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第11話 払暁攻撃(2)

 

 城門を抜けると、そこかしこに兵士や、民兵らしき人間が倒れていた。

 戦闘の生々しい痕跡を横目で見つつ、坂道を駆けあがる。

 王宮は、目と鼻の先だ。

 シルヴェストルは振り向きざま、後方のレンカに声を掛けた。

 

「先に行く」

「うん。気をつけてね」


 心配そうなレンカにうなずいてから、シルヴェストルは霧に姿を変え、王宮に侵入した。

 クレメントの居場所としてもっとも可能性が高いのは、二階の王の寝室である。民兵たちも、真っ先にそちらへ向かったはずだ。

 しかし、寝室をのぞいても、人影はなかった。

 すぐさま、二階全体に捜索の手を広げる。すると、大広間の玉座で、目当ての吸血鬼を見つけた。

 

 大広間はひどい惨状だった。

 天井の大部分が崩落し、木の骨組みや瓦が床に積みかさなっている。その隙間から、人の手足や顔がのぞいていた。

 大広間に突入した民兵たちを、クレメントが念力を使って押しつぶしたのだろう。


 玉座の前に瓦礫はなかったが、代わりにふたり、男の姿があった。

 ひとりはオトだ。いや、オレクサンドルと言うべきか。先ほどレンカから聞かされた事の次第には、彼の正体も含まれていた。

 もうひとりは、赤い制服をまとった、壮年の近衛兵だ。疾風のごとく、オレクサンドルに斬りかかっている。その人間離れした動きから、クレメントの眷属である、近衛隊連隊長だとわかった。


 オレクサンドルは辛うじて猛攻を防いでいるが、全身傷だらけだった。

 連隊長は、明らかにこの状況を楽しんでいる。

 手に入れた強大な力を、見せびらかしたくてしょうがないのだ。

 だが、それも長くは続くまい。遠からず、オレクサンドルは討ちとられるだろう。


 シルヴェストルは霧のまま、連隊長の背後に忍びよった。

 実体化して男の襟首をつかみ、床に叩きつける。間髪を容れず、心臓に鉄の杭を突き刺した。

 連隊長はあんぐりと口を開けたまま、ぴくりとも動かなくなった。


(まずは一匹)


 自分を苦しめた鉄の杭が、こんな形で役に立つとは思わなかった。


「バラーシュ卿!」


 驚くオレクサンドルに「さっさと逃げろ」と伝えると、シルヴェストルは連隊長の剣をつかみ取った。瞬時にクレメントへ振りおろす。

 しかし、玉座は空っぽだった。

 背後から殺気を感じ、床に転がった。刃が空を切る音がする。

 即、ばねのように立ちあがり、クレメントに斬りかかった。

 異母兄は微笑を浮かべて、こちらの剣を受けとめた。


「吸血鬼になったのに、君と剣で戦うなんてね」

「では、他の手を使うか?」

「そうしようかな」


 次の瞬間、シルヴェストルは蹴りとばされていた。

 床に叩きつけられたところへ、真上に浮かんだ瓦礫の山が、いっせいに落ちてきた。

 つぶされる前にそれを念力で停止させ、クレメントに投げかえす。

 けれど、目標に届く前に、瓦礫は粉砕されてしまった。


 粉塵ふんじんが舞い、辺りを幕のように覆いかくす。

 

(見失った)


 神経を研ぎすまし、クレメントの気配を探る。

 不意に、背筋がぞくっとした。

 その場から飛びのくと、剣が首のきわをかすめていった。

 シルヴェストルは霧に変身し、上空で人の形を取った。落下の勢いを利用し、クレメント目がけて剣を振りおろす。

 が、防がれた。ぎちぎちと金属が擦れる音がする。

 クレメントに押しかえされるのと同時に、互いの剣が砕け散った。


 くるりと宙返りし、床に着地する。

 得物をなくしたシルヴェストルは、舌打ちした。


 相手と自分の力は互角だ。

 このままでは、埒が明かない。


 そのとき、建物が大きく揺れた。

 まだ辛うじて残っていた天井が、崩れ落ちる。石造りの壁と床が、ぼろぼろと崩壊していく。

 クレメントは、建物ごとシルヴェストルを押しつぶす気だ。


 室内を見わたし、オレクサンドルが逃げたことを確認する。

 シルヴェストルは蝙蝠になって、天井のあった大穴から外へ飛びだした。

 溶けかけの雪に覆われた、狭い中庭に下りる。

 人の姿に戻るや否や、追ってきたクレメントが躍りかかってきた。

 どうやら、短剣を隠し持っていたようだ。

 迎え撃とうと身構えたとき、上から声が降ってきた。


「う、動くな!」


 シルヴェストルは顔をあげた。

 クレメントも動きを止め、周囲を見まわしている。


 薄青い景色の中、右奥の鐘楼に目を向けると、屋上に人の姿があった。

 胸壁の前に立っているのはレンカだ。その背後には、兵士がいる。


「動けば、この女を突き落とすぞ!」

「シルヴェストル! 聞かなくていいから!」


 そう叫んだ瞬間、レンカは突き飛ばされた。

 兵士に腕を取られ、胸壁から上半身を乗りだす格好となる。

 今にも落ちそうな彼女に、シルヴェストルは顔をゆがめ、クレメントは喜色満面になった。


「そこの者、よくやった! その女を離すな」


 なにもできないシルヴェストルの腹を、クレメントは勢いをつけて殴った。

 体が跳ねあがり、地面に打ちつけられる。

 クレメントは即座に短剣を振りあげ、シルヴェストルの胸に突き刺した。

 間を置かず、全身をめちゃくちゃに刺しはじめる。

 

 激痛に気が遠くなりながら、シルヴェストルは目の前の男を見上げた。

 血飛沫を浴びながら高笑いするクレメントは、もはや取り返しのつかないほど、壊れているようだった。

 

 ――人間だったころ、クレメントに群がる連中を警戒していれば。もっと、異母兄に興味を持っていれば。


 そう後悔したところで、過去は変えられないし、おのれの罪も消えない。

 だが、未来は自分の選択によって、いかようにも変えられる。

 今を生きるこの国の人びとのためにも、今度こそ、自分は間違えない。


「……は」


 にわかに、クレメントが動きを止めた。

 その隙を逃さず、痛みをこらえて跳ね起きる。

 腰に括りつけていた鉄の杭を、渾身こんしんの力でクレメントの胸に突き刺した。

 

 クレメントは背後を振りかえった。

 彼の背には、矢が刺さっている。

 そして鐘楼の上には、弓を手にしたレンカの姿があった。


「馬鹿な」


 信じられないといった面持ちで、クレメントは倒れた。

 体が回復してきたシルヴェストルは、よろよろと立ちあがった。


「鐘楼にいた兵士には、レンカを人質にして僕を脅すよう、あらかじめ指示しておいた。こうすれば貴様は油断すると踏んでいたが、案の定だったな」

「裏切られたのか? この私が」


 クレメントは横たわったまま、うわごとのように言った。


「なぜだ。永遠の命が欲しくはないのか。この国を支配し、栄華を極めたくないのか?」

「それがわからないから、貴様は裏切られるんだ」


 シルヴェストルは、冷ややかにクレメントを見下ろした。


「世の中の人間すべてが、自分と同じ考えだとは思わないことだな。栄華も永遠の命も、人間として真っ当に生きることに比べれば、なんの価値もない」


 すくなくとも、望まずして吸血鬼となった自分は、そう思う。


「結局貴様は、自分が王になりたいだけで、他人のことなど考えようともしなかった。王は臣民がいてこそ、王たりえる。そして臣民の欲するところを理解できなければ、王の資格はない。はなから貴様は、王の器ではなかったということだ」

「黙れ」


 クレメントは獰猛な顔つきで唸った。


「私が王として君臨すること以上に、重要なことなどあるものか。他人だと? そんなもの、たんなる駒じゃないか。駒がものを考えるなどおこがましい。駒は駒らしく、黙って私に従っていればいいだけだ!」

「哀れだな」


 シルヴェストルは眉をひそめた。


「いや、無様というべきか。自分の敗因を認めようともしないとは」

「おまえになにがわかる! 父上にも、リーディエ王妃にも愛されたおまえに!」


 かっと目を見開き、クレメントは叫んだ。

 雪に爪を立て、ぶるぶると震えながら頭をもたげる。


「おまえは私が手にしていたものを、すべて奪っていった。王位も、父上も! 王の器でなかろうが、そんなものはどうだっていい。ただ私は、私のものを取り返そうとしただけだ!」

「貴様は勘違いをしている」


 シルヴェストルは鐘楼にいる兵士から、念力を使って長剣を失敬した。


「ヴェンツル王朝は断絶したのだから、この国の王位は、すでに貴様とはなんの関係もない。取り返すべきものなど、もはやどこにも存在しない」


 クレメントを蹴飛ばしてうつ伏せにすると、背中を踏みつける。

 そして、鞘から剣を抜いた。


「僕たち二百年前の人間は、過去の亡霊に過ぎない。今存在していること自体、道理に反している」


 長剣をクレメントの首の上で構えて、シルヴェストルは言った。


「亡霊はさっさとこの世から去るべきだ」

「やめろっ、離せ!」

「ではな、クレメント。永久にお別れだ。これまでの悪逆非道、死をもって償え」


 シルヴェストルは剣を振りおろし、因縁を断ち切った。



***



 レンカが地上に降りたとき、空はだいぶ明るんでいた。

 シルヴェストルは鐘楼から見下ろしたときと変わらず、クレメントの死体を前に、ただ立ちつくしていた。


「シルヴェストル……」


 そばまで行くと、彼はつぶやくように言った。


「……終わったのか。これで」

「うん」


 掛ける言葉が見つからず、レンカは口をつぐんだ。

 シルヴェストルは気が抜けたような、虚ろな表情をしている。

 レンカは彼の手を握った。

 彼がそのまま、消えてしまいそうな気がしたからだ。


 オレクサンドルがやって来るまで、ふたりは庭を飾る彫刻のように、その場から動かなかった。

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