第7話 現場検証
レンカたちは、まじない師――ヤーヒム・ドルダというらしい――の店へ、再び向かった。
店は二階建てで、上階が住居となっている。そこの寝室に、ドルダは横たわっていた。
紙のように真っ白な顔とは対照的に、彼の胸元は、どす黒い血で染まっていた。流れでた血は体を伝い、寝台のシーツにまで染みこんでいる。
左胸に深々と突き刺さった、木製の杭が原因だった。
長さは、レンカの肘から手首ぐらいまでありそうだ。
レンカは凄惨なありさまに言葉を失ったが、なんとか気持ちを立てなおすと、ドルダの冥福を祈った。
「……杭が刺さっているということは、ドルダさんは、吸血鬼になって誰かを襲ったんでしょうか」
「いや。近所に住む発見者によると、その杭はもともと刺さっていたらしい」
先ほど部下から報告を受けていたオトが、よどみなく答えた。
「つまり、犯人が突き刺したってことですか」
「その可能性が高いな」
「……杭は犯人が持ちこんだんでしょうか」
「この店の商品と同じ形状だから、恐らくは店から持ちだしたものだろう」
レンカは眉間にしわを寄せた。
いったいどんな思惑があって、杭を刺したのだろう。
(ドルダさんが吸血鬼になって復活したら、犯人を告発するから?)
それならば、最初から吸血しなければいいはずだ。
人を殺す方法など、吸血以外にいくらでもある。犯人がそれを知らなかったとも思えない。
首をひねっていたレンカの脳裏に、ふとアーモスの顔がよぎった。
「そうだ! 犯人は、最初からドルダさんを殺すつもりじゃなかったのかもしれません。血を飲みたかっただけなのに、歯止めが利かず、うっかり死なせてしまった。それで、ドルダさんの口を封じるため、慌てて杭を刺したとか」
「……なるほど。筋が通っているな」
オトはうなずくと、レンカを探るように見つめた。
「今の話は実際にあったことか?」
「はい、そういう吸血鬼を見たことがあります。……あっ、もちろん、主人のことじゃないですよ!」
「その吸血鬼はどうなった?」
「討伐されました」
「では、犯人にはなりえないな。……バラーシュ卿、あなたはどうですか? その従者の言うとおり、血を飲みすぎてしまうことはないんでしょうか」
むっつりと押しだまっていたシルヴェストルは、短く「ない」と答えた。
「そうそう、わたしが人間であることが、なによりの証拠です! 主人はわたしの血だけを飲んでいますが、致死量まで飲んだことは、一度としてないんですから」
レンカがすかさず言い添えると、内心はどうあれ、オトは納得したように見えた。
その後、物差しを持った警吏が、レンカとまじない師双方の首に残る、二か所の牙の痕を測った。
「長さが違いますね」
測り終えた警吏は、まじない師のかみ痕のほうが間隔が開いている、と報告した。
念には念を入れて、シルヴェストルの牙も調べられることになった。
牙と牙の間隔は、レンカの首のかみ痕と同じであり、まじない師のものとは一致しなかった。
結果を聞いて、レンカは胸をなで下ろした。
「よかった。これで、主人の疑いは晴れましたよね」
「そうだな。……バラーシュ卿、無関係なあなたを疑ったこと、心よりお詫び申しあげます」
オトは頭を下げると、「ですが」と背を伸ばして言った。
「市民が不安がっている現状では、吸血鬼のあなたを野放しにはできません。今日からあなたを、我々の監視下に置きます」
「回りくどい言い方だな。もっとはっきり言ったらどうだ?」
シルヴェストルは口元を歪めて笑った。
「失踪事件については、まだ容疑が晴れていない。だから僕を手元に置き、怪しい動きを見せたら即捕縛する。そういう腹づもりなのだろう?」
黙秘するオトに、レンカの上向きだった気分が、一気に急降下した。
「まさか、失踪事件についても疑っているんですか? 二年前から起きている事件と、四日前にここへ来たわたしたちを結びつけるなんて、いくらなんでも横暴すぎます!」
レンカがかみついても、オトは眉ひとつ動かさなかった。
「そうだろうか? 申告していないだけで、じつは秘密裏に、何度もアルテナンツェに来ているかもしれない。もしくは、人をさらう吸血鬼と、裏でつながりがあるかもしれない。可能性はいくらでも考えられる」
「ではどうする? 僕を獄につなぐか?」
冷笑を浮かべたシルヴェストルに、オトはかぶりを振った。
「吸血鬼は変身能力があると聞きます。恐らく、人間用の牢獄にあなたをつないでも、なんの意味もないでしょう。……監禁はいたしません。当分は我々の監視下で、ご滞在中の宿にとどまっていただきます。あなたが潔白であるとわかれば、解放することをお約束いたします」
「監禁ではなく軟禁か。……ふん、ずいぶんと手ぬるい措置だな」
「あなたは逃げないでしょう」
オトは断言した。
「逃げるのならば、裁判所に連行される前に、とっくにそうしていたはずです。ですがあなたは、ここまで付きあってくださった。それを信用して、軟禁という処置をとらせていただきます」
「途中で気が変るかもしれないぞ」
「そのときは仕方ありませんね。我々の総力をあげて、どんな手を使ってでも、あなたを拘束いたします」
好戦的にほほえむオトを、シルヴェストルは不可解そうに見やった。
それを尻目に、レンカは困ったことになった、と唇をかみしめた。
(わたしも一緒に軟禁されるだろうし……これじゃあ、指輪の手がかりを探しだせない)
シルヴェストルの疑いが晴れるのを、おとなしく待つしかないのだろうか。
けれど、それはいったい、いつになるのか。
そもそも、本当に無実を信じてもらえるのか?
頭を悩ませていたレンカは、不意に天啓を得たようにひらめいた。
「オト隊長、主人を夜警隊に参加させてはいかがでしょうか!」
「はあ?」
なに言っているんだこいつ、と顔に書いてあるシルヴェストルを無視して、レンカは続けた。
「吸血鬼は人よりも五感が発達しているみたいなんです。それを利用して、主人に失踪事件の犯人を見つけさせるんです! せっかく吸血鬼を掌中に収めるんですから、宿でくすぶらせておくより、有効活用したほうがいいと思いますよ。夜警隊と一緒なら監視されているも同然ですし、変な動きはできません。あっ、夜警隊なのは、主人が日中だと、長時間活動できないためです」
「なにを勝手なことを!」
シルヴェストルの苛立ちのこもった視線を、レンカは真っ向から受けとめた。
「このままじゃ、いつ疑いが晴れるかわからないじゃない。あんたが犯人を見つけさえすれば、濡れ衣だって証明できるんだよ。早く解放されたくないの?」
「……べつに。犯人だと思われようが、どうでもいい」
顔をそむけるシルヴェストルに、レンカは歯がゆさを覚えた。
「……オト隊長。吸血鬼って、人と同じように裁かれるんですか?」
「そうだな。ただ、情状酌量はされない。大なり小なり人を害せば、平民だろうが王侯貴族だろうが、みな等しく斬首刑だ」
レンカはオトに礼を述べ、「ほら、聞いた?」と声を高めた。
「犯人と断定されたら、死罪になっちゃうんだよ。それでもいいの?」
「そのときは仕方ない。そいつらがお望みどおり、首を斬られてやる」
無表情に答えるシルヴェストルを見て、レンカは悲しくなった。
(なんでこいつは、生きようと思わないんだろう)
一般的に、死の危機に直面した人間は恐怖を覚え、なにがなんでも生きのびようとするはずだ。
だが、かつて人間であったはずのシルヴェストルには、それがまるでない。吸血鬼としてよみがえったときに、生への渇望を置き去りにしてきたかのようだった。
「あんたはそれでいいのかもしれない。でも……でもわたしは、冤罪で処刑されるあんたなんて、絶対に見たくない」
レンカが訴えかけると、シルヴェストルは目をまたたいた。
なぜそんなことを言われるのか、理解できないというように。
「……君は、主人に対してずいぶん砕けた口調で話すんだな」
オトに指摘され、レンカはぎくっとした。
(ああっ、しまった! 従者の振りするの、すっかり忘れてた!)
「しゅ、主人とは幼い頃からの付き合いで、気安く話すように命じられておりますので!」
「そうか。……まあいい。それで、夜警隊だったな。容疑者を外に出すなど前代未聞だが、蛇の道は蛇というし……」
オトはしばらく考えこんでいたが、やがて口を開いた。
「……バラーシュ卿。一か月、猶予を与えます。そのあいだに犯人を見つけだしてください。それができなければ、以降、外出を一切禁じます。よろしいですね」
「好きにしろ」
シルヴェストルは投げつけるように言葉を放った。
レンカはほっと肩の力を抜いた。
あとは、シルヴェストルの頑張りに賭けるほかなかった。