表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/41

第1話 オトからの呼びだし(1)

 

 再誕祭の翌朝。

 レンカは身支度を済ませると、寝起きの悪いシルヴェストルを起こすべく、声を張りあげた。


「シルヴェストル、朝だよ!」


 寝台の覆いを開けはなったレンカは、顔をこわばらせた。

 いつもなら、不機嫌そうに顔をしかめるシルヴェストルがいない。寝台は、もぬけの殻だった。


 嫌な予感がじわじわと喉元まで迫りあがってきたが、レンカは首を振った。


(あいつにしては珍しいけど、早起きしたんだ。きっと、宿の中にいるはず)


 しかし、レンカが朝食を終えても、シルヴェストルは部屋に戻っていなかった。

 不安に駆られ、宿の中を探しまわったが、どこにもいない。

 従業員に話を聞いても、誰ひとり姿を見ていないという。

  

 部屋に戻ったレンカは、ひとまず卓の前に座ったが、すぐにじっとしていられなくなった。

 室内をうろうろしながら、昨日のシルヴェストルの様子を思いかえす。


 クーデターが起きたあとの彼は、レンカがなにを話しても上の空だった。

 かと思えば、険しい表情で宙をにらんでいることもあった。あのとき、彼はなにを考えていたのだろうか。


(たぶん、クレメントのことだろうな)


 ラジスラフと名乗っていた国王専属まじない師は、シルヴェストルの異母兄だった。

 討ち果たしたはずのかたきが、吸血鬼となってよみがえっていたのだ。シルヴェストルが受けた衝撃は、察するに余りある。


(……となると、クレメントを倒しに行ったとしか思えない)


 レンカの胸は、石を詰めこんだように重くなった。


 昨日のパレードの様子からして、クレメントが近衛隊を掌握していることは明らかだ。ひょっとすると、王軍も支配下に置いているのかもしれない。

 いくらシルヴェストルが吸血鬼であるとはいえ、数で勝る相手に挑むのは、無謀と言わざるを得なかった。

 

(無事に帰ってきてくれればいいけど、でも……)


 もし、帰ってこなかったら?

 レンカは自身の寝台にくずおれた。

 彼になにかあったらと想像するだけで、胸が潰れそうだった。

 そうして物思いに沈んでいると、不意に、回廊に面した扉が叩かれた。


「はい!」


 レンカは大急ぎで扉を開けた。

 そこに立っていたのは、生真面目そうな青年だった。どこかで見た気がするが、はて、誰だったろう。

 

「おはようございます、レンカ嬢」

「おはようございます」


 挨拶を交わして、レンカはようやく目の前の人物がわかった。

 何度か顔を合わせたことのある警吏だ。深緑色の制服を着ていないため、知り合いだと認識できなかったようだ。


「こんな早くに、どうされました? あの、もしかして、主人になにかあったんですか」

「……ひとまず、中に入れてもらえますか。内密の話なので」


 レンカが言われたとおりにすると、彼は立ったまま話しはじめた。


「バラーシュ卿は現在、王宮で囚われの身となっています」


 レンカは息をのんだ。

 やはり、自分の推測は正しかったのだ。


「け、怪我はないんですか!?」

「わかりません。詳細は、後ほどオト隊長が説明します。そのためには、まずあなたに、この宿から出てもらう必要があります」

「なぜでしょう」


 怪訝な面持ちのレンカに、警吏は事務的に告げた。


「バラーシュ卿が拘束されている今、近しい関係にあるあなたにも、累が及ぶ危険があります。それに、あなたのような若い女性は、昨日から兵士に連れ去られているんです。身を隠したほうがよいかと」

「連れ去られているって、吸血鬼の餌にするためですか?」

「ええ。こそこそする必要がなくなったので、白昼堂々、人さらいをしているのでしょうね。……恐らく、この宿にあなたがいることは、逆賊たちに知られています。早々に引きはらわねばなりません」

「わかりました。でも、兵士に見つからないように、オト隊長のもとまでたどり着けるでしょうか」

「それに関しては、心配いりません」


 警吏はここに来て初めて、笑みらしきものを浮かべた。

 

「秘策がありますから」



***



 夜明け前から降り始めた雪によって、街は一面、塗りつぶされたかのように白かった。

 宿の前、雪に覆われた道に、馬につながれたそりが停まっている。その橇の上に、ふたりの祭司が棺を置いた。

 

「いまだに信じられません。先ほどまで、歩きまわっていらっしゃったのに」

「それが祟ったのでしょう」

「まさか昨日、転んで頭を打っていたとはねえ……。パレードの見物に行ったのが運の尽きでしたね。市庁舎前広場は、大混乱に陥ったそうじゃありませんか。いやはや、世の中、なにが起きるかわかりませんね。あんなにお若くて溌剌はつらつとしていた方が……お気の毒なことです」

「ええ、本当に。……ではご主人、後ほど荷物を取りに伺います」


 門前で話していたふたりの男のうち、ひとりが会釈して、馬に乗った。そのまま橇を引いて、雪の降りしきる道を走りはじめる。

 橇のあとに、馬に乗った祭司たちが続く。

 彼らの様子を路地に隠れてうかがっている者がいたが、それに気づいた者は、ひとりとしていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ