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逃亡花嫁と死にたがり吸血鬼陛下の、絶対に破棄したい主従契約  作者: 水町 汐里
第2章 アルテナンツェのまじない師
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第12話 潜入(1)

 

 二日後。

 被害者の女性、ブランカ・ノヴァーが勤めていた屋敷を、レンカは緊張した面持ちで見上げていた。


 黄色みがかった石で造られた屋敷は、左右対称の美しいたたずまいをしている。

 その中でもひときわ目を引くのが、壁を埋めつくさんばかりに並ぶ、縦長のガラス窓だ。高価なガラスをふんだんに使っていることから、所有者は相当に裕福であることがうかがえた。


 この屋敷を訪れるのは、今回が初めてではない。

 オトがすばやく入手した紹介状を持って、昨日、屋敷の家令と面談したのだ。今日になって採用を告げられ、すぐさま働くこととなった。

 ちなみに、紹介状を書いてくれた貴族は、レンカの遠縁という設定である。


(オト隊長、どんな手を使ったんだろう……)


 警吏は一般的に、平民がなる職業だ。

 にもかかわらず、オトが貴族に伝手を持っているのは、どういうことなのだろう。

 レンカはあれこれ考えそうになって、首を振った。今は、それどころではない。


(気を引きしめないと。もしかしたら、殺人犯がいるかもしれないんだから!)


 不安を紛らわすように、レンカは深呼吸した。


 この屋敷について、オトからはなんの情報も得られなかった。

 どうやら『極秘任務』とやらが、彼の口をつぐませているらしい。

 レンカとしては、暗闇の中にひとりで放りこまれたような気分だったが、四の五の言っていられない。シルヴェストルを救うためには、やるしかないのだ。


 レンカは決意を込めて屋敷を見すえると、足を踏みだした。





 屋敷の持ち主は、クリシュトフ・メドゥナという、宮廷に仕える貴族らしい。

 

「主人は、この屋敷にほとんど帰ってこないの」


 わずかに戸惑いをにじませてそう言ったのは、二十代前半の女中頭だ。

 レンカのために、屋敷を案内してくれているところだった。


「宮内官として王宮に詰めているからなんですって。おかげで、主人を世話することはないの。わたしたちは、屋敷の維持管理のために雇われているといっていいわ」

「それじゃあ、使用人もあまりいないんですか? さっきから全然すれ違いませんけど」

「そうね。今屋敷にいる使用人は、全部で七人だったかしら」


 レンカは目を丸くした。

 貴族の使用人は、多いと二百人、少なくても三十人はいると聞いたことがある。

 いくら主人が不在とはいえ、このように立派な屋敷を持つ貴族にしては、数が少なすぎやしないか。


 だが、この女中頭がわけを知っているとも思えない。レンカは話題を変えることにした。


「家令のバルトロメイ・ヨナークさんは、どちらにいらっしゃいますか? 改めて、挨拶しておきたいのですが」

「あら、残念ね。あなたが来るすこし前に、領地の方に戻ってしまったの」

「えっ、普段はこちらにいないんですか?」

「ヨナークさんの主な仕事は、荘園の管理なのよ。こちらにはたまにしか帰ってこないの」

「わたし、ヨナークさんが使用人を取り仕切っているのだと思ってました。採用を担当していたので」

「ええ、そちらも受けもっているわ。だから、ずいぶんと忙しいみたい」


 家令は屋敷の家事を監督する者と、荘園を経営する者、ふたりいるのが一般的だ。

 しかしヨナークは、それをひとりで兼任しているらしい。


「この屋敷で見かけたのは、片手で数えるぐらい……いえ、もっと少ないかも」

「メドゥナ卿は、人員を増やすつもりはないんでしょうか」

「特にそういう話は聞かないわね。ヨナークさんも文句ひとつ言わないし、現状で十分だと思っていらっしゃるのかも」

「そうですか」


 そこで二階に到着したため、女中頭は案内を再開した。

 説明を上の空で聞きながら、レンカは考えを巡らせた。


(なんだか、変な屋敷)


 富を見せつけるような屋敷の外観に反して、使用人は最小限なのが、どうにもちぐはぐな印象を受ける。

 しかも、主人と家令は滅多に姿を見せないという。

 

(オト隊長が目をつけていたのも、納得の怪しさかも)


 もっとも、先入観があるせいで、そう思うだけかもしれないが。


 ひととおり屋敷を見てまわったあとは、さっそく仕事に取りかかることになった。

 レンカは掃除を割りあてられたが、万年人手不足のため、他の仕事も手伝う必要があるらしい。

 使用人に話を聞く機会が増えると、彼女はひそかに喜んだ。


 まだ掃除していないという、三階の広大な居間に足を踏みいれると、女中頭がささやくように言った。


「……すぐにあなたが来てくれてよかった」

「え?」

「この屋敷、人手が足りていないでしょう。ブランカさんがいなくなって、途方に暮れていたのよ。あの子、人一倍働き者だったから、彼女の穴を埋めるのはなかなか大変で……」


 女中頭は言葉を詰まらせ、うなだれた。

 今まで気丈に振るまっていたが、同僚が殺されたとあっては、やはり辛いのだろう。

 レンカは今しかないと、慎重に問いかけた。


「ブランカさんは、吸血鬼に襲われたって聞きましたけど……」

「そうみたいね。本当に、気の毒なこと」


 女中頭は眉をくもらせた。


「……彼女、路上で発見されたんですって。それが、わたしには不思議で」

「どうしてですか?」

「だって、夜間に外出したってことでしょう。今はなにかと物騒だし、夜に出かけようなんて、普通なら考えないはず」

「日のあるうちに出かけたわけじゃないんですね」

「ええ、日中は普通に働いていたわ。わたしたち女性の使用人は屋根裏部屋で寝起きしているのだけど、彼女が寝台に入ったところも、ちゃんと見ているの」


 レンカはうなずくと、今得た情報を咀嚼そしゃくした。


「誰かに呼びだされたってことはないでしょうか。たとえば、加害者に」

「ブランカさんが、吸血鬼に? ちょっと想像がつかないわね。それに、もし吸血鬼の知り合いがいたとしても、どうして殺されたのかしら。誰かに恨まれるような子じゃなかったのよ。生真面目で、誠実な子だった」


 女中頭はしんみりとしていたが、出しぬけに本来の職務を思い出したらしい。


「ごめんなさい、長々とお話しちゃって。えーっと、どこから始めましょうか……。あなたは、床を掃いてくれる?」

「はい」


 い草のマットが敷かれた床を掃きながら、レンカは考えこんだ。

 ブランカは、自分の意志で外へ出たのだろうか。呼びだされて、あるいはおびき出されて?

 でなければ、屋敷で殺されたあと、外に放置されたかだ。


(屋敷の中で殺されたのなら、犯人は屋敷の人間ってことになる。でも、死体が屋敷の近場にあったのが引っかかる。疑いを自分から逸らそうと思って、犯人が死体を運んだとしたら、もっと遠くに置いてくるはず。……ということは、やっぱり外部の人間に呼びだされたってこと?)


 どちらの線が正しいのか判断するには、まだまだ情報が足りない。

 片っ端から聞き込みをしようと、レンカは心に決めた。

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