第13話 潜入(2)
初日は仕事に慣れるので手いっぱいだったため、他の使用人に話を聞くどころではなかった。
なので翌朝、洗濯を手伝うよう申しつけられたレンカは、好機の訪れににんまりとした。
「本当にびっくりしたよ。まさか、吸血鬼に襲われるなんて」
ブランカについてたずねると、レンカと同じ年頃の洗濯女中は、眉間にしわを寄せた。
彼女たちは台所の片隅に座り、湯を張った盥で汚れ物を洗っているところだった。
「やっぱりこの屋敷、なんかおかしい気がするのよね」
レンカはどきりとして、テーブル掛けを洗濯板にこすりつける手を止めた。
まさか、自分と同じ意見を耳にするとは。
「……たとえば、どんなところが?」
忙しそうな料理人にちらりと目をやると、女中はレンカに身を寄せて、声を潜めた。
「ここで働く女中ね、気づくといなくなっているの」
「それって、ちまたの失踪事件と同じってこと?」
「ううん、そうじゃなくて、辞める子がやたらと多いの。それも、女中ばっかり。この屋敷、給料もいいし職場環境も……まあ、人手不足なところ以外は悪くないし、いじわるな人もいないでしょう。それなのに、なぜか女中が居つかないのよね。この前もそういう子がいて……」
女中は不安げな表情になった。
「その子ね、ひどくおびえていたの。魔除けを買っていたみたいだから、吸血鬼が怖いのかなって思ってたんだけど、それにしても尋常じゃなかった。結局、なににびくびくしていたのかは、聞きだせなかったんだけど」
その辞めた女中は、サシャというらしい。
「サシャさんは、いつ頃辞めたの?」
「そんなに前じゃないよ。えーっとね、ちょうど二週間前だったと思う」
レンカは息をのんだ。
二週間前といえば、まじない師の死体が発見された日ではないか。
「ブランカもあんなことになっちゃったし、なんだか気味が悪いんだよね。他にいい職場があるなら、あたしも今すぐ辞めたいぐらい」
肩をすくめる女中に、レンカは同調した。
彼女は再び手を動かしながら、考察を始めた。
(ドルダさんが遺体で見つかった日と、サシャさんの辞めた日は一緒。これって偶然なのかな?)
しかし、これといった答えは思いつかず、レンカはすぐに方向性を変えた。
(サシャさんは、なににおびえていたんだろう。毎日ここで過ごしていたんだから、屋敷にあるなにかに反応したんだと思うけど)
サシャはそのなにかを目撃したために、暇乞いをしたのかもしれない。
もしくは、辞めさせられたか。
後者だとすれば、主人にとって知られてはまずいものを、偶然見聞きしたのではないだろうか。
(主人の命令に従って、家令がサシャさんを解雇したのか。それとも、家令自身の判断によるのか。どちらにしても、このふたりが怪しい)
サシャ以外に辞めた女中がいるのも、気にかかる。
となると、当面は主人と家令を調べるのがよさそうだ。
レンカは調査が進展しているという手応えを感じ、頬を緩めた。
洗濯を終えたレンカは、掃除に取りかかろうと、三階に向かった。
目指すは、主人のクリシュトフ・メドゥナの部屋である。掃除しつつ、中を探ろうという魂胆だった。
寝室に入った彼女は、なにげなく右手の窓に顔を向け、眉をひそめた。
窓のすぐそばを、蝙蝠が横切っていったからだった。
(こんな明るいうちから蝙蝠? まさか、屋敷に住みついてないよね)
蝙蝠の駆除も、女中の職分なのだろうか。
レンカは気が重くなったが、頭を振って気分を切りかえると、室内を見まわした。
広々とした寝室には、天井まである巨大なマントルピースと暖炉、天蓋つきの寝台、櫃と卓が二つずつ、椅子三脚がある。
三方には、壁を覆うようにしてタペストリーが掛けられていた。
レンカはひとまず、壁際に置かれた櫃から着手することにした。
中には、男性用の衣類が入っている。だが、一枚一枚調べてみても、めぼしいものは見あたらない。
寝台の足元に置かれた櫃は、鍵つきで開けられなかった。中に書類でも入っているのだろうか。
鍵を壊すわけにもいかず、レンカはしぶしぶ諦めた。
暖炉はどうかとのぞいてみれば、煤の跡があるものの、きれいに掃除されている。なにか隠す場所があるのではとくまなく触ってみたが、なんの違和感もない。
結局、部屋中探しまわっても、手がかりはひとつも見つからなかった。
「そう簡単にはいかないか」
レンカは肩を落としたが、いや、まだ家令の部屋が残っていると気を取り直した。
バルトロメイ・ヨナークの部屋は、本人の意向により、掃除しなくていいことになっている。
他人にあちこち触られて、重要な書類になにかあったら困るから、だそうだ。
しかし、その言い分は疑わしい限りだった。
(後ろ暗いことがあるに決まってる)
レンカはそう決めつけて、絶対にヨナークの部屋を探らねば、と意気込んだ。
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