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逃亡花嫁と死にたがり吸血鬼陛下の、絶対に破棄したい主従契約  作者: 水町 汐里
第2章 アルテナンツェのまじない師
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第8話 シルヴェストルの後悔(1)

 

 夜警隊は、都市防衛の任務に交代で就いている民兵と、裁判所所属の警吏によって構成されている。

 彼らを束ねるのはオトではなく、夜警隊の隊長である。

 その隊長は案の定、シルヴェストルの夜警隊参加を突っぱねた。だが、オトの巧みな弁舌により、最終的には丸めこまれたようだった。


 こうして夜警隊への同行が認められたシルヴェストルだったが、なにも聞かされていない民兵はともかく、事情を知る警吏からは、はっきりと敵意を向けられていた。


 その矛先は、従者であるレンカにも向かった。


 軟禁されたレンカは、不信感を隠しもしない警吏に監視される羽目になった。

 宿の中なら自由に歩きまわってよかったが、ぴりぴりした警吏が始終ついて来るので、彼女としては迷惑なことこのうえなかった。


 さらに最悪なことに、部屋にいてもすることがない。


 唯一の話し相手であるシルヴェストルは、明け方前後に巡回から帰ってくると、夕方まで寝入っている。

 結果として、レンカはひたすら暇を持て余していた。

 これでは、飲んだくれの父を世話していたときのほうが、よほど有意義だったといえよう。

 

 そのようにして、数日がのろのろと過ぎていった。

 このかん、失踪事件は起きず、犯人の手がかりはひとつとして見つからなかった。

 

 そんなある日、大広間で昼食を済ませてきたレンカは、シルヴェストルがうなされていることに気づいた。

 

「シルヴェストル」


 レンカはシルヴェストルの体を揺すった。

 彼は天蓋に覆われた薄暗がりのなかで、はっと目を見開いた。その顔は心なしか、いつにも増して青白く見える。


「……レンカか」

「うなされてたから起こしたけど、大丈夫?」


 シルヴェストルは寝返りを打ち、レンカに背を向けた。


「……べつに、なんの問題もない。それより、主をこき使うどこぞの従者のせいで、僕は今、非常に疲れている。これ以上、僕の眠りを妨げるのはやめろ」

「あっ、そう」


 レンカはむっとして、乱暴に天蓋の布を閉じた。

 親切心から起こしてやったのに、ずいぶんな言われようである。


 今度から絶対に起こしてやるものか、とへそを曲げたレンカだったが、翌日も、翌々日も、シルヴェストルはうなされ続けた。

 さすがに心配になって、どんな悪夢を見ているのか、彼にたずねてみた。

 しかし、「たいした夢じゃない」の一点張りで、頑なに打ちあけようとしない。

 それに気を揉んでいるうちに、シルヴェストルが夜警隊に参加して、十一日が経とうとしていた。


 その日、レンカは火事の夢を見た。


 高所にいるのか、眼下には街が広がっている。その街が、一面炎に包まれていた。

 闇のなか、燃えさかる炎は目を射るようにまばゆく、夜空を赤く染めあげている。

 もうもうと立ちこめる煙のせいで、下界の様子はよくわからない。けれども、誰かの悲痛な叫び声が、風に乗ってかすかに聞こえた気がした。


 レンカが目を覚ますのと、隣から布団をはねのける音がするのは、ほぼ同時だった。

 まだ辺りが暗いことから、シルヴェストルは普段よりも早めに帰ってきたらしい。

 天蓋の中で荒い息をつくシルヴェストルに、レンカはそっと話しかけた。


「……また、嫌な夢を見たの?」

「おまえには関係ないだろう。人のことを気にしている暇があるなら、さっさと寝ろ」


 突き放すように言われても、レンカはひるまなかった。


「ねえ。あんたの見た夢って、もしかして火事の夢だった? 高いところから、燃えている街を見下ろしている夢」

「なぜ、それを知っている」


 シルヴェストルは天蓋の布を払いのけると、レンカの寝台に近づいてきた。

 上体を起こしたレンカは、暗闇のなか、ぼんやりとしかわからない彼のほうへ視線を向けた。


「わたしも今、同じ夢を見たの。あんたと同時に起きたから、なんとなくそうじゃないかと思って。不思議だけど……もしかすると、紅血の指輪を通して夢を共有したのかもね。わたしが、あんたの夢の内容を気にしていたから」

「だとすれば、本当にろくでもないな、この指輪は」


 シルヴェストルは忌々しげにつぶやいた。


「……あのさ、シルヴェストル」


 レンカは真剣に続けた。


「あんたがなにを抱えこんでいるのかは、わからない。でも、もしひとりで抱えているのが辛いのなら……わたしに話してみるのも、ひとつの手だと思うよ。問題を解決することも、そっくり引き受けてあげることもできないけど、すこしは気が楽になるかもしれない。もちろん、話せる範囲で構わないし、話したくないなら無理に話さなくていい」


 シルヴェストルは黙りこくったまま、しばらくなにも言わなかった。

 あまりにも静かなため、すでに寝台に戻ったのだろうか、とレンカが諦めかけたとき、ごく小さな声が耳に届いた。


「……あの火事は、僕のせいで起こった」

「え?」

「吸血鬼としてよみがえったとき、僕は手当たり次第に人を襲った。そうして吸血鬼になった者たちが更に吸血鬼を生みだし、王都は大混乱に陥った。人びとは松明たいまつを使い、火を嫌う吸血鬼を追いはらおうとしたが……その火が建物に移り、火事になった。乾燥した風の強い日だったから、そこからまたたく間に燃えひろがり、気づいたときには手の施しようがなかった」


 レンカはそうだったのか、と腑に落ちた。


 逸話によると、シルヴェストルはみずからの手で火を放ったことになっている。

 なにか事情があるのだろうと思ってはいたが、実際は事故のようなものだったのだ。


「わたしと初めて会ったとき、あんたは襲ってこなかったよね。なんでそのときは、人を襲ったの?」

「……あのときは、正気ではなかった。()()()を真っ先に始末しても、凶暴な気持ちが治まらず……なにもかも破壊し尽くしたかった」

「あの男って誰のこと?」


 シルヴェストルは声を低めて答えた。


「クレメント・ヴェンツル。僕に紅血の指輪をはめさせた張本人にして、僕を殺した異母兄だ」


 衝撃的な内容に、レンカは息をのんだ。

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