第18話 事の顛末(1)
幸いなことに、女中頭の命に別状はなかった。医者の見立てでは、一晩休めば回復するとのことだった。
ヨナークはといえば、裁判所付属の牢獄に入れられた。
シルヴェストルが掛けた催眠術のおかげで、ヨナークは脱獄することなく、質問にも素直に応じた。
どうもシルヴェストルの術は、同族相手であっても有効らしい。それが普通のことなのか、彼の能力が格別なのかは、定かではないが。
なにはともあれ、尋問の結果、ヨナークはヤーヒム・ドルダと、ブランカ・ノヴァーの殺害を認めた。
彼の供述によると、あの屋敷は、クリシュトフ・メドゥナへ餌を提供する場であったらしい。
餌とされたのはほとんどが女中で、彼女たちは吸血された記憶を、催眠術によって消されていた。
メドゥナの眷属たるヨナークは、そのおこぼれにあずかっていたが、あるときから吸血衝動を抑えられず、女中を殺めるようになった。そのたびに辞めたと偽り、遺体を火葬したのだという。
ちなみに、吸血に対して歯止めが利かなくなるのは、眷属の吸血鬼だけなのだとか。悪行を働いて吸血鬼となった者は、空腹にならない限り、暴走することはないらしい。
つまり、アーモスは前者で、シルヴェストルは後者なのだろう。
シルヴェストルの場合、過去に異母兄への憎しみで我を失ったようだが、現在の様子を見る限り、それは例外だったと思われる。
それはさておき、ヨナークがドルダを殺したいきさつは、レンカの想像どおりだった。
発端は、サシャがメドゥナの吸血を目撃したことにあった。
それを理由に彼女を始末したあと、ヨナークは押し込み強盗を装って、秘密を知るドルダを殺そうとした。しかし、もみあいの末にドルダが傷を負ったため、吸血への欲求が抑えられなくなったそうだ。
ドルダに杭を刺したのも、告発を恐れてのことだった。
吸血鬼がいつよみがえるのかは、誰にもわからない。息絶えてすぐの場合がほとんどだが、何十年、何百年と掛かる場合もある。
もし自分の与りしらぬところで彼が復活し、警吏に通報したら、面倒なことになる。
そう考えて、杭を刺したそうだ。
そして意外なことに、シルヴェストルを吸血鬼だと通報したのも、ヨナークの仕業だった。
ドルダ殺しをメドゥナに報告したところ、シルヴェストルに罪を被せるよう、指示を受けたのだという。その理由については、ヨナークも知らされていないらしい。
これを聞いて、当のシルヴェストルは顔をしかめていた。
彼はクリシュトフ・メドゥナという名に、まったく覚えがないという。
それもそのはず、シルヴェストルの知己など、現代のアルテナンツェにいるはずがないのだ。
なぜシルヴェストルを、吸血鬼だと知っていたのか。なぜ彼に濡れ衣を着せたのか。
それは、メドゥナ本人に問いただすしかなさそうだった。
ブランカの殺人については、屋敷をかぎまわっていた彼女を、ヨナークが見とがめたことに端を発していた。
外へ逃げだしたブランカに追いつくと、ヨナークは襲いかかって吸血した。
そこへ夜警隊が近づいてきたので、ブランカの遺体を片づけられず、やむなく放置して逃げたという。
以上が、ヨナークが関わった事件のすべてだった。
「そしてヨナークは、クリシュトフ・メドゥナがラジスラフと同一人物だと認めた」
オトの衝撃的な発言に、レンカは持っていた木杯を取り落としそうになった。
ヨナークが捕まり、レンカが屋敷を去ってから、はや一日が経とうとしていた。
滞在中の宿で、レンカとシルヴェストルは卓を囲み、オトからの報告を聞いているところだった。
「ラジスラフって、あの宮廷まじない師の? オト隊長は、最初からそれを疑っていたんですか?」
「そうだ。メドゥナの屋敷に、以前から目をつけていたと話しただろう。……被害者のブランカ・ノヴァーは、私の配下だったんだ。彼女に調査してもらった結果、あの屋敷は、陛下がラジスラフに下賜されたものだと判明した」
ブランカがオトの部下だと知っても、驚きはなかった。
ヨナークがブランカを間者だとほのめかした時点で、そうではないかと疑っていたのだ。
「なるほど、だからあんなに立派な屋敷だったんですね。そのわりに使用人が少なかったのは、メドゥナの秘密を守るためでしょうか。人が多ければ多いほど、露見する確率は上がりますから」
「恐らくそうだろう」
向かいに座るオトは、ホットワインの入った木杯に口をつけた。
「もともとあの屋敷は、歴代の王が愛人を住まわせるために使っていた。ブランカが調べたところ、屋敷にある隠し扉と王宮のラジスラフの部屋が、地下通路でつながっていたそうだ。王が忍んで愛人のもとへ通えるよう、造られたらしい。どうも陛下は、王宮と行き来がしやすいだろうとお考えになって、あの屋敷をラジスラフに与えられたようだ」
オトは苦々しげに言った。
彼がこれほど感情を露わにするとは、珍しい。
「私の指示で、ブランカはその地下通路を使って、王宮の部屋を調べていた。それをヨナークに気づかれたせいで、命を落としたのだろう。彼女には申しわけないことをした」
目を伏せるオトに、レンカははたと思い至った。
「ちょっと待ってください。そんな玄人ですら失敗するような場所に、素人のわたしを送りこんだんですか?」
「あの屋敷は餌となる女性はたやすく入れるが、男はなかなか入りこめなくてね。ブランカを除けば、私の配下に女性はおらず、適任者がいなくて困っていたんだ。そこにちょうど君がいたものだから、これは渡りに船だと思った」
オトはしれっと言ってのけた。
その様子に、苛立ちが込みあげてくる。
「……あなたはブランカさんからの報告で、ヨナークが怪しいことを、とっくに知っていたはず。つまり、わたしに犯人を見つけさせようなんて、みじんも思っていなかった。わたしに期待した役割は、ヨナークをおびき寄せるための囮だったんでしょう。わたしが屋敷を探しまわれば、ヨナークは必ず危害を加えようとする。その現場を押さえ、捕まえようとした。違いますか?」
潜入を頼まれたときから、危険は覚悟のうえだった。しかし、捨て駒になると承諾した覚えはない。
おのれの命を軽んじられた怒りで、全身が熱くなる。かなうなら、目の前にいる男の胸ぐらをつかみ、思いきり揺さぶってやりたかった。
「……君の言うとおりだ。面目次第もない」
オトはばつが悪そうにレンカから視線をそらした。
一応この男にも、罪悪感というものが備わっていたらしい。
「いいですけどね、べつに。オト隊長にとっては、わたしの命よりも犯人確保のほうが、よっぽど重要だったんでしょうから」
刺々しい口ぶりのレンカに、「それは違う」とオトは驚いたように否定した。
「君をむざむざ死なせるつもりはなかった。その証拠に、バラーシュ卿を護衛に付けただろう」
「え?」
「おい!」
シルヴェストルは眉を吊りあげ、オトをにらみつけた。
レンカは混乱しながら、彼らを交互に見くらべた。
「どういうことですか? だって、シルヴェストルは牢に入れるって言ってましたよね」
「バラーシュ卿からなにも聞いていないのか? ……ああ、なるほど」
そっぽを向くシルヴェストルを見て、オトはなにごとか悟ったらしい。
「君は、ヨナークに首を絞められたと言っていたな。そのときに君を守れなかったから、バラーシュ卿は気がとがめているんじゃないか? だから、そばにいたことを黙っているんだろう」
「えっ、そうだったの?」
シルヴェストルの顔をのぞきこむと、彼はぼそぼそと話しはじめた。
「……あのときは、しばらくおまえの血を吸っていなかったから、腹が減っていた。おまえが眠ったのを確認してから、獣の血を飲みに出かけたが……まさか、そのあと家令の部屋に侵入していたとは思わなかった」
恨めしげに横目で見られ、レンカは言葉につまった。
「だ、だって、なんとか証拠をつかまなきゃって思ってたんだもの! 動くには、人目のない夜中しかなかったし」
「……それはそうだ。おまえから目を離した、僕が悪かった」
いつになくしおらしいシルヴェストルに、レンカはあんぐりと口を開けた。
これは誰だ。本当に、あの高慢さにかけては並ぶ者のないシルヴェストルなのか。
なんだか調子が狂うので、レンカは話題を変えることにした。
「ところで、どこに隠れてたの? あんたの姿なんて見かけたことなかったけど」
「吸血鬼がなにに変化できるのか考えてみろ」
「変化って……霧とか、蝙蝠とか……ああ!」
レンカの脳裏に、客室を飛ぶ蝙蝠の姿が浮かびあがった。
「あの、鏡を叩いていた蝙蝠! あんただったの!?」
「いつ気づくかと思ったが、最後まで気づかなかったな」
シルヴェストルは取りすました顔つきで、こちらに一瞥をくれた。
自分からは言いださなかったくせに、気づいて欲しかったのだろうか。
なんとも面倒くさい吸血鬼である。
「なんだか、やけにちょうどよく助けてくれたなって思ってはいたの。ずっと見守っててくれたんだね」
「……裁判所から警吏を呼ぶほうを優先させたから、すぐには守ってやれなかったが」
「いいよ、そんなこと。結果的に、ちゃんと守ってくれたんだから。ありがとう、シルヴェストル」
レンカが笑いかけると、シルヴェストルは「……べつに」とぶっきらぼうに返してよこした。




