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第7話 渇望(2)


 その夜、寝台で眠っていたレンカは、ふと目を覚ました。

 寝ぼけまなこで、暗闇をぼうっと見つめる。

 そして何の気なしに右を向いたとき、闇を凝縮したようななにかが、視界いっぱいに飛びこんできた。


「わあっ!?」


 レンカは飛び起きて、左手の壁に背をつけた。

 一気に目が冴えた彼女は、みずからのせわしない鼓動を聞きながら、得体の知れない存在を注視した。

 どうやらそれは、人の姿をしているようだった。


「シルヴェストル……なの?」


 恐る恐るたずねてみたものの、返答はない。

 その代わり、相手が寝台に膝を乗りだし、こちらに身を寄せてきたのがわかった。


 板戸によって窓が閉ざされているため、室内は真っ暗である。

 しかし、間近に迫った侵入者の顔は、おぼろげに見てとれた。赤い両目が、ぼんやりと光を放っているからだ。

 予想どおりシルヴェストルだとわかっても、レンカは身じろぎひとつできなかった。


(なんでだろう……怖い)


 表情のうかがえないシルヴェストルが、更に近づいてくる。

 彼に腕をつかまれた直後、レンカはあっという間に、寝台に引き倒されていた。


「ちょ、ちょっと! なんのつもり?」


 おのれに馬乗りになったシルヴェストルを、レンカはにらみつけた。

 両肩を押さえつけてくる手を引きはがそうとしたが、巨岩のごとくびくともしない。


 シルヴェストルはもがくレンカを物ともせず、彼女の首に顔を近づけ、犬のように匂いをかいだ。

 

「ああ」


 レンカからすこし体を離すと、彼は吐息のような声をもらした。

 昼間のときのような、恍惚とした声音だった。


「うまそうだ」


 ゆっくりと細まる赤い両目に、レンカはぞっとした。

 シルヴェストルの顔が喉笛に迫り、ひんやりとした呼気が肌をかすめていく。

 レンカはなすすべもなく、固く目をつむった。


「ぐっ!」


 次の瞬間、どんっとなにかに押しかえされたように、シルヴェストルの体が遠ざかった。

 しばし呆気にとられたのち、レンカははっとして左手に目を落とした。


(そうか! 紅血の指輪が守ってくれたんだ)


 すばやく寝台から下り、シルヴェストルから距離を取る。

 彼が正気に戻らないのなら、指輪を使って大人しくさせるしかない。


 はねのけられた衝撃で痛むのか、シルヴェストルはしばらくのあいだ、肩を押さえていた。

 やがて彼は、緩慢な動作で顔をあげた。


「……レンカ?」


 吸血鬼は夜目がきくのか、こちらが見えているようだった。

 いつの間にか、瞳の不気味な光は消えている。


 固唾をのんで見守っていたレンカは、安堵のため息をついた。

 まだ油断はできないが、先ほどとは違い、意思の疎通ができそうだ。


「ここは……おまえの部屋か?」

「うん」


 レンカがうなずくと、シルヴェストルは鋭く息を吸いこんだ。


「僕は……おまえの血を……?」


 常に自信満々な彼らしからぬ、おびえた口調だった。


「吸ってないよ。紅血の指輪が、あんたを遠ざけてくれたから」

「……ということは、おまえに襲いかかったんだな」


 押しだまったレンカに、シルヴェストルは乾いた笑い声をもらした。


「ついに、名実ともに化け物に成り下がったか。人の血を求めるようになるとは」


 彼の声は震えていた。

 レンカは目を見張って、姿の判然としないシルヴェストルを透かし見た。


 吸血鬼だという印象が強すぎて、レンカは肝心なことを失念していた。

 

 ――シルヴェストルが元々、自分と同じ人間であったことを。


(人間の感覚が残っているなら、当然、血なんて飲みたくないよね……)


 そんなことにも気づけなかった自分が、たまらなく恥ずかしかった。

 レンカが唇をかみしめていると、シルヴェストルはささやくように言った。


「やはり僕は……眠りから覚めるべきではなかった。いや、違う。あのとき、よみがえらなければよかった」


 どう声を掛けるべきかレンカが迷っているうちに、シルヴェストルはするりと寝台から下り、おぼつかない足取りで戸口へと歩きだした。


「シルヴェストル……」


 レンカの弱々しい呼びかけに、彼は振り向かなかった。

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