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神の国  作者:
46/73

第六章 選ぶ道、選ばれざる道 六

 六


 終戦の報が世界中を駆け抜け、気の抜けたアーシアがぼんやりしている間にも、国の内部は刻一刻と動いていた。テオドラはラウロと共に州を建て直す為に伊太へ戻り、陳は華の民衆に、自分が間違っていたと宣言した後、総知事のいる印へ行った。彼が華へ帰る事は、あと五十年は許されない。

 出雲の役人達は、多忙を極めていた。話し相手になってくれていた神主も、最近では滅多に千春の部屋へは顔を出さない。千春は千春で戦時中より遥かに忙しくなり、会議やら会見やらで、執務室へは戻ってこなくなった。

 書類がうずたかく詰まれたデスクを見やり、アーシアは溜息を吐く。自分も早く、伊太に戻りたかった。あの書類と同じように、やらなければならない事が山ほど溜まっているに違いない。そう考えると憂鬱でもあったが、早く帰って、新しい総知事に会いたかった。

 何より、テオドラを手伝ってやりたかった。彼女も改心して、今頃は軍部の再建に躍起になっている事だろう。治安回復を優先して行わなければならないから、今は軍部の再教育が最重要だ。

 まだ、帰らせてもらえないのだろうか。籠もりきりで退屈しているというフランチェスコの事も気になるし、キアラの様子も見に行きたい。そうは思っても我が儘は言えないのが現状で、ただでさえ忙しい出雲を急かすのも気が引けた。

「アーシア」

 扉が開く音と共に、千春の声が聞こえた。アーシアが扉を向いてはいと返すと、千春は大きな溜息を吐く。羽織った紫色の表着が、肩から落ちていた。

「済まない、待たせたね。明日発ちなさい」

 千春の言葉が唐突に過ぎて、アーシアは一瞬その意味が分からなかった。しかしすぐにはっとして、心持ち身を乗り出す。緩やかなウェーブを描く白金色の髪が、頬を隠す。

「帰れるの?」

 ああ、と疲れた声で言いながら、千春は真っ直ぐにデスクへ近付いて腰を下ろした。そして落としていた視線を積まれた書類に向け、げんなりと肩を落とす。あれだけの量を片付けなければいけないとなると、千春のやっつけ仕事でもかなりの時間がかかるだろう。

 千春は仕事は確実だが、面倒になると碌に目を通さないまま処理してしまう癖がある。時には、それが大事になったりもする。

「とりあえず、伊太知事の手伝いがお前に対する罰則だよ。総知事には挨拶だけしなさい、暫く欧州内の政治には口を出すのじゃないよ。欧州には私から指示を出そう」

「笹森補佐官からって……」

 千春の言葉を復唱し、アーシアは困ったように眉尻を下げる。

「大丈夫なんです?」

「大丈夫なわけないだろう。何らかお前に罰則を与えないと、英が納得せぬのだ」

 英は、知っているのだ。アーシアは今更ながらに自らの罪を思い出し、顔を伏せる。

 軽挙に出たのは馬鹿だったと思うが、後悔はしていない。後悔したら、手助けをしてくれた人達に申し訳が立たないし、命を賭して逃がしてくれた人達が浮かばれない。今は軽い罰で済んだ事を、有り難く思うべきだろう。

「あの……テオドラとラウロは、どうなるんですか?」

 千春は書類の山から一枚を取って手元に置き、嫌そうな顔をした。ソファーに座るアーシアから、書類は見えない。

「彼らもね、情状酌量の余地があった。法で裁ききれない事のせいで、テオドラはああなったのだろう。ラウロはお前も知る通りだ。保護観察付きで、とりあえずは様子見だよ」

「知事のままでいられるの?」

 うん、と生返事をして、千春はペンを取る。やけに緩慢なその動作に、彼女は仕事をしたくないのだろうとアーシアは思う。しかしペンを走らせる速度は速いから、あれは条件反射なのだろう。

 アーシアも、書類を書くのは好きではない。市民からの相談事を聞いている時の方が、よっぽど有意義だと思うからだ。仕事に有意義も何もないのだが。

「反省が見られない場合は、知事から下ろす。今の所、知事の悪事は露見していないし、民衆はテオドラを信用している。軍部がどう出るかだが」

「それじゃ、私は軍部を説得しに行かなくちゃ」

 千春は視線だけを上げて、微かに笑った。切れ長の目と赤い唇が、緩やかな弧を描いている。

「そうだね。今は、それに従事しなさい。じきまた……」

 そこまで言って、千春は手を止めた。アーシアは怪訝に首を傾げ、大きく瞬きする。動きに合わせて、長い睫毛が揺れた。

「じき、また?」

 しまった、とでも言うような表情で、千春はアーシアから視線を逸らした。彼女が口を滑らせたのは、疲れているせいだったのだろう。そうでもなければ、千春は余計な事など絶対に言わない。つい口を滑らせるような事もないし、自分が不利になるような発言もしない。

 そう考えると食い下がるのも申し訳ないような気がしたが、聞かなかった事に出来る程、アーシアは優しくはない。何より千春の漏らした言葉は、気にせずにはいられない程不穏なものだった。

「……また、何かある」

「何が?」

 誤魔化そうとする千春に、アーシアは更に問い返す。千春はデスクにペンを置いて両肘をつき、両手を重ねて握り込む。その手の甲に額を当て、彼女は目元を隠すように俯いた。

 前屈みになった千春の肩口から、緩やかな曲線を描く黒髪が滑り落ちる。ゆったりとした袖が捲れ、浅黒い腕が露わになった。あの細腕に出雲の全てがかかっているのだと思うと、アーシアは息苦しさを覚える。彼女に全て任せてしまっている事が、心苦しかった。

 千春はそのまま、暫く黙り込んでいた。目を閉じているのか開いているのか、どんな表情を浮かべているのかさえ、アーシアには見えない。けれどその仕草から、彼女が心を痛めているのであろう事は分かる。

「雨にね……不穏な動きがあるのだよ」

 千春が何を言ったのか、すぐには理解出来なかった。アーシアは僅かに口を開けたまま、憮然として瞬きを繰り返す。

「え……雨?」

「そう、あの問題児だ。詳しくは言えないが、どうも総知事が絡んでいそうでね」

 驚くという感情が湧く事さえ遅れた。アーシアは呆然と瞬きを繰り返しながら、北米の総知事が、一体何をしているのだろうと考える。

 詳しく聞いても、千春は答えてくれないだろう。目下アーシアがすべきは伊太の復興で、世界情勢を知る事ではない。知ったら知ったで、きっと何らか行動を起こしたくなってしまうだろう。だから千春は何も教えてくれないのだと分かってはいるが、心中に不安が芽生え始める。

 千春のよく言う、キースに気をつけろとは、そういう意味だったのだろうか。気をつけて見ておけ、という意味で、そう言っていたのだろうか。それならそうと、はっきり言って欲しかった。余計な心配をさせまいとする、彼女なりの優しさだったのだろうが。

「総知事が……何をしようとしているの?」

 恐々そう問い掛けると、千春は咎めずに唸った。額を手の甲に置いたまま、俯いている。

「分からぬ。何が目的なのかも見えて来ない」

 くぐもった声が答えると、アーシアは困ったように細い眉を歪めた。見えて来ないのなら、どうして何かあると言えるのだろう。彼女に先見の明があるのは確かだが、疑問にも思う。

 千春は一体、どこから情報を仕入れているのだろうか。雨を疑うには、それだけの理由がある筈だ。無闇に疑う事はしない人だから、不思議に思えてならなかった。

「なら、どうして分かるんですか?」

「こそこそと探りを入れているのは分かる。総知事へは直に指示を出しているから、まだいいと思っていたが……」

 千春からしてみれば、飼い犬に唸られた気分なのだろう。否、反抗期の子供に、憂えているのかも知れない。南北米は賢者の制度が確立してから、ずっと千春が受け持っていたから、尚更だろう。

 米の人々は、賢者の重要性を深くは理解していないと聞く。南米には賢者がいないし、北米賢者は内政に関与しないからそれも仕方ないのだろうが、それを憂う千春の心情は想像に難くない。

 悲しいだろう。見返りを求める訳ではないにしろ、腐心しても人々になんとも思ってもらえない事が一番苦しいのだと、アーシアも思っている。

 政治の中心地たる首都を背負う身で、千春が誰より忙しいのはアーシアも知っている。そんな中で南北米にまでは、彼女の目も完全には行き届かない筈だ。制約の多い中で補佐するには、米はあまりに広い。逐一目をかけてはいられなかった部分もあるだろう。

 千春の責任ではない。けれど、誰が彼女を助けられるだろう。各大陸だけで手一杯の賢者達は、他の大陸の事にまで気をかけてはいられない。南米は特に総知事もすぐに代替わりしてしまうし、元々が犯罪多発地域だったせいか、人々の気性も荒い。

 南米の各州知事は千春に頼りきりのようだし、一筋縄では行かないだろう。そんな南米大陸での犯罪発生率がロスト以前の三分の一以下に止まっているのは、偏に千春の手腕によるものだと言っても過言ではない。

 出雲が落ち着いているだけに、出雲賢者は楽だろうと言う人もいる。けれど実際、誰よりも多忙を極めているのは千春だ。彼女を助けられない事を心苦しくも思うが、アーシアは他大陸の内政には関与出来ない。それどころか、今は自らが補佐すべき欧州の新総知事の事まで、千春に任せなくてはならない状況にある。

 どうにもならない事が、歯痒かった。アーシアは眉根を寄せて俯き、小さな手でスカートの生地を握りしめる。

「そんなに一人で、背負わなくたっていいのに」

 呟いたアーシアに応えた千春の笑い声は、優しかった。それが何よりも、アーシアには悲しい。

「これが私の仕事だよ。アーシア、早く欧州に戻って、私を楽にしてくれ」

 顔を上げて見た先には、穏やかな微笑を浮かべる千春がいた。全てを包み込んで許してくれるような、いつもの笑顔。

 また暫く、千春には会えないのだろう。そう考えると、出雲から離れる事が名残惜しくもある。アーシアは、彼女の浮かべる優しい表情が好きだった。

「戻って、まずは伊太を建て直します。伊太とテオドラと、あなたの為に」

 千春は浮かべた笑みを深くして、ゆっくりと頷く。我が子の話を聞く母親のような、穏やかな仕草だった。そんな彼女の姿勢に、アーシアは共感したのだ。

「明日の十三時に、公人用の機を手配してある。車を用意するから、発つ前に、キアラに挨拶して行くといい」

「いいんですか?」

「ついでに彼女の希望を聞いて来てくれ。伊太に戻ると言うなら、追って手続きを取ろう」

 キアラは、何と言うだろうか。そう考えながら、アーシアは小さくはいと答えた。


 一個連隊といくつかの小隊が常駐する小規模な駐屯地は、それなりに騒がしかった。掛け声と駆け足の音が響き、広いグラウンドの所々で、訓練に励む軍人達の姿が見受けられる。ついこの間まで内戦していたとはいえ、この辺りは無傷だったから、ここの部隊は殆ど通常訓練に励んでいるようだった。

 会議室を使わせても貰えるようだったが、アーシアは断った。あまり長話すると、離れ難くなってしまうような気がしたからだ。だからこうして、自分も挨拶して行くと言ったフランチェスコと共に、駐屯地の裏手でキアラを待っている。

 騒音防止の為なのか、駐屯地周辺には広葉樹林が広がっていた。今は紅葉した枯葉が地面を覆い隠しており、木々が伸ばした裸の枝が、寒々しくも見える。出雲のはっきりとした四季は美しいと、アーシアは思う。

「アーシア様」

 懐かしい、女性にしては低い声が聞こえると同時に、アーシアは声のした方を振り返って反射的に飛び出した。駆け寄る彼女に驚いたのか、キアラは少し離れた所で立ち止まる。アーシアは構わず走り寄って、身を硬くする彼女に飛び付いた。

「キアレッタ!」

 瞬間、頭の上から鈍い音がした。衝撃を受けたアーシアの頭に打撃音が反響するが、大した痛みはない。

 慌てて顔を上げると、キアラは顎を押さえて目に涙を浮かべていた。どうやら顎にぶつかったようだ。アーシアは咄嗟に両手をキアラの頬へ伸ばし、顔を覗き込む。しかめられた顔が一瞬緩んだが、すぐにまた、眉間に皺が寄った。

「ご、ごめんね! 私、石頭だから!」

「……いえ、大丈夫です……」

 あまり大丈夫ではなさそうだった。顎を押さえた指の隙間から見える肌は、僅かに赤くなってしまっている。人は顎を殴られると、失神する事もある。痛いだろう。

 おろおろとキアラの頬を撫でるアーシアを見かねたのか、フランチェスコが近付いて来る。キアラは彼を見て顎から手を離し、苦笑いを浮かべながら会釈した。

「お久しぶりです。お元気そうで」

「ええ。暇でしたから、有り余ってますよ。キアーラさんは、ついさっきお元気じゃなくなったようで」

 キアラは猫のような目を丸くした後、顎をさすりながら笑う。青空の下で見るその笑顔が、アーシアには新鮮に感じられた。

 キアラの顔には微かな傷があったが、見る限り大きな怪我はないようだった。狭い額に残る傷跡はアーシアの知らない傷で、彼女もついこの間まで戦場にいたのだと、改めて思う。

「キアレッタ。私達、伊太へ帰るの」

 キアラは一瞬戸惑ったように表情を曇らせたが、すぐに小さく頷いた。纏められた髪からほつれた一筋が落ち、白い頬に赤い線を描く。アーシアはキアラを見上げ、彼女が口を開く前に続ける。

「笹森補佐官がね、キアーラはどうするのかって。軍部は優先的に私が指導するから、伊太支部に戻ってもいいって言うの」

 キアラはまた少し顔を歪めて、アーシアから視線を逸らした。迷っているような彼女の表情に、出雲は居心地が良くないのだろうかと、アーシアは勘ぐる。

「どうしたい? 戻る?」

 簡単に答えを出せるとも思えなかったが、アーシアは重ねて問いかけた。思案するように目を伏せたまま、キアラは黙り込む。

 伊太に帰りたいと思う気持ちは、少なからずあるのだろう。今すぐ戻るとなると軍部には不安が残るが、伊太は彼女の母州だ。元々は州の為にと従軍した彼女だから、戻りたくないのだとも思えない。

 一年と少し前、彼女は出雲と共に戦うと言った。その気持ちには、今も変わりがないのだろうか。戦場で彼女の決意を揺るがすような何かがあったのかどうか、アーシアには知る由もないが、出来れば一緒に帰りたいとも思う。

 暫く黙り込んでいたキアラは、ふと表情を緩めてアーシアに視線を向ける。この柔らかな笑顔が、アーシアの唯一の希望だった時もあった。

「伊太に帰りたい気持ちはあります」

 その後に続く言葉を予想して、アーシアは眉尻を下げた。キアラは浮かべていた笑顔を困ったように変え、アーシアの肩に両手を添える。

「でも、出雲から離れたくないとも思うんです。出雲の人は、優しい方ばかりです。今の部下達も、私を信じてついて来てくれました。伊太と戦争になっているのに、伊太州民の私を受け入れてくれた部下達を、私情だけで裏切りたくはありません」

 彼女はここへ来て、仲間を得たのだろう。孤立していた伊太支部時代とは違い、ここに垣根はない。出雲の人々は人種や髪の色で差別したりはしないし、女性士官に対しても寛容だ。

「私、あなたを尊敬しています。でも私は軍人ですから、あなたを護る事は出来ても、お役に立つ事は出来ません」

「そんなこと……」

 ないと言おうとしたが、キアラの目を見て口を噤んだ。淡いグリーンの目には、強い意思が宿っている。

 もう、アーシアにはキアラに護られる必要がない。これから先暫くは、独支部の優秀な軍人が警護についてくれるだろう。伊太が立ち直るまでは、見張りも付くだろう。だからもう、キアラが伊太に戻ったとしても、アーシアと会う事はなくなるだろう。

「今は師団長の事も、尊敬しているんです。あの方は確かに、敵側に立った軍人をも守って下さった。あの人の下で働く事が、国を護る事になるのだと、そう思ったんです」

 キアラはゆっくりと瞬きをして、そっとアーシアに笑いかけた。暖かい太陽の光のような彼女の笑顔に、アーシアの胸が満たされて行く。

「だから私、伊太へは戻りません」

 その声からは、揺るぎない決意が窺えた。アーシアとばかり話していた頃、彼女の目にはまだ迷いが見えたが、今はもう、微かな翳りさえない。

 肉親と離れ、遠い異郷の地で戦った彼女は、心細かっただろう。母州と戦うのは、易い事ではなかっただろう。それでも彼女は、この信念を持って戦い抜いた。そして自分の信じた道を、真っ直ぐに歩もうとしている。

 彼女は正しく、生きている。それがアーシアには、何よりも嬉しかった。

「キアレッタ、自分の思うように生きて。里帰りする事があったら、私にも顔を見せに来てね。私暫くは、伊太州庁にいるから」

 秋の風が熱を持った顔を撫で、優しく冷やして行く。出雲はもうそろそろ、冬を迎えるだろう。軍人達にとっても、住居を失った出雲の人々にとっても、厳しい季節がやってくる。

 それでも出雲は、揺るがない。何があっても首都としてここにあり、迷う人を導いてくれる。この国の中枢にあるものは、頬を撫でる風のように優しいのだ。

 だからキアラも、出雲に残る事を決めたのだろう。彼女と芙由の間に何があったのか、どんな会話がされたのか、アーシアは知らない。けれど、この世界を動かすべき人は正しいのだとキアラが知っただけで、ここへ連れてきて良かったと思う。

「こちらが落ち着いたら、休暇を貰って帰ります。両親にも会いたいですし」

「そしたら僕にも連絡下さい。爺さんがくたばってなければ、一緒に行きますから」

 口を挟む気配のなかったフランチェスコが、やっとそんな冗談を言った。キアラと顔を見合わせて笑いながら、アントニオにもお礼を言いに行かなければと、アーシアはそう考える。

「お爺様が亡くなる前に、帰らないといけませんね」

「嫌ね二人とも、不吉な話して」

 咎めたアーシアも、笑っていた。こうしてまた、無事に顔を合わせて笑い合える事が、幸せだった。

 三人で暫く笑った後、アーシアはふと、キアラの頬へ手を伸ばす。微かにそばかすの浮いた白い頬は、少し冷えてしまっていた。そっと撫でると、キアラは背中を丸めてアーシアと視線の高さを合わせる。

「キアレッタ、元気でね。あなたは私の太陽だった」

 燃えるような赤毛が、風に靡いて流れる。キアラは目を丸くした後、困ったような笑顔を浮かべた。長いようで短い年月を共に過ごした彼女の、見慣れた表情だった。

 キアラの顔を引き寄せて、アーシアは両の頬へ、別れを惜しむようにキスをした。キアラは子供を寝かしつける時のように、前髪の上からアーシアの額にキスを返す。それから身を起こしてフランチェスコと向き合い、どちらからともなく握手を交わした。

 見上げたキアラの頭の向こうに、雲一つない空が広がっている。目眩さえ覚えるような、澄んだ青色をしていた。

「……お元気で、アーシア様」

 呟いた彼女の鮮やかな赤毛は、出雲の高い空に、よく映えていた。

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