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第2話 オトからの呼びだし(2)


「起きあがって大丈夫ですよ」


 その言葉とともに、わずかに視界が明るくなった。

 レンカはまばたきして目を慣らしてから、ゆっくりと上体を起こした。

 すぐ横には、片膝をついた警吏が、棺の蓋を床に置いている。


(まさか、死体の振りをすることになるなんて)


 今まで横たわっていた木製の棺を見下ろして、レンカは苦笑した。

 

 ――クーデター直後の混乱の中、レンカは転倒し、頭を打った。それが災いして、今日、命を落とした。

 そんな話をでっち上げた警吏は、棺を手配し、レンカをその中に入れて運びだしたのだった。


 確かにこの方法なら、誰にも見とがめられずに宿を脱出できる。くわえて、捜索される心配もない。

 よく考えたものだ、と感心しながら棺から出ると、ランタンを持った人物がこちらに近づいてくるところだった。

 薄闇の中、ぼんやりと照らしだされた顔は、レンカのよく知るものだった。


「オト隊長!」

「よく来てくれた。無事でなによりだ」


 レンカは急きこんでたずねた。


「シルヴェストルは、主人はどうなったんでしょう。捕われていると聞きましたが、無事なんですか!?」


 オトはややあってから、憂いを帯びた顔で切りだした。


「……バラーシュ卿は、クレメントを襲撃し、返り討ちにあった。今は、王宮の前ではりつけにされているそうだ」

「磔……」


 レンカは絶句した。

 シルヴェストルが、やすやすと膝を屈するとも思えない。恐らく、クレメントの策謀により、抵抗できない状況に置かれているのだろう。

 矢も盾もたまらず、レンカは出入り口と思しき、おぼろげに光の射すほうへ足を向けた。


「待て。どこへ行くつもりだ」

「シルヴェストルを助けないと」

「馬鹿なことを! 今、王宮は軍に占拠されているんだぞ。君がのこのこ行ったところで、捕まるか、バラーシュ卿への見せしめとして殺されるだけだ!」

「でもこのままじゃ、シルヴェストルはまた殺されちゃうかもしれない!」


 レンカは勢いよくオトを振りかえった。


「オト隊長。主人は、ヴェンツル王朝最後の王、狂王と呼ばれたシルヴェストルと同一人物なんです。生前の彼は、異母兄であるクレメントによって命を奪われました。このままでは、また同じ道をたどることになる。シルヴェストルの心を踏みにじるような結末、わたしは絶対にごめんです!」


 くるりと前を向いたレンカは、「待てと言っているだろう!」とオトに肩をつかまれた。


「君の言い分はわかった。だが、もうすこし耐えてくれ。バラーシュ卿は、吸血鬼と対峙するうえで重要な戦力となる。だから、どうにかして助けだすつもりだ。彼のことはこちらに任せて、君は自分の身の安全だけ考えていなさい。君になにかあれば、私はバラーシュ卿に合わせる顔がない」


 レンカは唇をかみしめて、うつむいた。

 オトの言うとおりだ。

 今王宮に乗りこめば、レンカの死を偽装してくれた警吏の気づかいは、まったくの無駄になる。それに、なんの力も持たないレンカでは、シルヴェストルを救いだせない。

 悔しいが、現状、レンカにできることはなにもなかった。


「……わかりました。シルヴェストルのこと、どうかよろしくお願いします」

「心得た」


 オトに向きなおって頭を下げると、彼はしっかりとうなずいてくれた。


 シルヴェストルの件を人に任せたことで、レンカはようやく、周囲に目をやる余裕ができた。


「ところで、ここはいったい、どこでしょうか」


 きょろきょろと見まわすと、空間の両端に、半円形の小さな窓があった。その窓の距離から推測するに、この場所はチェルヴィナー城の大広間と同等か、それ以上に広そうだった。

 さらに目を凝らすと、どっしりとした列柱が等間隔に並んで、天井を支えているのがわかった。


「ここは、古い神殿の地下墓地だ。ストレイツ王家専用の」

「えっ」

「今は別の神殿に埋葬されているが、百年ほど前までは、ここが使われていたそうだ。そのため、王族とこの神殿の祭司以外、立ち入りが禁じられている。身を隠す場所としては、打ってつけというわけだ」


 オトの口からさらっと告げられた事実に、レンカは血の気が引いていくのを感じた。


「つ、つまり。あなたは……いえ、あなたさまは……」

「こんな形で正体を明かしたくはなかったが」


 オトはため息をつくと、背筋を正した。


「私の本当の名前は、オレクサンドル・ストレイツ。ヘルベルト二世の第二子だ」


 決定的な言葉に、レンカの頭は真っ白になった。

 

 二番目の王子であるオレクサンドルの名前は、田舎者のレンカですら知っている。

 確か、母方の祖母が東方のシヤルハン帝国出身で、その血を色濃く受けついでいるのだとか。 

 目の前の青年は、その伝聞どおりの容貌を備えていた。


「申しわけございませんでした!」


 レンカはがばっと頭を下げた。


「数々の非礼、どうかお許しください! ……いえ、おこがましいことを申しました。どうぞ御心のまま、処罰なさってください」

「……君は、私のことを血も涙もない冷血漢だと思っていないか?」


 オト、もといオレクサンドルは、いささか疲れたように言った。


「私は警備隊隊長と偽っていたんだ。その身分にふさわしい対応をした君を、責めるわけがないだろう。突然態度を改められても、調子が狂う。今までどおりに接してくれ」


 レンカはうなずきながら、果たしてそんなことは可能だろうかと考えた。

 貴族ならまだしも、相手は一国の王子である。そうと知ってしまったからには、畏まらずにいるのは、相当骨が折れそうだった。


「あっ、そうだ! あの……遅ればせながら、お悔やみを申しあげます、殿下。わたしとシルヴェストルは昨日、広場でパレードを見ていたんです。まさか、あんなことになるなんて……」

「ああ、ありがとう。……あのクーデターを防げなかったのは、完全に私の落ち度だ。わざわざ警備隊の隊長にまでなったというのに」


 オレクサンドルは悔いるように、眉根をきつく寄せた。

 もの言いたげなレンカに気づいたのか、彼は苦笑いを浮かべた。


「なぜ私が警吏になったのか、気になるんだろう? 以前話したように、ラジスラフの……いや、クレメントの企てを暴くためだ。在野のまじない師だったあの男を探るには、民間人に紛れこみ、街で情報を集める必要があった。そうするのに、警吏は最適だったんだ」

「……でも、殿下ご自身が調査に乗りだす必要はなかったのでは?」


 レンカが恐る恐るたずねると、オレクサンドルは目を伏せた。


「人を使うより、自分で動く方が性に合っているんだ。その結果がこれなのだから、立つ瀬がないが」

「そんな、殿下に落ち度はありません!」

「いいや、私は責められるべきなんだ。クレメントは、ロザーリア……私の妹までも惑わし、手懐けていた。それを止められなかったばかりか、父の暗殺を防げず、母と兄妹を敵の手に渡してしまった。私が、クレメントを追いつめられなかったばかりに」


 怒りと後悔の入りまじったような面持ちのオレクサンドルに、レンカは言葉を失った。


「それでは……王族の方々は、賊軍に捕われているのですね」

「ああ、私以外は」

「……殿下がご無事でよかったです」

「裁判所は、クレメントの手先と化した軍に占拠されてしまったが」

「えっ、そうだったんですか!?」

「ついでに、私を捕まえるつもりだったんだろう。辛うじて逃げだし、ここに潜伏しているという次第だ。……しかし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。そのうち、奴らはいい加減な裁判を開いて、王族を処刑しだすだろう」


 レンカは指の先が冷たくなるのを感じた。

 今までは現実味が薄かったが、事実、この国は吸血鬼によって、在り方を歪められようとしているのだ。


「……拘束されている方は、他にもいらっしゃるんですか」

「再誕祭を祝うべく、宮廷に参上していた上層貴族の当主と、官職を買って貴族になった者も収監されている」

「なぜそんなことを……」

「上層貴族に関しては、一族に対する人質だろうな。王宮奪還のため、領地から私兵を派遣しようものなら、当主を殺すという脅しだ。市門は軍によって制圧され、封鎖されているが、伝書鳩を飛ばせば外部とやり取りができる。それを警戒してのことだろう」

「そういうことでしたか。……そういえば、官職売買については、クレメントがクーデターのときに言及していました。卑しい平民を、高貴なる血統と同列に扱ったとかなんとか。あの男は、成り上がり貴族が気に食わないというだけで、彼らを投獄したんでしょうか」

「あの男が、というより、その取り巻き連中が、だな」


 オレクサンドルは苦々しげな口調で続けた。


「クレメントが懐柔したのは、王軍や近衛隊の指揮官といった軍人だ。彼らのほとんどが、この国に昔から存在する貴族なんだ。昔、カンネリア王国が近隣諸国と争っていたとき、従軍するのは貴族の役目だった。彼らには自分たちこそがこの国を守ってきたのだという、自負がある。そのために、軍務についたことのない成り上がり貴族を蔑み、排除したがっているのだろう。クレメントは、そういった彼らの不満を利用し、焚きつけたんだ」

「……では、『翠緑の円環』は軍人の集まりだったんですか」


 眉をひそめるレンカに、オレクサンドルは「いや」と否定した。


「軍人ばかりではない。ただ、官職売買に否定的な者たちであることは確かなようだ」

「その人たちは、全員吸血鬼になったんですか?」

「どうも、そうではないらしい。現時点で吸血鬼だとわかっているのは、軍の元帥と近衛隊の連隊長だけだ。失踪した女性たちは、このふたりの餌食になっていた可能性が高い。……思えば、宮廷で色眼鏡が流行したのも、クレメントの差し金だったのだろう。赤い目を隠すのに、色眼鏡はもってこいだ」

「ずいぶん用意周到ですね」

「翠緑の円環を設立した二年前から、クーデターを計画していたはずだ。翠緑の円環は招待制だったから、選ばれた人間しか入りこめない。つまり、反逆を企てても、外に漏れる心配はなかったわけだ」


 オレクサンドルは深々とため息をついた。


「あの、ちょっとよくわからないのですが」


 レンカは顎に手を当てて、考えながら口を開いた。


「翠緑の円環が、成り上がり貴族を排除したい、というのはわかりました。でもそれだけで、クーデターまで起こすものでしょうか。そこまで切実な理由とも思えませんし、失敗した場合、失うものが多すぎますよね」

「そのとおりだ」


 ランタンを持ち替えたオレクサンドルは、不快感を露わにして答えた。


「奴らの真の目的は、吸血鬼となって永遠の命を手に入れ、この国に君臨することだ。その他の人間は、自分たちの食糧にするつもりらしい。……官職売買により、貴族の希少価値は下がった。だから、吸血鬼という新たな支配階級を作り、特権を牛耳ろうとしているのだろう。まったく、浅ましいことだ」

「ぞっとしますね」


 吸血鬼は人間に対して、家畜同然の扱いをするに違いない。

 そんな行く末は、到底承服できるものではなかった。


「これ以上、奴らの好き勝手にはさせない。王家に反逆し、国民に混乱をもたらした罪は重い。必ず代償は払ってもらう」


 鋭い目つきで、オレクサンドルは断言した。

 明かりに照らされた彼の瞳は、燠火のように輝いた。

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