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逃亡花嫁と死にたがり吸血鬼陛下の、絶対に破棄したい主従契約  作者: 水町 汐里
第2章 アルテナンツェのまじない師
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第19話 事の顛末(2)


「私からも謝罪しよう。夜警隊隊長の手前、バラーシュ卿を拘束したことにせねばならなかった。君を欺いたこと、なにより短剣を押しつけて恐ろしい思いをさせたこと、すまなかった」


 オトは居住まいを正し、誠意ある態度を見せた。

 レンカが気にしていないと答えようとしたとき、シルヴェストルがくちばしを挟んできた。


「まったく、あれが偽装でなかったなら、真っ先に貴様から血祭りに上げていたぞ」

「それは恐ろしい。あなたを味方に引きこめた幸運に、私は感謝しなければなりませんね」


 涼しい顔のオトを、シルヴェストルは苛立たしげにねめつけた。


「こいつを屋敷に潜りこませたことも、僕はまだ納得していないからな。こいつをこき使っていいのは、僕だけだ」

「あんたにもこき使っていいとは言ってないんだけど……」

「いくら僕が付いていたとはいえ、貴様は守るべき民草を危険にさらした。そのことについて、なにか言うべきことがあるんじゃないか」


 シルヴェストルの双眸からは、燃えさかる炎のような荒々しさを感じた。

 反論を無視されたレンカよりもよほど、彼は怒っているらしかった。


「……おっしゃるとおりです。私のしたことは、警吏としてあるまじきものでした。レンカ嬢、君の気持ちを利用し、危ない橋を渡らせたこと、本当に申しわけなかった」


 オトはレンカの足元に片膝をつくと、深々と礼をした。

 

「詫びになるとも思えないが、困ったときはいつでも私を頼ってくれ。可能な限り、力を尽くすと約束しよう」


 そう言ってレンカの手を取り、誓うように額に押し当てた。

 ついで、まっすぐにこちらを見上げてくる。

 臣従礼のような動作にレンカがどぎまぎしていると、唐突に、オトに取られていた手が引っこ抜かれた。

 いつの間にかレンカの横に来ていたシルヴェストルが、彼女の腕を引っぱったのだった。


「僕のしもべに勝手に触るな」

 

 シルヴェストルは、これまでになく不機嫌そうだった。


「狭量な男は嫌われますよ」

「僕ほど懐の深い男を捕まえてなにを言っている? それより、その謝罪はなんだ。馬鹿にしているのか? その程度で許されると勘違いしているのなら、警備隊隊長殿は、ずいぶんとおめでたい頭をお持ちのようだ」


 平素よりさらに辛辣なシルヴェストルを、レンカは慌ててなだめにかかった。


「わたしは大丈夫だから! そりゃあ、嘘をつかれたことにも、囮にされたことにも腹が立つけど……あんたを付けてくれたし、そのおかげで生きて帰ってこられたでしょう。だから、今の申し出で十分だよ」

「死にかけておいて、なにを寝ぼけたことを言っている。おまえはもっと、この男を都合よく使うべきだ」


 シルヴェストルは、レンカのために怒ってくれている。

 そう思うと、春の日射しを浴びたように、胸のうちが暖かくなった。


「わたしはあんたの疑いが晴れて、無事でいてくれさえすればいいの。だから、必要以上にオト隊長を責めるつもりも、なにかを要求するつもりもないよ。……でも、気にかけてくれたのは嬉しい。ありがとう」


 顔を綻ばせるレンカに、シルヴェストルは瞠目したあと、「このお人好しめ」と渋い顔でつぶやいた。


「そういうわけで、なにかあったら頼らせてもらいますね、オト隊長」

「ああ、承知した。……バラーシュ卿にも、改めてお詫び申しあげます。無実のあなたを疑い、申しわけありませんでした」


 立ちあがって頭を下げたオトを、シルヴェストルは無表情に見下ろした。


 殺人事件はもとより、失踪事件のほうも、シルヴェストルの容疑は晴れていた。

 ヨナークは、失踪事件には関与していなかった。なにか知っている素振りは見せたが、メドゥナ、すなわちラジスラフからの命により、口外を禁止されているらしかった。

 主が眷属を従わせる力は絶対で、催眠術をもってしても、その影響を取りのぞくことはできなかったようだ。

 だが、シルヴェストルの顔を見て「犯人ではない」と証言することはできた。そのため、シルヴェストルはめでたく無罪放免となったのだ。


「名誉毀損で訴えてやりたいが、どうせ貴様らは、吸血鬼は人間の法の外にいるだのなんだの言いがかりをつけて、聞く耳を持たないだろう。だから、貴様が落とし前をつけろ」

「……私になにをお望みでしょうか」


 硬い表情のオトに、シルヴェストルは顎を突きだした。


「貴様ら警吏は、僕が失踪事件に関わったのかどうか、こそこそ嗅ぎまわったはずだ。そこで不審に思うことがあったとしても、追及するな。なにかに気づいたとしても、見て見ぬ振りをしろ。要求はそれだけだ。この程度で済ませた寛大な僕に、おおいに感謝するんだな」

「……なるほど、そう来ましたか」


 オトは苦笑いを浮かべた。


「確かに、あなたの経歴には疑わしい点があります。けれど、あなたの養父、アーモス・バラーシュ卿に不穏な噂が流れていたこと、彼が急死したことを考えあわせれば、だいたいの想像はつきます。……まあ、そこは私の管轄外なので、もとより追及するつもりもありませんでした。ですが、お約束いたしましょう。あなたやレンカ嬢をおびやかすような真似は、今後一切いたしません」


 レンカは目をしばたたいた。


(つまり、シルヴェストルのバラーシュ家乗っとりがばれていて、それを黙っていてくれるってこと?)


 いくら謝意を示すためとはいえ、よく了承したものだ。

 もしかすると、オトにとって『極秘任務』以外は、さして重要ではないのかもしれない。


 それにしても、こうもあっさり詐称が発覚するとは思っていなかったし、それを交渉の材料にしようとは、夢にも思わなかった。

 為政者であったシルヴェストルと、貴族とはいえ農民同然のレンカでは、視座が違うのだろう。

 そういえばシルヴェストルは一国の王だったと、レンカは今更のように実感した。


(とにかく、見逃されてよかった)


 安堵の息をついたところで、ずっと気になっていた疑問が頭をもたげてきた。


「ところで、オト隊長はもともとラジスラフを探っていたんですか? それとも、クリシュトフ・メドゥナのほうを?」


 オトは束の間ためらっていたが、「まあ、ここまで協力してくれたのだから、君たちには話そう」と観念したように言った。


「ラジスラフを探っていた」

「どうしてですか?」

「あの男は、素性の知れぬ怪しいまじない師でありながら、陛下に取り入り、政治にまで口を出すようになった。なにか思惑があるのではないかと思い、秘密裏に探ることになったんだ。そうして調査するうちに、陛下から屋敷を賜ったこと、そして『翠緑すいりょくの円環』という慈善団体に関わりがあることが明らかになった」

「翠緑の円環……どこかで聞いたことがあるような、ないような。あれ、でも慈善団体なんでしょう。なにが問題なんですか?」

「どうもラジスラフの元顧客が、その慈善団体に多数所属しているようなんだ。しかも、発足したのは二年前。失踪事件が起こり始めた時期と一致している」

「それは……きな臭いですね」

「ああ。私は、失踪事件は翠緑の円環と関わりがあるのではないかと疑っていた。そして、ヨナークと君の証言で、疑いは確信に変わった。ラジスラフが吸血鬼だと判明したからだ」


 レンカはオトの発言を推し量った。


「要するに、翠緑の円環は、吸血鬼の集団かもしれないってことですか? 失踪した女性たちは、会員の餌食になっていたと」

「私はその可能性が高いとにらんでいる」


 一連の事件には、すべてラジスラフという吸血鬼が関係しているのだ。

 レンカは難しい顔をした。


「ラジスラフは今、どうしているんでしょう」

「こちらの動きに感づいたようで、昨夜から姿をくらませている。翠緑の円環を使ってなにか企んでいるのは明白だ。事を起こされる前に、早々に見つけださねばなるまい」


 オトは険しい表情を浮かべた。


「ふん、ご苦労なことだな。無関係な僕を疑って時間を無駄にするから、後手に回ったんだろう。いい気味だ」


 シルヴェストルがせせら笑った。

 犯人と思われてもどうでもいい、などと言っていたわりには、案外根に持っているらしい。

 

「しかし貴様、国王専属まじない師を調査するなど、一介の警吏ではないな。ただの警備隊隊長が間者を従えているのも、おかしな話だ」


 それは、レンカも疑問に思っていた。

 オトは顔色を変えずに、沈黙を貫いている。


「それに僕が知る限り、警吏は平民が就く職業のはず。だが貴様の立ち居振る舞いは、どう見ても平民ではなく、王侯貴族のものだ。……何者だ、貴様」


 シルヴェストルから鋭い眼ざしを向けられたオトは、ゆっくりと口を開いた。


「私は訳あって、一時的に警備隊隊長の座を借りている。しかしすべては、ラジスラフの企てを暴くためだ。君たちに害を与える気はないから、そう警戒しないでくれ」


 オトはこれまで、シルヴェストルには丁寧な口調で話していた。

 それを砕けたものに変えたということは、シルヴェストルと同等か、それ以上の身分であることを物語っていた。


(品のある人だとは思っていたけど、本当に貴族なんだ!)


 オトが紹介状を入手できた理由も、これで腑に落ちた。本人が貴族なら、伝手はいくらでもあるだろう。

 そして物腰から察するに、彼は上層貴族の出身に違いない。


 どうしよう、とレンカは冷や汗をかいた。

 彼に対して、ずいぶん無礼な態度を取ってしまった気がする。

 もし貴族ではなく王族だったのなら、なお悪い。レンカこそ、牢獄送りになってしまう。


(とりあえず、謝ろう)


 そう心に決めたとき、にわかに部屋の外が騒がしくなった。どたどたと回廊を走る足音が、こちらに近づいて来る。


「失礼いたします。オト隊長、いらっしゃいますか!」

「なにごとだ、騒々しい」


 オトが部屋の扉を開けると、そこには肩で息をつく警吏がいた。

 彼は息を整える間もなく、まくし立てた。


「牢に拘禁していたバルトロメイ・ヨナークが、何者かに殺害されました!」

「……なんだと?」


 声を低めるオトに、警吏は悔しそうに言った。


「見張りは終始、ヨナークから目を離さなかったと主張しています。交代のさいも、人目がなくならないよう注意を払っていたとのこと。しかし気づいたときには、ヨナークは首を切断されていたそうです」

「やられたな」


 オトは忌々しげにつぶやくと、深々とため息をついた。


「ラジスラフが催眠術を使って、見張りの記憶を消したんだろう。対策が甘かったな。なんとしても、早急に奴を捕えなければ」


 足早に去っていくオトと警吏を見送りながら、レンカはひどく胸騒ぎがした。


 ――自分たちは、なにか大きなうねりに巻きこまれているのではないか。

 そんな予感が、いつまでも頭から離れなかった。

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