表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/46

第3話 オトからの呼びだし(3)


「反攻の準備をしているあいだ、君は施療院に隠れていて欲しい。重病人の振りをしていれば、そうそう見つかることはないはずだ。あまり快適な場所ではないが……」

「構いません。屋根のある場所で寝られるだけ、ありがたいです」


 レンカがにっこりと笑ってみせると、「殿下!」と小声で呼びかける声が耳に入ってきた。

 いつの間にか姿を消していた警吏が、左手の出入り口に立っていた。階段を駆けおりると、彼はオレクサンドルに近づきながら切りだした。


「後を付けられていたようです。神殿に兵士がひとり、乗りこんできました」

「そう簡単にはだまされてくれなかったか」


 オレクサンドルは顔を険しくした。

 

「ここにいるのは分かっているんだ! さっさと居場所を吐いてもらおうか!」


 突然、外から怒鳴り声が聞こえてきた。

 この様子では、兵士がここに押し入ってくるのも、時間の問題だろう。


 レンカはすばやく考えを巡らせた。


「あの兵士は、わたしの後を付けてきたんですよね。となると、殿下の存在までは気づいていないはずです」

「確かなことは言えないが、そうだろうな」

「それなら、わたしがおとりになります。兵士に捕まった振りをして、遠くまで逃げ、この場所から注意を逸らします。殿下はできるだけ物音を立てずに、ここから動かないでください」

「なにを言う」


 目を見開いたオレクサンドルは、心外そうに言った。


「私はもう、君を危険な目にあわせたくない。君を匿おうというときに、真逆のことをしてなんになる」

「ご心配ありがとうございます。ですが、危険にはもう巻きこまれているんです。だったら、打てる手はすべて打っておかないと。逆賊の討伐は、殿下にしかできないことです。今最優先されるべきは、あなたの安全にほかなりません」

「だからといって、君を犠牲にするつもりは……」


 オレクサンドルの言葉をさえぎるように、レンカは身をひるがえし、階段を駆けあがった。


「レンカ嬢!」


 引きとめる声に、レンカは振りかえらなかった。

 扉を開け、さらに階段を上った先には、巨大な柱がそびえ立っている。その陰にぱっと隠れ、レンカは周囲の様子を確認した。

 今いる場所は、神殿の両脇に設けられた廊下のような部分、側廊だった。

 建物の中央奥、レンカから見て右斜め前方に、祭壇がある。数段高くなったそこに、ふたりの男の姿があった。


「このような場所に立ち入られては困ります!」

「なら、ここまで運んできた死体を見せてもらおうか。そうすれば、あちこち探しまわらずに済むんだがな」


 内陣に入りこんだ兵士を、祭司が必死に止めようとしているらしい。

 兵士が神殿を荒らしまわる前に、こちらから姿を見せなければ。


(……怖い)


 勢いで出てきたものの、いざ兵士を前にすると、身がすくんだ。

 

(でも、殿下まで捕まってしまっては、だれもこの国を救えない。シルヴェストルのことも)


 レンカは覚悟を決めて、柱の陰から一歩踏みだした。

 逃げだせるかどうかは、わからない。だが、シルヴェストルと再会するまで、死ぬつもりは毛頭なかった。


「お探しの死体って、わたしのこと?」


 祭壇へ歩を進めると、中年の兵士は一瞬驚いた様子を見せてから、にやりと笑った。


「やっぱり死んでなかったか。クレメントさまがお呼びだ。一緒に来てもらおうか」

「……わかった」


 兵士はおとなしく従うレンカに怪訝な顔をしつつも、即座に彼女の腕を後ろ手に縛った。

 足首まで縛ろうとするので、「逃げないからそれはやめて」と訴えると、相手はあっさり引きさがった。自分で歩かせたほうが、楽だと思ったらしい。


 兵士に腕をつかまれたレンカは、心配げにこちらを見る祭司に会釈して、歩きだした。

 罪人のような扱いは不愉快極まりないが、ここで抵抗してもしょうがない。歯を食いしばって、我慢した。


(とりあえず、殿下の存在には気づかれてないみたい)


 それだけは、唯一の救いと言えよう。

 

 外に出ると、雪はまだ降りやんでおらず、寒さが骨身にしみた。

 兵士は神殿の裏手に回りこむと、針葉樹に繋がれた馬へと近づいていった。


「動くなよ」


 そう釘を刺して、彼は手綱をほどきに掛かった。

 寒さのせいか、もたつきながら手を動かす兵士は、こちらに背を向けている。レンカはじりじりと後ずさってから、脱兎のごとく走りだした。


 馬車二台分ほど幅のある道に出ると、足跡がほとんどなかった。

 街の人びとは、家に閉じこもっているのだろうか。

 雪に足を取られ、転びそうになりながら、レンカはひたすら足を動かした。


 住宅の立ちならぶ街並みは、レンカの知らないものだった。アルテナンツェの中でも、中心地から外れた場所なのだろう。

 どこへ向かえばいいのか見当もつかないが、兵士を神殿から離すには、とにかく遠くへ行くしかない。


 だが、土地勘のないレンカでは、逃げ続けるのにも限度があった。

 いくらも経たないうちに、背後からひづめの音が迫ってきた。大慌てで、目についた路地に駆けこむ。そこが袋小路だと気づいたときには、騎乗した兵士によって、すでに退路をふさがれていた。

 

「残念だが、あんたの足跡がくっきりと残っていたんでね。雪が降ってなけりゃあ、もうちょっと遠くまでは行けたかもしれんな」


 馬から下りた兵士は、手綱を取って、ずんずんと近づいて来る。


「まったく、こんなことになるなら、最初から足を縛っておくべきだった」


 うんざりした顔つきの兵士を、レンカは鋭くにらみつけた。


(まだ、捕まるわけにはいかない)


 観念したと思われるように、後ろへ下がるのをやめた。こうべを垂れて、その場で時機を待つ。

 そして、相手との距離が残り五歩になった瞬間、弾かれたように突進した。


 レンカの体当たりを受け、兵士は大きくよろめいた。しかし、レンカもまた、均衡を崩してしまった。腕を縛られているせいだ。

 足が滑り、地面に叩きつけられる。

 積雪のおかげで衝撃は緩和されたが、頭や手が、飛びあがりたくなるほどに冷たい。

 全身を襲う痛みと冷えで、なにもわからなくなる。


「手間掛けさせやがって!」


 突然、脇腹に焼けつくような痛みが走った。

 兵士が苛立ちをぶつけるように、レンカを蹴ったのだった。


「……そうだ。クレメントさまは、あんたの生死は問わないと言っていた。つまり、あんたを殺しても、お咎めはなしってわけだ。死体になってもらったほうが、よほど運びやすい。恨むなら、おとなしく従わなかった自分を恨むんだな!」


 白い空を背景に、兵士が剣を引きぬいた。

 刃が振りおろされる。

 レンカはそれを、凍りついたように見つめることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ