えて微笑み合う。
お互いにしか満たせない欲望を夜に身を任せ、私は理性を手放す事にした。




