専用特殊能力「スキル」
天水晴那 AP600 VS 登坂しおり AP1300
「私のターン!」
ターンが巡ってしおりがカードをデッキから一枚引き抜いた途端、それまで冷たく晴那を見ていた観客達から一斉に熱い歓声が沸いた。
「ひぇえ! すごい温度差!」
「このターンからは、両者ともスタンバイできる。勝負を決められるようになったんだから盛り上がるのも当然だわ」
賞品の楽曲を奪った上に巷を騒がしている悪のアイドル天水晴那を圧倒している登坂しおりという勧善懲悪な構図にファン達が興奮しないわけがなく、しおりの名をテンポよくコールまでし始める。
「こりゃどっちが悪役かわからんな。アウェー状態だからって、メンタルやられるなよ!」
「ライブをしに来ているわけじゃないから平気」
そもそも草薙さんの曲を無断使用していたという芸能界にとって深刻な権利関係の問題が直前にあったというのに。
「悪いけど、ここで勝負を決めさせてもらうわ」
突然の勝利宣言をしながら、しおりは手に持ったマイク型スキャナーの拾音部と柄の間に設置されたボタンのような半球の装置に指をふれた。
「あいつ、一体何をする気だ?」
「彼女が触れたのは、AIマスコットが入ってるモジュールよ。そいつに触れたってことは……」
しおりが立てた二本の指が半球の装置を軽く撫でると、私の予想通りAIマスコットが「スキル発動」の音声とともに新緑の光を放った。
その光量は降り注ぐスポットライトすら貫き、間近にいる私が思わず目を被うほど。
「私はマスコットスキル〈メタモルサポート〉を発動!」
マスコットスキル。
それはマスコットを人工的に量産できたQ-key.333が台頭に現れてから新たに追加された〈エンプリス〉の特別ルール。
マスコットがいることが最大の条件だが、カードによる効果とは別にゲーム中に一度だけプレイヤーが独自に設定した効果を、好きなタイミングで発動できる。
その効果の中身は、ドロー数の増加やコスチュームのパワーアップ、当体のカードの引き抜きなど、その種類はアイドルによって多岐にわたる。
Q-key.333のバトルが盛り上がりを見せたのも、多すぎるアイドル達の個性によって左右されるスキルの影響が大きい。
「スキル〈メタモルサポート〉は、ランドリーに置かれた〈マルベリー〉の数だけ、自分ステージ上の〈シルキーホワイトモッスワンピ〉の成長段階をあげる!」
成長段階。
ゲームでは普通に聞かない用語を理解する間もなく、しおりの切り札である〈シルキーホワイトモッスワンピ〉に変化し始めた。
「さぁ、その目に焼き付けなさい! これが〈シルキーモッスホワイトワンピ〉の真の姿よ!」
あんなに動きにくそうなほどずんぐりしていた重厚な白いワンピに継ぎ目が浮かび上がり、まるで巨大な一輪の花のごとく開き始めた。
二対の花びらが開いたその中には、名匠が手がけたようなレース模様で白一色でも美しく飾られた純白のアイドルコスチュームが姿を現わした。
そして限界まで開ききった二対の花弁は、妙にモコモコとした鱗粉をのせた翅として、しおりの背中を鷹揚と飾った。
「なるほどエスキモーみたいな着膨れ衣装は蚕の繭だったってことか。差し詰め奴さんの衣装モチーフは蚕蛾といったところだな。どうりで成長段階が0の時にいかなる効果を受け付けないわけだ。そもそも蛾が繭を作るのは、蛹になった自分が安全に羽化できるまで外的から身を守る防壁だからなぁ」
「あの娘が素材にした〈マルベリー〉カードは二枚。つまりスキルによって、あの衣装の成長段階は二段階ってとこね」
手間をかけて呼び出した切り札だけあって、どうみても現実では表現に限界があるデザインの衣装を、仮装映像という偽りの布地で好きなように実体化させて着ているしおりに圧倒されそうになる。
そして、何度も繰り返すが「スキルまで併用して、ここまで手間をかけて着た」コスチュームには、それ相応の効果が搭載されているはず。
あの綿かファーのような柔らかい素材で埋め尽くされた翅を羽ばたかせれば飛んできそうだ。
「いっておくけど、蚕は飛べないぞ。あいつらは絹糸を作り出すためだけに、自然でいきることができないよう品種改良された人類最古の遺伝子組み替え生物らしいぞ」
「あんた、カードや戦略の分析がてんでダメなくせにそんな蘊蓄には詳しいのね」
得意げに突然の蘊蓄を語るビャコに、私はスキャナーを少し持ち上げて皮肉を返した。
今のビャコはマイク型のスキャナーという無機物になっているはずだが、心なしか呆れながら見下ろしている私と、わざと視線を逸らしている感じがした。
「〈シルキーモッスホワイトワンピ〉の第一の効果!」
完全なる成長――というか変態を遂げた切り札を着込んだしおりが、得意げに効果の発動を宣言した。
「〈シルキーモッスホワイトワンピ〉は、1ターンに一度だけ成長段階をあげる!」
「まだ成長できるのか!?」
更なる進化に驚く私とビャコに答えるように、しおりのコスチュームの背後に飾られた二対の羽がさらに肥大化してゆく。
あれでも羽がまだ乾いていない状態だったようだ。
「さらに二段階成長した〈シルキーモッスホワイトワンピ〉の二つ目の効果!」
連続効果の使用宣言に応じて、しおりの翅が不穏な動きを見せた。
思わず私が身構えた直後、〈シルキーモッスホワイトワンピ〉の羽が一度だけ大きく羽ばたいた。
大小四枚も生えた羽は巨大な団扇となって風を生み、目の前に佇む私に突風を浴びせる。
押し寄せる気流に混じって、一瞬だけ銀色に光る何かが目の前をよぎった。
『このコスチュームを着ている限り、相手の着ているコスチュームのAPは、〈シルキーモッスホワイトワンピ〉の成長段階に応じて100ポイントずつ下がります』
一瞬から二度、そしてまばらに銀色の小さな物体が視界に広がった時、私の着ている〈リットルパズルトップス〉に、本来ついていないはずのラメ状の粒子がびっしりと付着し始めた。
春風に混じる黄砂を浴びたかのように、透き通ったガロンボトルの意匠を取り入れたコスチュームにざらざらのラメが隙間やたるみに貯まってゆく。
「うわー! 鱗粉は勘弁してよ! オレアレルギー持ちなんだ!」
「プリズムストリームの演出映像に変な反応しないで! それよりこっちのコスチュームのAPが下げられたわ!」
「一段階につき100ってことは、今三段階だから300ポイント減ったのか! ひえー! こっちが下げる効果を使うはずだったのに逆に下げられちまっただよ!」
現時点で前ターン以上にしおりと大きすぎる差を付けられてしまった。
だが、しおりはそこからさらに畳みかけるように手札からカードを引き抜いた。
「さらに私は〈イェーストコクン シルキーモッスシューズ〉をコーデ!」
続けて両足に履かせたのは、ワンピと同じ名前を冠するシューズ。
同名のワンピが出したての時は冬用コートみたいに厚手だったが、シューズの方は既にレースのソックスと白く艶のある靴と、地味ながら成長したワンピと初めから揃えられたようなデザインをしていた。
「そして〈シルキーモッスシューズ〉の効果!」
『このカードがコーデされたとき、コスチュームの成長段階を一つ下げることで、デッキから〈イェーストコクン〉ブランドのカードを追加でコーデできます』
高揚するしおりとは正反対にカード効果を淡々と機械的にマスコットが説明した途端、それまで立派に聳えていたワンピースの白い羽が、少しだけ元気を失ったかのように下がり始めた。
それに応じて、私のトップスに積っていたラメの膜が少しだけ薄くなった。
三段階が二段階になって、減少値が200ポイントに収まったようだ。
「わざわざ成長段階を代償にしてまで……いったい何をする気だ?」
「このターンで勝負を決める気なのよ。下手にこっちのAPを下げるよりも、シューズの効果を使って別のコスチュームを呼び出すほうが効率よくAPを上げられるからね」
「えーっと、あいつのワンピのAPが1300でシューズが700。あいつがあと着れるのはアクセサリーのみか。それでも限界まで行かせようと思えばあと1000ポイント足りないぞ」
ビャコの語る一気に1000ポイントのアップは、並大抵のコスチュームを適当に出すだけでは出せない数値なのは確かだ。
しかし、しおりはそんなことを意に介さず、山札の中から自動で飛び出した一枚を抜き取って、それをそのままプレートの上へと移した。
「その効果で追加コーデするのは〈イェーストコクン シルキッドリボン〉!」
さらさらの栗毛の丁度コメカミの位置にポンと出現したのは、シルク素材の艶やかな蝶結びリボンであった。
コスチュームカードのうちカテゴリーがアクセサリーのカードが持つAPは一律で150。
このカードも例外ではないのだが……
「〈シルキッドリボン〉のAPは、自分が着ている〈イェーストコクン〉ブランドの数×300ポイントアップする!」
ただ白いだけのヘアリボンの様にみえるが、効果発動という銀色のオーラを纏ったことで、AP150から一気に750ポイントまで高まった。
アクセサリーの役割はコーディネイトのアクセントとはよくいったものだ。
「あんな地味リボンじゃなくて、触覚みたいなネタカチューシャを期待してたんだけどなぁ」
「言ってる場合? 相手のAPは2750まであがったわよ」
おチャラけるビャコに突っ込むように冷静に状況を伝えるが、改めて自分を見るとかなり追いつめられている。
何しろこちらはたった400ポイントしかないのだから。
「悪いけど、大事な表彰式を台無しにしたあなたには一糸も纏わせぬまま負けてもらうわ!」
優勢な状況に甘んじず徹底的に追いつめるという決意の籠もった目で睨み付けながら、しおりは手札の一枚をプレートに叩きつけた。
「ミュージックカード発動! 〈サン・ショック・ゲドン〉」
ミュージックカード。
それは〈エンプリス〉というカードゲームを構成する三種類のカードのうち一つを成すカードで郡。
一枚一枚に強力な効果を携えているものの、着続けることで場に残るコスチュームとは違って使用後は即捨て場であるランドリーに送られる使い捨てのカードだ。
「〈サン・ショック・ゲドン〉は、相手ステージのカードを、〈イェーストコクン〉ブランドコスチュームの成長段階の数だけ、ランドリーの送る!」
プレイヤー本人に直接着せるコスチュームと異なり、ミュージックカードは発動したとき、相手プレイヤーにも効果を確認させるために、プレイヤーのすぐ側に畳一畳分の巨大なカードの立体映像となってステージに現れる。
衣装のイラストが描かれたコスチュームカードとは違って、ミュージックカードにはCDジャケットのイラストが描かれている。
今、しおりが出したのはおそらく本人の持ち歌なのだろうか、桑の葉にしがみつく蚕蛾を巨大な鯨が飲み込もうとする瞬間という、なんかの意味がありげなイラストだった。
「奴め、徹底的にこちらの反撃の手段を潰す気だな。ここで〈リットルパズルトップス〉を脱がされるか、伏せているカードのどちらかが破られると負けるぞ!」
「分かってる!」
しおりのそばに鎮座するミュージックカードが異様な光を輝かせ始める。
あれは効果を発動させる起動の合図。
私はその効果が完全に発動しきる前に、セットしていた一枚のカードを起動させる。
「アクシデント発生! 〈グレートバリアリリーフ〉!」
直前に私が起こしたのは、前の私のターン時に準備しておいたアクシデントカードのうち一枚。
カードを起動させた途端、こちらの足下にもカードが出現し、まるで盾となるように私の前に聳え立つ。
「〈グレートバリアリリーフ〉は、自分が着ている〈RDティアーズ〉ブランドをランドリー行きから防ぐ! さらに追加で〈RDティアーズ〉ブランドのコスチューム一着のAPを半分にすることで、その効果を自分ステージ全体まで及ばせる!」
相手が先に効果を発動させたことで、カードから鯨にも似た巨大な生物が飛び出して私を喰らいに迫るが、間一髪のところで発動させたこちらのカードが翡翠のような色の海流を壁のように噴射させたことで衝突は免れた。
一気に二枚のカードを葬る効果を携えているだけあって、防いでも衝撃がこちらに伝わり、私は思わず膝をついた。
効果の発動が終了または無効となって役目を終えた二枚のカードは、そのまま透明になってフェードアウトした。
同時に私のトップスは400から200と更にポイントが下がってゆく。
「しぶといわね。流石はアイドル狩りをしているだけはあるわ。でもコスチュームを残したところで差は歴然よ! あなたの行き過ぎた目立ちたがりもここまでよ!」
まるで自分が正義のヒロインにでもなったかのように、確信した勝利を口にするしおりの言葉に、心酔しているファン達が感化されたのか感嘆とした声を上げ、ドーム内をより一層拍手と歓声に包ませた。
「あなたに負けて追放されたみんなの敵をここで私がとる! 私は最後にカードを一枚準備してスタンバイ!」
言いたいこともやることも全て終えたしおりが、手札に残った最後の一枚を迎撃様として準備し、ついにスタンバイを宣言した。
スタンバイ。
それはまだターンを必要とするチェンジとは異なり、もう自分はターンを必要としない場合に宣言できる、ゲームそのものの終幕宣言。
ルール上、片方が宣言した場合は相手も必ずスタンバイを宣言して、そのときの合計APの差で勝負しなければならない。
つまり、私に残されたターンは強制的に次のターンのみということになる。
天水晴那 AP200 VS 登坂しおり AP2750
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