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第11話 レンカの提案


 一度意識が戻ったものの、周囲が暗かったせいか、すぐに眠ってしまったらしい。

 

 再び目覚めたとき、レンカは寝台に横たわっていた。

 寝起きの頭にまず思い浮かんだのは、アーモスの無惨な姿だった。

 口元を押さえ、えずきたくなるのをじっとこらえる。

 そうして気分が落ちついたころ、今度は心配事が頭をもたげてきた。


「そうだ……シルヴェストルは?」

「呼んだか?」

「うわあっ!?」


 返事があったことに、心臓が胸を突きやぶりそうなほど仰天した。

 慌てて上体を起こすと、はす向かい、右手奥の扉から、誰かが入ってくるのがわかった。


 レンカは我に返ると、ばたばたと走って窓の板戸を開けた。

 日の出からさして時間が経っていないらしく、室内は期待していたほど明るくはならなかった。

 薄暗がりのなか、彼女は飛びつくようにして、シルヴェストルに駆けよった。


「怪我! 怪我は大丈夫なの? 斬られてたよね!?」

「おまえ、昨日のあれを見てまだそんなことを言っているのか? 怪我などすぐ治るに決まっているだろう」


 そっぽを向くシルヴェストルに、レンカは肩の力を抜いた。

 

「そっか……そうだよね。よかった……」


 安堵の笑みを浮かべるレンカに、シルヴェストルは無言になった。


「……僕のことはいい。それより、おまえはどうなんだ?」

「え、わたし? 頭痛は治ったし、今は悪いところないけど」

「……そうか」


 シルヴェストルはなにか言いかけて、口を閉ざした。

 しかし、すぐに気を取り直したらしく、ぼそぼそと声を発した。

 

「……たな」

「うん? なに?」

「悪かったと言っている!」


 怒鳴りつけるように謝られて、レンカは目をぱちくりさせた。


「ええっと……なにが?」

「あの男の死体を、直に見せるべきではなかった。いや、べつに見せようと思ったわけではないが……。まあ、配慮が足りなかった、と思わないでもない」


 シルヴェストルはうつむいて、声を落とした。


「それから……おまえを襲って、血を飲もうとしたことも。僕が意地をはらず、もっと早くに獣の血を飲んでいれば、あんなことにはならなかった」

「……ということは、シルヴェストル、動物の血を飲んだの?」


 レンカが瞠目すると、シルヴェストルは苦り切った面持ちでうなずいた。


「おまえが城にいないことに気づいてから、仕方なく。さすがにあの状態では、満足に体も動かせなかったからな」

「そうだったの」


 レンカは真面目な顔をしようとして、失敗した。

 抑えようと思っても、勝手に頬が緩んでしまう。


「おい、なんだその締まりのない顔は。馬鹿にしているのか?」

「違う違う。その……心配してくれたんだな、と思うと、嬉しくて」


 笑みくずれるレンカに、シルヴェストルは意表を突かれたように固まった。


「し……心配などしていない! ただ僕は、しもべがいなくなると不便になると思っただけだ!」

「ふうん? まあ、そういうことにしといてあげる」

「おまえ……!」


 わなわなと震えるシルヴェストルに構わず、レンカは晴れ晴れとして言った。

 

「とにかく、助けてくれてありがとう。あんたのおかげでこうして息をしているし、これから先、州総督におびえずに暮らしていける。本当に、感謝してもしたりないぐらい」

「……ふん。いつになく殊勝だな」

「まあね。……それで、ひとつ提案があるんだけど」


 レンカは背筋を正した。


「シルヴェストルさえよければ、わたしの血を飲まない?」

「……は?」


 シルヴェストルはぽかんと口を開けた。


「おまえ……気は確かか? ゆうべ吸血鬼に殺されかけたこと、よもや忘れたのではないだろうな」

「あんたこそお忘れのようだけど、わたしたちには紅血の指輪があるでしょう? だから、あんたに吸血されたとしても、わたしが死ぬような事態にはならないよ。それに……」


 レンカは言葉を切って、シルヴェストルにほほえみかけた。


「あんたは人間の血を飲むことに忌避感がある。それってつまり、人間を傷つけたくないってことでしょう? そんなあんたになら、血をあげてもいいかな、って思ったの。州総督みたいに、欲望のまま血を吸うことはないだろうから」

「……」

「あっ、その代わり、他の人から吸血しちゃだめだからね。吸血鬼がいるって大騒ぎになっても困るし……」


 黙りこくっているシルヴェストルに、レンカはだんだん不安になってきた。


「い、嫌なら断っていいんだよ。無理強いはしないし」

「嫌とは言ってない」


 言下に答えると、シルヴェストルはおのれの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、ため息をついた。


「……おまえは馬鹿だ。大馬鹿者だ。吸血鬼に血を吸われたいだと? 正気の沙汰とは思えない」

「失礼な」

「だが、おまえがいいと言うのなら……そうしたい、とは思う」


 そうもごもごと口にしたかと思うと、シルヴェストルはきっとこちらを見すえた。


「後からやっぱりやめる、などと言っても聞かないからな」

「言わないよ、そんなこと」

「ではその証拠に、今、ここで血をよこせ」

「え、今?」


 面食らうレンカに、シルヴェストルは鼻を鳴らした。


「できないと言うなら――」

「いや、言ってないから! ちょっとびっくりしただけ。わたしはいいけど、シルヴェストルは大丈夫なの? 人間の血を飲むの、初めてでしょう?」

「べつに、平気だ」


 そのわりに、彼は口をへの字に曲げていた。


 ひとまずレンカが倒れても困らないよう、寝台へ移動することになった。

 ここに来て初めて、レンカは部屋が変わっていることに気づいた。軟禁されていた部屋は、使える状況になかったからだろう。

 

 隣りあって腰かけると、シルヴェストルは眉間にしわを寄せた。


「僕よりも先に、あの陰気な三下野郎がおまえの血を飲んだとは。改めて認識すると、すこぶる腹が立つ」

「う、うん。そりゃあわたしだって、飲まれるのは嫌だったけど」

「……だが、今このときをもって、おまえの血は僕のものだ」


 シルヴェストルはそう断言し、レンカのほうに身を乗りだした。

 至近距離にある顔に、思わず息をのむ。

 豊かな睫毛に縁取られた両の目から、催眠術でも掛けられたように、視線をそらせない。

 

「そうだろう、ご主人さま?」


 シルヴェストルはちらりと笑みを浮かべると、レンカをそっと引きよせ、首に牙を差しこんだ。

 レンカの意思をくみ取ったのか、紅血の指輪は彼を拒絶しなかった。

 アーモスのときと同じく、たちまち夢うつつの状態になる。しかし今回は、安心して身を委ねていられた。


 それほど時間を掛けずに、シルヴェストルは吸血を終わらせた。


「……うまかった」


 彼は吐息をもらし、とろけるような表情で舌なめずりした。

 それがなんともつやめいて映り、レンカは慌てて顔をそむけた。

 

「もっ、もっと普通に飲んだらどう……!」


 徐々に明るくなるなか、彼女は紅潮した顔が薄暗がりに紛れているよう、願ってやまなかった。

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