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逃亡花嫁と死にたがり吸血鬼陛下の、絶対に破棄したい主従契約  作者: 水町 汐里
第2章 アルテナンツェのまじない師
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第7話 現場検証

 

 レンカたちは、まじない師――ヤーヒム・ドルダというらしい――の店へ、再び向かった。

 店は二階建てで、上階が住居となっている。そこの寝室に、ドルダは横たわっていた。

 

 紙のように真っ白な顔とは対照的に、彼の胸元は、どす黒い血で染まっていた。流れでた血は体を伝い、寝台のシーツにまで染みこんでいる。

 左胸に深々と突き刺さった、木製の杭が原因だった。

 長さは、レンカの肘から手首ぐらいまでありそうだ。


 レンカは凄惨なありさまに言葉を失ったが、なんとか気持ちを立てなおすと、ドルダの冥福を祈った。


「……杭が刺さっているということは、ドルダさんは、吸血鬼になって誰かを襲ったんでしょうか」

「いや。近所に住む発見者によると、その杭はもともと刺さっていたらしい」


 先ほど部下から報告を受けていたオトが、よどみなく答えた。


「つまり、犯人が突き刺したってことですか」

「その可能性が高いな」

「……杭は犯人が持ちこんだんでしょうか」

「この店の商品と同じ形状だから、恐らくは店から持ちだしたものだろう」


 レンカは眉間にしわを寄せた。

 いったいどんな思惑があって、杭を刺したのだろう。


(ドルダさんが吸血鬼になって復活したら、犯人を告発するから?)


 それならば、最初から吸血しなければいいはずだ。

 人を殺す方法など、吸血以外にいくらでもある。犯人がそれを知らなかったとも思えない。


 首をひねっていたレンカの脳裏に、ふとアーモスの顔がよぎった。


「そうだ! 犯人は、最初からドルダさんを殺すつもりじゃなかったのかもしれません。血を飲みたかっただけなのに、歯止めが利かず、うっかり死なせてしまった。それで、ドルダさんの口を封じるため、慌てて杭を刺したとか」

「……なるほど。筋が通っているな」


 オトはうなずくと、レンカを探るように見つめた。


「今の話は実際にあったことか?」

「はい、そういう吸血鬼を見たことがあります。……あっ、もちろん、主人のことじゃないですよ!」

「その吸血鬼はどうなった?」

「討伐されました」

「では、犯人にはなりえないな。……バラーシュ卿、あなたはどうですか? その従者の言うとおり、血を飲みすぎてしまうことはないんでしょうか」


 むっつりと押しだまっていたシルヴェストルは、短く「ない」と答えた。


「そうそう、わたしが人間であることが、なによりの証拠です! 主人はわたしの血だけを飲んでいますが、致死量まで飲んだことは、一度としてないんですから」


 レンカがすかさず言い添えると、内心はどうあれ、オトは納得したように見えた。

 その後、物差しを持った警吏が、レンカとまじない師双方の首に残る、二か所の牙の痕を測った。


「長さが違いますね」


 測り終えた警吏は、まじない師のかみ痕のほうが間隔が開いている、と報告した。

 念には念を入れて、シルヴェストルの牙も調べられることになった。

 牙と牙の間隔は、レンカの首のかみ痕と同じであり、まじない師のものとは一致しなかった。

 結果を聞いて、レンカは胸をなで下ろした。


「よかった。これで、主人の疑いは晴れましたよね」

「そうだな。……バラーシュ卿、無関係なあなたを疑ったこと、心よりお詫び申しあげます」


 オトは頭を下げると、「ですが」と背を伸ばして言った。


「市民が不安がっている現状では、吸血鬼のあなたを野放しにはできません。今日からあなたを、我々の監視下に置きます」

「回りくどい言い方だな。もっとはっきり言ったらどうだ?」


 シルヴェストルは口元を歪めて笑った。


「失踪事件については、まだ容疑が晴れていない。だから僕を手元に置き、怪しい動きを見せたら即捕縛する。そういう腹づもりなのだろう?」


 黙秘するオトに、レンカの上向きだった気分が、一気に急降下した。

 

「まさか、失踪事件についても疑っているんですか? 二年前から起きている事件と、四日前にここへ来たわたしたちを結びつけるなんて、いくらなんでも横暴すぎます!」


 レンカがかみついても、オトは眉ひとつ動かさなかった。


「そうだろうか? 申告していないだけで、じつは秘密裏に、何度もアルテナンツェに来ているかもしれない。もしくは、人をさらう吸血鬼と、裏でつながりがあるかもしれない。可能性はいくらでも考えられる」

「ではどうする? 僕を獄につなぐか?」


 冷笑を浮かべたシルヴェストルに、オトはかぶりを振った。


「吸血鬼は変身能力があると聞きます。恐らく、人間用の牢獄にあなたをつないでも、なんの意味もないでしょう。……監禁はいたしません。当分は我々の監視下で、ご滞在中の宿にとどまっていただきます。あなたが潔白であるとわかれば、解放することをお約束いたします」

「監禁ではなく軟禁か。……ふん、ずいぶんと手ぬるい措置だな」

「あなたは逃げないでしょう」


 オトは断言した。


「逃げるのならば、裁判所に連行される前に、とっくにそうしていたはずです。ですがあなたは、ここまで付きあってくださった。それを信用して、軟禁という処置をとらせていただきます」

「途中で気が変るかもしれないぞ」

「そのときは仕方ありませんね。我々の総力をあげて、どんな手を使ってでも、あなたを拘束いたします」


 好戦的にほほえむオトを、シルヴェストルは不可解そうに見やった。

 それを尻目に、レンカは困ったことになった、と唇をかみしめた。


(わたしも一緒に軟禁されるだろうし……これじゃあ、指輪の手がかりを探しだせない)


 シルヴェストルの疑いが晴れるのを、おとなしく待つしかないのだろうか。

 けれど、それはいったい、いつになるのか。

 そもそも、本当に無実を信じてもらえるのか?


 頭を悩ませていたレンカは、不意に天啓を得たようにひらめいた。


「オト隊長、主人を夜警隊に参加させてはいかがでしょうか!」

「はあ?」


 なに言っているんだこいつ、と顔に書いてあるシルヴェストルを無視して、レンカは続けた。


「吸血鬼は人よりも五感が発達しているみたいなんです。それを利用して、主人に失踪事件の犯人を見つけさせるんです! せっかく吸血鬼を掌中に収めるんですから、宿でくすぶらせておくより、有効活用したほうがいいと思いますよ。夜警隊と一緒なら監視されているも同然ですし、変な動きはできません。あっ、夜警隊なのは、主人が日中だと、長時間活動できないためです」

「なにを勝手なことを!」


 シルヴェストルの苛立ちのこもった視線を、レンカは真っ向から受けとめた。


「このままじゃ、いつ疑いが晴れるかわからないじゃない。あんたが犯人を見つけさえすれば、濡れ衣だって証明できるんだよ。早く解放されたくないの?」

「……べつに。犯人だと思われようが、どうでもいい」


 顔をそむけるシルヴェストルに、レンカは歯がゆさを覚えた。


「……オト隊長。吸血鬼って、人と同じように裁かれるんですか?」

「そうだな。ただ、情状酌量はされない。大なり小なり人を害せば、平民だろうが王侯貴族だろうが、みな等しく斬首刑だ」


 レンカはオトに礼を述べ、「ほら、聞いた?」と声を高めた。


「犯人と断定されたら、死罪になっちゃうんだよ。それでもいいの?」

「そのときは仕方ない。そいつらがお望みどおり、首を斬られてやる」


 無表情に答えるシルヴェストルを見て、レンカは悲しくなった。


(なんでこいつは、生きようと思わないんだろう)


 一般的に、死の危機に直面した人間は恐怖を覚え、なにがなんでも生きのびようとするはずだ。

 だが、かつて人間であったはずのシルヴェストルには、それがまるでない。吸血鬼としてよみがえったときに、生への渇望を置き去りにしてきたかのようだった。


「あんたはそれでいいのかもしれない。でも……でもわたしは、冤罪で処刑されるあんたなんて、絶対に見たくない」


 レンカが訴えかけると、シルヴェストルは目をまたたいた。

 なぜそんなことを言われるのか、理解できないというように。


「……君は、主人に対してずいぶん砕けた口調で話すんだな」


 オトに指摘され、レンカはぎくっとした。


(ああっ、しまった! 従者の振りするの、すっかり忘れてた!)


「しゅ、主人とは幼い頃からの付き合いで、気安く話すように命じられておりますので!」

「そうか。……まあいい。それで、夜警隊だったな。容疑者を外に出すなど前代未聞だが、蛇の道は蛇というし……」


 オトはしばらく考えこんでいたが、やがて口を開いた。


「……バラーシュ卿。一か月、猶予を与えます。そのあいだに犯人を見つけだしてください。それができなければ、以降、外出を一切禁じます。よろしいですね」

「好きにしろ」


 シルヴェストルは投げつけるように言葉を放った。

 レンカはほっと肩の力を抜いた。

 あとは、シルヴェストルの頑張りに賭けるほかなかった。

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