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逃亡花嫁と死にたがり吸血鬼陛下の、絶対に破棄したい主従契約  作者: 水町 汐里
第2章 アルテナンツェのまじない師
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第2話 臣従礼(2)

 

 アルテナンツェにおけるバラーシュ家の邸宅は、現在改築中だ。

 二百年前の大火のあとに再建された建物だが、年数を経た今ではなにかと不便なため、去年から工事を行っているのだとか。

 まだ滞在は難しいために、レンカたちは宿に泊まることになった。

 

 いったん宿に寄って荷物を預けると、再び馬車に乗って王宮を目指す。

 舟が行きかうルーナリーナ川を越えた先に、小高い丘がある。その上に建つのが、グリフィルノ宮殿だ。

 角張った石造の宮殿は、装飾がほとんどなく、華やかさには欠ける。しかし、重厚なたたずまいは、下界のものににらみを利かせているような威圧感があった。

 丘を取り巻くようにして建てられているのは貴族の屋敷で、バラーシュ家の邸宅もそのなかにあるそうだ。


 王宮に到着すると、レンカたちは五人のバラーシュ家の騎士と共に、控えの間に案内された。


 レンカ以外の従者は拒否したシルヴェストルだが、騎士に関しては、しぶしぶ同行を認めた。さすがに供の数がひとりでは、体裁が悪いと思ったのだろう。

 だが、臣従礼が終われば、騎士たちはシルヴェストルの命に従い、ステルベルツへと帰る。

 むろん、彼らとて納得ずくではない。主人の護衛を放りだすなどもってのほかと、異を唱えつづけたが、シルヴェストルは頑として受けつけなかった。

 彼にしてみれば、自分よりも格段に弱い護衛など、なんの意味もないし、うっとうしいだけに違いなかった。


 レンカとしても、騎士たちと離れられるのはありがたかった。

 彼らはアーモスから、命令にそむけば殺すと脅されていたという。今までの仕打ちを平身低頭で謝罪されたが、事情を斟酌しんしゃくしても、そうやすやすとは許せそうになかった。


 そういったわけで、わだかまりを抱えていたレンカだったが、王宮に足を踏みいれた瞬間、そんなものは消し飛んでしまった。


 外観に反して、王宮の内部はきらびやかだった。

 壁面は目もあやなフレスコ画で装飾されており、床の幾何学模様のタイルは、顔が映りそうなほど磨きこまれている。


 控えの間も例に漏れず、腰板の上の壁に、多彩な風景画が描かれていた。

 その繊細な筆致と鮮やかな色使いをほうけたように眺めていると、隣から突き刺さるような視線を感じた。

 見ると、シルヴェストルが親のかたきでも前にしたような、すさまじい形相をしている。

 『不調法な真似をしたらただじゃおかない』という彼の言葉を思い出し、レンカはなにごともなかったかのように真顔で正面を向くと、背筋を正した。


 そうこうしているうちにシルヴェストルが呼びだされ、レンカは緊張で胃がキリキリとしてきた。

 いよいよ、ヘルベルト二世と対面するのだ。





 臣従礼が行われるのは、大広間である。

 王宮の大広間は、ゆうに二階分を超える高い天井と、市場が開けそうな広さを持つ、縦長の空間だった。

 最奥には、階段のついた玉座が置かれている。

 そこに腰かけたヘルベルト王は、開口一番、「遠路はるばるよく来てくれた」とシルヴェストルをねぎらった。


 ヘルベルト王は彫りの深い、はっきりとした目鼻立ちをしていた。

 頭髪は麦わら色で、ちらほらと白いものが交じっている。年齢は、確か四十代半ばだったか。

 快活な笑顔を浮かべる王の横には、金髪の男がひとり、控えている。

 その男を目にしたレンカは、思わずぎょっとした。

 

 彼は、顔全体を白い仮面で覆っていた。

 金色の植物模様が描かれた優美なものだが、真一文字に形作られた唇のせいか、目元に空けられた穴が小さいせいか、ひたすら不気味である。


 レンカの前に立つシルヴェストルは、それに動じた様子もなく、落ちついた口調で話しはじめた。


「もったいないお言葉、痛みいります。陛下に拝謁する機会をいただけましたこと、身に余る光栄にございます」


(シルヴェストルが……敬語をしゃべっている!)


 レンカはまじまじとシルヴェストルの背中を見つめた。

 じつは、いつものように尊大な物言いをしたらどうしようと、気が気ではなかったのだ。

 彼にも一応、分別ふんべつというものが備わっていたらしい。レンカは内心で胸をなで下ろした。


「目の病のため、このように礼を失した装いで御前にまかりこしましたこと、心よりお詫び申しあげます」


 『礼を失した装い』とは、色眼鏡のことである。フードのほうは、さすがに脱いでいた。


「よい、よい。しかし、そなたもそなたの父も、気の毒なことよな。同じ病にかかるとは……。その色眼鏡なしでは、まぶしくて目も開けられぬと聞く」

「おっしゃるとおりです。お気づかいくださり、ありがとうございます」


 礼儀として目を伏せているため、レンカには王の表情がわからない。

 だが、同情に満ちた顔をしているであろうことは、想像にかたくなかった。

 シルヴェストルの嘘をすっかり信じこんだ様子に、なんだか申しわけなくなってくる。


「まあ、安心してよいぞ。今の宮廷の流行りが、色眼鏡なのでな。そなたが奇異に思われることは、まずないだろう」

「……それはようございました」


(あれが流行るって、そんなことあるの?)


 レンカは首を傾げたくなった。

 高貴な人びとの頭の中は、いったいどうなっているのだろうか。


「気の毒といえば、そなたの父は、まことに残念だった。肺炎で命を落としたのだとか。まだ男盛りであったというのに」

「父も、陛下から頂戴したお役目を放棄せねばならないこと、最期まで心苦しく思っておりました」

「そなたの父は、グラディオール国に接するウェデリーン州の総督として、国防を担う重要な役目を果たしてきた。そなたもバラーシュ家当主として、父の名に恥じぬよう、今後励むように」

「かしこまりました。誠心誠意、務めさせていただきます」


 シルヴェストルが一礼したところで、仮面の男が初めて口を開いた。


「シルヴェストル・バラーシュ卿。陛下のおそばまで、いらしてください」


 声を聞く限り、男はまだ若いようだった。

 シルヴェストルが首をかすかに動かし、男に視線を投げかけたのがわかった。

 

「その者が気になるかな?」


 王も気づいたらしく、ほほえみながら続けた。


「名を、ラジスラフという。私の専属まじない師で、今回は臣従礼の立会人として、この場に呼んだ。仮面が気になるだろうが、これは過去に負った大怪我を隠すためだ。信用に値する者ゆえ、案ずることはない」

「……承知いたしました」


 ラジスラフという名には聞き覚えがあった。

 バラーシュ家の家令が、ちらっと話題に出していたはずだ。

 

 それにしても、まじない師が立会人を務めるとは、どういうことだろう。

 国王がたずさわる儀礼なのだから、上層貴族の家臣が務めそうなものだが。


(それぐらい、陛下に重んじられているってことかな)


 レンカが考えごとをしているうちに、シルヴェストルは王の前にひざまずき、両手を合わせていた。

 そのとき、ふと、ラジスラフに目が行った。

 彼は王のかたわらに控えたまま、シルヴェストルを見すえている。

 たんに、儀式の進行を確認しているだけなのかもしれない。だがレンカはその様子に、なにか得体の知れない、嫌なものを感じとった。

 

(なんだろう)


 レンカが胸騒ぎを覚えていると、ラジスラフはすっと視線をそらした。

 その後はなんの異変もなく、臣従礼は無事、終わりを迎えた。

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