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第6話 末葉守

 

 剣が自分に刺さる間際、レンカは目をつぶった。

 激痛を予期し、全身がこわばる。

 

 しかし、いくら待っても、その瞬間は訪れなかった。


(なに……?)


 レンカはこわごわと、まぶたを開けた。


 剣の切っ先は、レンカの腹に届く寸前で静止していた。

 なにが起きたのかと、兵士を見上げる。

 彼は剣を両手に持ったまま、彫像と化したように固まっていた。


 周囲に目をやると、雪すらも空中にとどまったまま、微動だにしていなかった。

 視界のどこにも、動くものの姿が見あたらない。

 まるで、絵画の中に入りこんでしまったかのようだった。


(どうなってるの?)


 レンカは横になったまま、剣の下から抜けだした。

 横腹の痛みに耐えながら、よろよろと上体を起こす。


 この光景は、はたして現実のものなのだろうか。

 自身の願望が見せる白昼夢ではないのか。もしくは、死者の世界に来てしまったのか?

 

「レンカ」


 そのとき、頭の中に女性の声が響きわたった。

 レンカはびくっと肩を跳ねあげてから、すばやく辺りを見まわした。すると、いつの間に現れたのか、背後に白鳥がたたずんでいた。


(……白鳥?)


 レンカは食い入るように、その動物を見た。

 オレンジ色のくちばしに、細長い首。積もった雪に紛れてしまいそうな、白い体。どこからどう見ても、白鳥だった。


(なんでこんな街中に白鳥が?)


 混乱するレンカをよそに、再び何者かが話しかけてきた。


「驚かせてしまってごめんなさい。どうしてもあなたと話したかったから、時を止めているの。でも、この状態は長く保てない。手短に話すから、どうか聞いて欲しい」


 周辺には、レンカと兵士以外、人の姿はない。

 となると、この柔らかな声の持ち主は、目の前の白鳥なのだろうか。

 信じがたいが、そうとしか考えられなかった。

 

 白鳥は放心するレンカに視線を合わせ、言葉を継いだ。

 どうやら、声は耳から入ってくるのではなく、頭の中に直接届けられているようだった。


「わたしたちは、シルヴェストル・ヴェンツルを守る末葉守すえばもりなの。わたしたちだけでは、シルヴェストルを助けられない。だから、あなたの力を貸してちょうだい」


 レンカは目をしばたたいた。

 この国では、死者の魂は白鳥に姿を変えると信じられている。

 それは空想ではなく、紛う方なき事実だったのか。


「……ええっと、その。もちろん、シルヴェストルを助けたいです。でも、こんなにすごい力を持つ末葉守さまに、わたしなんかがお力添えできるとも思えません」


 いまいち現実みが乏しいまま、そう進言してみる。

 しかし、「いいえ、あなたにしかできないことよ」ときっぱりと返された。


「その前に、あなたに知ってもらいたいことがあるの。シルヴェストルは、あなたにだけは知られたくないみたいだけど……でも、本当の意味であの子を救うには、必要なことだから」


 白鳥の声音は、深い悲しみをたたえていた。


「シルヴェストルはね、父王を病気で亡くし、十六歳で王位を継承したの。そして戴冠式の前日、クレメントから紅血の指輪をもらった。もちろんその当時、シルヴェストルはそれが紅血の指輪だなんて知らなかったから、贈り物だと思って喜んだみたい。クレメントとは没交渉だったけれど、兄弟らしいことをされて、嬉しかったのかもしれない。それで戴冠式当日、クレメントに言われたとおり、指輪をはめた……」


 ふと、白鳥が言葉をつまらせた。

 長い首を曲げてうつむきながら、白鳥は絞りだすようにして言った。


「戴冠式のあと、祝宴が開かれたの。主の指輪をはめたクレメントは、そこでシルヴェストルに近づいて、耳打ちした。……君の母と、弟妹を殺せと」


 レンカは息をのんだ。


「なんてことを……」

「シルヴェストルは指輪の力に逆らえず、肉親を手に掛けてしまった。そのあと、命じられていたとおり、クレメントにも襲いかかった。クレメントはシルヴェストルを斬り殺し、王が乱心したと嘘をついて、みずからを正当化したの。そうやって自分以外のきょうだいを排除して、王位に就こうとした」


 では、血族を皆殺しにしたというシルヴェストルの伝説は、真実だったのか。

 彼は親きょうだいを殺した罪で、吸血鬼となったのだ。


(本人の意志ではなかったのに……!)


 レンカは唇をかみしめた。


「命じられたこととはいえ、シルヴェストルは自分の行為をけっして許せないし、ずっと後悔している。この世から消えてしまいたいと思うほどに」


 そうだったのか、と得心がいった。


(あいつが背負っていたのは、大火だけじゃなかったんだ)


 当事者でないレンカには、彼の気持ちを想像することしかできない。

 それでも、胸が抉られるように痛かった。


「そんなあの子を、どうか、助けてやって欲しい」

「あの……本当に、わたしでいいんでしょうか。わたしにはシルヴェストルを救いだせる権力もないし、どうやって助ければいいのか、方法すらわかりません」

「問題ないわ。あなたに救ってもらいたいのは、今ではなく、二百年前のあの子だから」

「え?」


 そのとき、紅血の指輪が赤く輝きだした。

 辺りを照らすほどの強烈な光に、目がくらむ。

 

「わたしたちが人間に手を貸せるのは、力が増す再誕祭から冬至まで。つまり、今であれば、あなたを救うことができる」


 白鳥も月光を浴びたように、淡く光りはじめた。


「時が動きだせば、あなたは兵士に刺されて死んでしまうでしょう。だから、あなたを二百年前に送ります」

「そ、それはどういう……」

「戴冠式の二週間後、シルヴェストルのよみがえった日。そのときのわたしたちが、助けを求めているの。誰か、シルヴェストルを救って欲しいと。そこへあなたを送りこむ。そうすれば、あなたは生きのびられるし、シルヴェストルは救われる」

「な、なるほど……?」


 ひとまず相づちを打ったものの、あまりにも現実離れした話で、なかなか飲みこめない。

 こちらの考えを読んだように、白鳥は優しく言った。


「大丈夫。なにをすればいいのか、おのずとわかるわ」


 その言葉とともに、目の前が赤い光に覆われる。

 まぶしさのあまり、レンカはぎゅっと目を閉じた。

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