第20話 再誕祭(1)
シルヴェストルが自由の身となってから、三日が過ぎた。
レンカたちはまじない師探しを再開していたが、いまだ本物には出会えていなかった。
ヤーヒム・ドルダの言ったとおり、アルテナンツェにおける本物のまじない師は、彼だけだったのだろう。
彼を亡き者にしたヨナークが、心底恨めしかった。
(もうアルテナンツェには見切りをつけて、他の場所へ移動すべきかな)
レンカはオーク製の長机の前に座り、思い悩んでいた。
今は一階の大広間で、朝食が来るのを待っているところだった。
(でも……なんだか、そんな気になれないんだよね)
どうしてだろう、とレンカは自身の内面を探った。
シルヴェストルと出会った当初は、一刻も早く指輪のまじないを解き、彼から離れたかった。
だが、今は違う。
一緒に過ごすうちに、彼を放っておけなくなったからだ。
これから先、今回のようなことが起きれば、彼はまた、自分の命を粗略に扱うだろう。
もし、レンカの目が届かない場所で、そのような事態になったら。
そう思うと、主従契約を破棄して彼と別れることが、たまらなく恐ろしかった。
(わたし、指輪をはずす方法なんて、見つからなくてもいいと思っているんだ)
レンカは左手を机の上に置くと、紅血の指輪に視線を落とした。
尊大な態度の裏で罪悪感に苦しむシルヴェストルを、ひとりにはしたくない。
できることなら、ずっとそばにいて、彼を支えていたかった。
(わ、わたしってば、なんてことを!)
レンカは赤面してかぶりを振った。
誰かを世話するなど真っ平だという、自分の主義とは正反対のことを考えてしまった。
(あいつのためを思うなら、指輪なんてはずれたほうがいい)
シルヴェストルにしてみれば、自分を従わせるための指輪など、目にするのも厭わしいはずだ。
彼のためにも、指輪に掛けられたまじないは、必ず解かねばならない。そのせいで、彼と一緒にいられなくなるのだとしても。
鬱々としてきたレンカは、気持ちを切りかえようと、周囲を見まわした。
レンカたちが警吏の監視下にあったとき、宿屋はオトによって貸し切られていた。しかしシルヴェストルの容疑が晴れた今、宿屋は開放され、通常のにぎわいを取りもどしていた。
長机の前に座る人びとは、誰もが明るい顔で、陽気にしゃべっている。なにか心躍る催しでもあるのか、浮かれているようだった。
ちょうど従業員が朝食を運んできたので、レンカはなにがあるのか聞いてみることにした。
「あら、ご存じないんですか? 今日は再誕祭が開かれるんですよ」
「ああ、今日でしたか!」
にっこりと笑う従業員に、レンカは礼を述べた。
再誕祭とは、初代国王ミロスラフ一世を筆頭とした、王族の末葉守に感謝を捧げる祭りだ。
王族の末葉守は、彼らの子孫はもとより、国民をも守護する存在として、信仰の対象となっている。
そのため、ミロスラフ一世が亡くなった日、すなわち末葉守となった日に、国民は日々の感謝を込めて供え物をする。王族は末葉守の代理としてそれに応え、アルテナンツェをパレードするのだ。
故郷のトベラフ村では、ミロスラフ一世をまつる神殿に、猪を供える日だった。
肉のひと切れはミロスラフ一世に、残りは村人たちで食べるため、レンカにとっては猪肉を食べる行事として記憶されている。
アルテナンツェは王族の本拠地であるため、村の祭りとは比較にならない、大々的で華やかなものになるだろう。
(王都の再誕祭、見てみたいかも)
このままあれこれと考えたところで、結論が出るとも思えない。
ここは祭り見物でもして、気分転換したほうがよさそうだ。
(シルヴェストルは……誘っても行かないかな)
彼は今、レンカに合わせて、朝起きて夜寝る生活をしている。
とはいえ、日射しは極力浴びたくないだろうし、今日のように天気がいいと、外に出たがらないかもしれない。
だが、誘ってみるだけ誘ってみよう。
彼と祭りに参加する機会なんて、これを逃せば二度とないだろうから。
ずきりと胸が痛んだが、レンカは気づかなかった振りをして、白パンを飲みこんだ。
「今日ね、再誕祭なんだって。わたしは見物に行こうかと思ってるんだけど、シルヴェストルはどうする?」
レンカがさりげなく尋ねてみたところ、「行く」という返事が返ってきた。
「そうだよね、あんたが行くなんて言うわけが……え? 行く?」
聞き間違いだろうかとシルヴェストルの顔を凝視したが、彼はもう一度「行く」と口にした。
「め、珍しいね。再誕祭に興味があるとは思わなかった」
「べつに、祭りに興味はない。ただ、おまえは目を離すとすぐに、騒動に巻きこまれる。そうなっては面倒だから、見張っておこうと思っただけだ」
卓に頬杖をついたシルヴェストルは、そう言って窓に目を向けた。
(つまり、護衛してくれるってことかな)
レンカは思わず頬を緩めた。
彼のひねくれた物言いには、優しさが秘められている。そう考えると、こそばゆいような、胸がつまるような、不思議な心地になった。
「じゃあ、さっそく行こう! 陛下と妃殿下のパレードは、ものすごく混むらしいから」
シルヴェストルは心底嫌そうな表情を作ったが、結局「行かない」とは言いださなかった。