表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/46

第8話 急襲

 

 二日後、レンカは黄色に染まった森の中を歩いていた。

 木々の間から見える空は、どんよりとくもっている。鬱々とした気持ちがさらに増すようで、彼女はため息をついた。

 

 昨夜、シルヴェストルの様子を見に彼の部屋を訪れたが、扉を叩いても応答がなかった。

 心配になって扉を開けようとしたところ、施錠されていたために、中の様子はわからずじまいだった。

 

(今はそっとしておくのが一番なのかな……)


 そう頭では理解していても、なにもできないことが、もどかしかった。


 今後どう情報収集すべきか、レンカはいまだ、シルヴェストルの意見を聞けずにいた。

 吸血衝動に苦しむ彼への対処法も思いつかず、気が滅入る一方だった彼女は、森へ出かけることにした。

 狩りのために、地形を把握しておきたかったのだ。

 

 おおまかな方角は、あらかじめ太陽や影の方向を見て割りだしていた。

 レンカは北側から森に逃げこんだので、追っ手の目につきやすいそちらへは、とても行く気になれない。

 さしあたって、南へ向かうことにした。

 

 木の枝の傾き具合や幹の色、葉の大きさは、北と南で異なる場合がある。それを指標にしながら、慎重に歩を進めた。

 森の全容はわからないが、広大なあまり遭難しても困るので、遠くへは行かないつもりだ。


 目印として白い端切れを木に結びつけながら、三十分ほど歩いたころ、レンカは眉根を寄せた。

 先ほどよりも雲が厚くなり、薄暗くなってきたためだ。


(このままだと、雨が降るかも。もう戻ろうかな)


 きびすを返したが、いくらも経たぬうちに、ぱらぱらと雨が降りだしてしまった。


 頭上を覆う木々の葉が、しばらくは雨を受けとめてくれるだろう。

 しかし、それも長く続くとは思えない。

 案の定、やがて雨は本降りになり、雨粒が体に当たるようになってきた。


(今日はやめておけばよかった!)


 小走りに急ぎながら、レンカは顔をしかめた。


 自身が枯葉を踏む音も、どんどん激しくなる雨音にかき消されて、よく聞こえない。

 

 そのせいだろう。

 背後から近づく足音に、直前まで気づかなかったのは。


(……後ろに、なにかいる?)


 振りかえろうとした瞬間、レンカは後頭部に強い衝撃を感じた。

 痛みにうめく間もなく、彼女はそこで意識を失った。



***



 目覚めてすぐに感じたのは、ずきずきとした頭の痛みだった。

 レンカはそれをこらえつつ、視線を巡らした。

 

(ここは……?)


 どうやら、天蓋つきの寝台に寝かされているようだった。

 三方を紅色の布で囲まれており、足元から部屋の一部が見える。

 正面には窓があり、その向こうに薄鈍色の雲が広がっていた。日射しがないため、室内は薄暗い。

 

(森を探索していて……雨が降ってきたのは覚えているけど)


 その後、どうしたのか。

 窓を見つめているうちに、徐々に記憶がよみがえってきた。


(そうか。あそこで殴られたんだ)


 レンカは上体を起こそうとしたが、つちでガンガンと叩かれたような、ひどい頭痛に襲われた。

 額を押さえ、痛みが引くのを待つ。

 再び体を動かす気になれず、彼女は布団に潜りこんだ。


 アーモスの屋敷にいたとき、レンカはこの部屋に軟禁されていた。

 つまるところ、連れもどされてしまったらしい。


「……最悪」


 レンカは目をつむり、深々と嘆息した。

 

 森にも捜索の手が伸びているだろうと、予想はしていた。

 しかし、追っ手の姿を見かけなかったので、すっかり油断していたのだ。


(炉から出る煙は隠しようがなかったし、チェルヴィナー城にいるのはばれていたんだろうな。……城に乗りこんでこなかったのは不思議だけど)


 シルヴェストルを警戒してのことだろうか、と考えたが、すぐさま思いなおした。

 レンカを追ってきた騎士たちは、他ならぬシルヴェストルによって記憶を改竄かいざんされたのだ。彼の存在を知っているはずがない。


(……いや、そんなことより、まずは逃げだす方法を考えないと)


 噂どおりなら、レンカは早晩、命を落とすだろう。

 だが、それを受けいれるつもりは毛頭なかった。

 

(父親からようやく解放されたんだから、これからはもっと自由に生きていきたい。こんなところで死ぬわけにはいかない!)


 そう決心したものの、頭痛にくわえ、吐き気まで催してきた。

 これでは、作戦を考えるどころではない。誰だか知らないが、こちらの頭を殴った人間が恨めしかった。

 

(……仕方ない。まずは体調を万全にするところから始めないと)


 寝込みを襲われないように祈りつつ、レンカはまぶたを閉ざした。


 そうして、どれくらい眠っただろうか。

 次に目覚めたとき、室内はさらに暗くなっていた。真っ暗闇ではないので、まだ日は暮れていないらしい。

 レンカはそろそろと起きあがり、吐き気のないことにほっとした。頭痛は続いていたが、先ほどよりもだいぶ和らいでいる。


 室内履きを履くと、彼女はまっすぐに窓へ向かった。

 ひし形のガラスを鉛の紐でつなぎあわせた窓からは、眼下に中庭が見える。中央に噴水が置かれ、きっちりと整えられた植え込みが、その周りを取りかこんでいた。

 雨はすでにやんだらしい。


 レンカは中庭に目を凝らした。

 小暗がりのなか、四方に人影が見える。その数は、五。恐らく、アーモス配下の騎士たちだ。レンカの逃亡を阻止しようと、配置されているのだろう。


(きっと、扉の外にも見張りがいる。……どうしたものか)


 チェルヴィナー城の自室より三倍は広い部屋を、レンカはうろうろと歩きまわった。


 一瞬、シルヴェストルに頼ろうかと考えた。紅血の指輪を使って命じれば、彼はこの屋敷から連れだしてくれるだろう。

 しかし、こき使わないと言い切ったからには、できるだけ指輪の力を使いたくない。ここでシルヴェストルの力を借りてしまえば、後々後悔する気がした。

 くわえて今の彼は、自分自身のことで手いっぱいのはずだ。こちらの問題に巻きこむのは、気が引ける。


 やはり自力で脱出するほかない、と覚悟を決めたところで、扉を叩く音が聞こえた。


 レンカはとっさに寝台に駆けもどり、布団に潜りこんだ。

 まだ具合が悪い振りをしていたほうが、都合がよい気がしたのだ。

 もう一度扉が叩かれ、できるだけ弱々しく「どうぞ」と答えた。


「……失礼いたします。よかった、目を覚まされたのですね」


 入室したのは、以前レンカの世話をしてくれた、壮年の女中だった。

 女中は円卓に料理の載った盆を下ろし、寝台の脇まで運んでくれた。聞けば、夕食だという。

 給仕は必要ないと伝えると、女中は天蓋の布をまとめ、卓上の蝋燭に火を灯してから立ち去った。

 その足音が完全に聞こえなくなってから、レンカはむくりと起きあがった。


 食事が運びこまれたときから、彼女にはひらめくものがあった。


(これしかない)


 レンカは口を引き結ぶと、右手の扉を挑むように見すえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ