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逃亡花嫁と死にたがり吸血鬼陛下の、絶対に破棄したい主従契約  作者: 水町 汐里
第2章 アルテナンツェのまじない師
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第3話 まじない師探し

 

 臣従礼を終えた次の日から、レンカたちはまじない師を探すことになった。

 宿屋の従業員にまじない師の居場所をたずねたところ、ルーナリーナ川の右岸、すなわち下町を歩いていれば、そこら中に店があるとのことだった。

 それを聞いて、レンカは意外に思った。


 まじない師とは、末葉守すえばもりから神秘の力を借りうけた者のことだ。

 占術や失せ物探し、傷病の治療や魔除けを行うが、末葉守を降霊できなければ、まじない師は務まらない。誰にでもできるわけではないのだ。

 

(王都には人がたくさん集まるから、特殊な力を持つ人も珍しくはないのかな)


 そこから連想して、レンカは仮面のまじない師、ラジスラフを思い出した。

 彼から感じた不穏な気配。

 あれは、いったいなんだったのか。


「おい。ぼさっとしてないで、この店に入るぞ」


 シルヴェストルの声で、レンカは物思いから覚めた。

 彼が指し示す建物は、目の標章を描いた看板を掲げている。まじない師の店である印だ。

 宿屋から一区画歩いただけで、もう店を見つけたのだった。

 

「……ここでいいの?」

「腕のいいまじない師か見きわめるためには、とりあえず会ってみるしかないだろう。店の外観からでは、わかりようがない」

「それもそうだね」


 レンカはうなずくと、シルヴェストルの後に続き、店の戸口をくぐった。

 騎士たちは帰路に就いたため、今はふたりきりである。

 

 店内には、入って正面に、横長の陳列台が置かれていた。その奥に、店主らしき壮年の男性が立っている。

 陳列台の上には、仕切りのついた木箱があり、大小さまざまな品がごたごたと入っていた。

 目をかたどった護符に珊瑚の首飾り、ベルに香炉、杭など、どれも魔除けに効くといわれているものばかりである。


 まるまるとした店主が、「どんな魔除けをご所望ですか?」と愛想よくたずねてきた。


「失踪事件が跡を絶ちませんからね、皆さんよく買われていきますよ。特にこれとか……」

「えっ、失踪事件ですか!?」


 レンカがすっとんきょうな声をあげると、店主は目をぱちくりさせて、手にした杭を元に戻した。

 

「おや、ご存じないのですか? 二年前から騒がれているのですが」

「わたしたち、ステルベルツから出てきたばかりなんです。アルテナンツェの情報には疎くて……」

「そうでしたか」


 店主は納得したようにうなずいた。


「二年前から、一か月に二人ぐらい、女性がいなくなるんですよ。どちらかといえば貧しい女性が多いですが、裕福な女性も被害にあっているので、身分は関係ないんでしょう。犯人がわからず、皆おびえていたのですが、あるとき、かどわかしを目撃した者が現れたんです。その者によると、犯人は外套のフードを被っていたため、人相はわからなかったそうです。夜でしたしね。しかし、女性を抱えたまま、人間とは思えない跳躍力で、屋根から屋根へと飛びうつっていったそうです」

「それって……」

「ええ、吸血鬼の仕業ではないかと噂されています」


 レンカは思わず、シルヴェストルに目をやった。

 彼はフードの陰から、黙って店主を見つめている。


「……アルテナンツェでは、吸血鬼がしょっちゅう出没するんですか?」

「いえいえ。姿が確認されたのは、二回だけですよ。ひとつは、先ほどの件。もうひとつは、半年前に国王陛下が襲われたときです」

「そんなことがあったんですか」

「狩猟のために遠方へ出かけられ、その帰りに襲われたのだとか。窮地に陥った陛下をお救いもうしあげたのが、まじない師のラジスラフ殿だったそうです。彼はその功績を認められて、陛下専属のまじない師となり、今は公私ともに陛下をお支えしているのだと聞きます。アルテナンツェでは有名な話ですよ」

「へえ……」


 レンカは目を丸くした。


「まあ、そのような次第で、魔除けがよく売れるようになったのです。失踪事件は、いまだに解決していませんからね」

「そうなんですか。……あの、じつはわたしたち、魔除けを買いに来たんじゃないんです。この指輪を見ていただこうと思って」


 レンカが紅血の指輪を見せると、店主は目の色を変えた。


「おお、これは美しい! いつまでも眺めていたくなるような、見事なガーネットですね。いやあ、よい護符をお持ちだ」

「え?」

「その指輪は、幸運をもたらす護符でしょう? それとも、富を引きよせるとか、病魔をはらうといったものでしょうか!」


 興奮のためか声高に話す店主に、レンカは二の句が継げなかった。


「もしや、買い取りをご希望ですか?」


 店主は期待に顔を輝かせている。


「いえ、あの……」

「行くぞ、レンカ」


 レンカがまごついているうちに、シルヴェストルは外套をひるがえし、大股で歩きだしていた。


「え、ええっと、すみません。失礼します!」


 きょとんとする店主に会釈すると、レンカはシルヴェストルを追いかけ、店を飛びだした。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「……なんだ今のは」


 ずんずんと先を進んでいたシルヴェストルは、こちらを勢いよく振りかえった。


「あんなペテン師風情がまじない師だと? ふざけているのか!? ……まさかとは思うが、この街のまじない師は、あれと同類しかいないんじゃないだろうな」

「さ、さすがにそれはないと思うけど……。まじない師の店は多いみたいだし、どこかしらに本物がいるよ、きっと」


 しかし、それは希望的観測にすぎなかった。


 まじない師の店は、四つの区画に一軒はあるといった具合で、至るところにあった。

 だが、どこも最初の店と対応は同じで、指輪の本質に気づく者はひとりとしていなかった。

 まじない師を自称しているだけで、実態はたんなる魔除け販売店なのだろう。


 シルヴェストルは六軒目が空振りに終わったとき、断固とした口調で「帰る」と宣言した。

 

「ええっ、まだ六軒目だよ」

「体力のあり余っているおまえと一緒にするな! これ以上、日射しを浴びて体力を消耗するのはごめんこうむる。まだ続けたいなら、おまえひとりで勝手にやれ」


 苛立ちを露わにしたシルヴェストルは、足早に歩きはじめた。

 レンカは仕方ない、とため息をついて、彼の後を追った。

 目算が狂ってやきもきしているのは、レンカとて同じだ。あえて反対する理由もなかった。


「……『翠緑すいりょくの円環』っていったか? お貴族さまの気まぐれだとしても、ありがたいことだよ」

「本当にねえ。毎週施しをくれるところなんて、なかなかないよ。ずっと続けて欲しいもんだ」


 そんな会話をしながら、襤褸ぼろを着た男がふたり、向かいからやって来た。

 彼らは横の枝道に入っていく。

 レンカはなんとなくそれを目で追って、はっとした。


「シルヴェストル!」

「なんだ」


 思わずシルヴェストルの腕をつかむと、彼はぶすっとした様子で振り向いた。


「見て、あそこ! まじない師の店がある」

「おまえ、人の話を聞いていたのか? それとも理解する頭がないのか?」

「これで最後にするから!」


 レンカは嫌がるシルヴェストルを引きずるようにして、脇道に入った。

 道の半ば、ひしめく建物のなかに、目が描かれた看板が下がっている。

 表通りにある店より、ひっそりと店を構えているこちらのほうが、信用できそうな気がしたのだ。


 店に入った瞬間、レンカはその思いをいっそう強くした。


 奥には作りつけの棚が二段あり、ラベルの貼られた壺が、ずらりと並んでいる。

 その手前には、三面に引き出しのついた作業台があり、乳鉢でなにかをすりつぶす男の姿があった。店主だろうか。

 青臭くも爽やかな香りが周囲に満ち、まじない師の店というよりも、薬屋のようだった。

 

「いらっしゃい」


 五十そこそこの店主は、乳鉢に視線を落としたまま、無愛想に言った。

 低身長ながら、がっしりとした体つきをしている。

 レンカたちが店主に近づくと、彼はこちらに目を向け、顔をこわばらせた。


「……あんたたち、ずいぶん禍々しい指輪を着けているね。それを見せに来たのか」

「わ、わかりますか!」


 レンカは小躍りしたくなった。

 七軒目にして、ようやく当たりを引きあてたのだろうか。


「あの、この指輪に掛けられたまじないを解いてもらいたいんです」


 紅血の指輪について、レンカは簡単に説明した。


「指輪をはずすことって、できるんでしょうか……」

 

 恐る恐るたずねると、店主、もといまじない師は、難しい顔を作った。


「ちょっと見せてくれ」


 レンカが左手を差しだすと、まじない師はためつすがめつ、指輪を眺めた。

 同様に、シルヴェストルの指輪も検分を終えると、まじない師はしばし黙りこんだ。


「……あまり、期待はしないほうがいいだろう」

「えっ!」

「その指輪には、いにしえのまじないが掛かっている。私らのような現代のまじない師では、これほど高度なまじないを掛けることも、解くことも、不可能に近い。神秘の力を自在に操る能力は、時と共に失われてしまったのでな」

「そんな……」


 レンカは途方に暮れた。

 せっかく希望を見いだしたのに、まさかここで振り出しに戻るとは!


 こちらの様子を気の毒に思ったのか、まじない師は言葉を継いだ。


「まあ、望み薄ではあるが、なにか方法があるかもしれない。こちらで調べてみよう。……そうだな、三日後に成果を報告するから、もう一度来てくれ。それでどうだね?」

「は、はい! ぜひ、お願いします!」


 顔を明るくしたレンカは、声を大にして頼んだ。

 わずかでも可能性があるならば、そこに望みを託したい。

 七日も掛けてアルテナンツェにやって来たのだ。ここで諦めるわけにはいかなかった。


 まじない師はレンカに名前と滞在先をたずねると、帳面に記入した。

 それを見るともなしに見ながら、レンカは疑問を口にした。


「わたしたち、ここへ来るまでに、片っ端から店を当たったんです。でも、どこもまじない師とは呼べない人ばかりで、がっかりしました。どうしてあんなに、偽物ばかりいるんでしょう?」

「……魔除けの需要が、ここ最近、爆発的に増えたからだ」


 まじない師は、苦虫をかみつぶしたような顔になった。

 

「吸血鬼による陛下襲撃と、たび重なる失踪事件のせいで、アルテナンツェの人びとはおびえている。その心理につけこみ、魔除けでもうけようと考えたのが、まじない師を詐称する連中だ。ラジスラフにあやかりたいという気持ちも、すくなからずあったと思うがね。なんにせよ、こちらとしてはいい迷惑だ」


 それはそうだろう、とレンカはうなずいた。

 紛い物のまじない師が幅を利かせたあげく、客を奪っていくなど、本職の人間にとっては屈辱的だし、業腹に違いない。

 

「じゃあアルテナンツェには、本物のまじない師がほとんどいないんですか?」

「今は、私しかいないはずだ。ひと昔前は、五人はいたんだがね」

「あのラジスラフとかいう、宮廷まじない師は? あれもペテン師か?」


 今まで黙っていたシルヴェストルが、口を挟んできた。


「なんとも言えないね。あの男をちらっと見かけたことはあるが、底の知れない、薄気味悪い印象を受けた。私はペテンを疑っているが……陛下の覚えがめでたいのだから、案外本物かもしれんな」


 そう言いながらも、まじない師は、どこか釈然としない顔をしていた。


 会話はそこで終わり、目的を果たしたレンカたちは、ようやく帰途に就いたのだった。

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