空に掛かる虹橋の側を走って
「――!」
ゴツンと頭と何か堅いものが軽くぶつかった衝撃で私は目が覚めた。
最後に立っていたのは薄暗いスタジオだったはずだが、今は真横から少し黄昏色がかった光が眩しい。
完全に覚醒して場所を確認すると、いつのまにか私は車の中に乗せられていたようだ。
車窓から外の景色をのぞき込むと、空の色はいよいよ夕日になるくらいまで日が傾いていた。
「おう、やっと起きたか。悪い夢は見なかったか?」
ビャコが声をかける。膝の上で、いつものマスコット形態になって寛いでいた。
こいつがスキャナー形態ではなくなっているということは、勝負はついたようだった。
「大丈夫。でも、昔の思い出を夢で見られるなんてね」
寝起きで鈍った表情筋をほぐすように、両手で顔を洗いながら答える。
普段なら昼寝でもしようものなら、無実の罪で家族や故郷の友達、記憶にある出会った人たちから糾弾され迫害される悪夢に苛まれるはずなのに、今回は夢に美祿が出てきたからなのか、気絶からの覚醒とはいえ清らかな目覚めだった。
「どんな思い出?」
「あの子……美祿ちゃんとは去年の握手会で初めて出会ったの」
「お前ら、顔見知りだったのか? そういえばあいつ、お前のファンだって言ってたな」
久しぶりに悪くない夢を見て吟味している間に、私はふと肝心の美祿のことを思い出した。
「そうだ。さっきの対決、結果はどうなったの? 美祿ちゃんは無事?」
「引き分けだった」
結果を伝えたのは、助手席に座っている勇作Pだった。
淡々と何事もなかったかのように結果を告げているが、その格好はボロボロといっても差し支えないほど乱れていた。
ついでに運転している草薙さんも、揃って爆発に巻き込まれたかのような有様だった。
「お前が最後の悪足掻きで出したカードのせいで派手に吹き飛ばされたお前達が、壁にぶつかる寸前に勇作達がなんとか受け止めたんだ。あの見習いの方も、総一郎が体を張ったから怪我の心配はない。でも、お前と同様に、あの衝撃のせいで気絶していたがな」
引き分けなのは予想通りだが、美祿も気絶程度で済んだことに、私は改めて息を吐いて座席に深く凭れた。
「福山美祿。デビューすらしてない見習いとはいえ、手強い相手だったな。まさか澄香が引き分けを余儀なくされるとはな」
ハンドルを握りしめながら、草薙さんが美祿との戦いを振り返る。
「あの成長度合いだと、幸神の作り出したあの暴れ馬を手なずけられるのも、そう時間はかからないだろう。Q-key.333への新たな驚異になるには十分だ」
乱れた身なりを整えず、じっと岩のように腕を組んだまま、勇作Pもライバルとしてこの混沌としたアイドル界隈に参上したかつての仲間の築いた成果について語る。
「勇作、その件についてだが……」
運転をする草薙さんが、勇作Pに横目を向けて話しかける。
「元『ディーヴァス神姫』の二人が〈ハオマネクト〉と結託して友軍になる目処は立ったが、アルカナカップシリーズへの参加に間に合うかまではわからない。いくら明確な標的が判明したからとはいえ、残るQ-key.333から更なる情報を集められるのは俺達だけなのは以前変わらない。〈サンドリヨン〉は部外者とはいえ、倒すべき敵は同じだ。せめて、手がかり探しくらいは協力してくれれば、前線にでる澄香や戦力を改めるお前の負担も軽くなると思うのだが」
草薙さんはどんな時でも一歩後ろに下がったところから私達を見ては、二人の身だけを案じてくれていた。
大事な仲間が浚われて、目の前で陵辱されえる様を見せつけられて、勇作Pと同じく傷ついているはずなのに、復讐の炎に飲まれずに自分の手元に残された最後の財産を守ろうとしていた。
例えどんな無茶な計画が立案されても、私や勇作Pが危険になる案はいつも止めてくれるか、なんとかリスクを薄められるように改善してくれる。
今の提案も、あくまで私達の負担を軽減させたい故の、草薙さんなりの親心からだった。
「これは俺たちの復讐だ。それに安易に加わったところで、しくじれば璃玖の二の舞になる可能性だってある。福山美祿が純粋な向上心でQ-key.333を相手に舞台に立つのは結構。だが、これ以上Q-key.333の闇しかない舞台裏を覗くほどの深淵まで、〈サンドリヨン〉を巻き込みたくはない」
幸神総一郞が立ち上げた〈サンドリヨン〉はあくまで自分たちと違う道を歩んでいる。
それを勇作Pはかつての仲間として応援するつもりではあるらしく、普通の芸能活動だけをさせてあげたいと返して提案を拒否した。
巻き込みたくはない。
確かに勇作Pの言うことはもっともだ。あんな子供の様な憧れを抱いた美祿の純粋な理想を、これ以上汚い人間のせいで闇にまみれた現実で幻滅させたくはない。
なによりも、私達は芸能界にはびこる闇を払うための正義で戦っているわけじゃない。
〈アクアクラウン〉や遊生澄香が、アートマンストラによって奪われた誇りや名誉を取り返すための、個人的な恨みによる復讐として戦っているだけだ。
「そうだ、プロデューサー。〈サンドリヨン〉に浚われている間に、御瀬露ジャンクションで何を話してたの? まさか、あの二人と一匹に、私の正体をばらしちゃった?」
「いいや。誘拐と勝手に誤解されたあの会合には、これまでに収集したモデルアイドルの件しか共有していない。だが、幸神やリユはすでに気付いているだろう」
対決中に発していた幸神Pやリユの口振りから察してはいたが、美祿にはまだ知られていないと聞いて私はまた座席に深く座り直す。
「言っておくべきだったか?」
座席の側から勇作Pが顔を覗かせる。
「ううん、あえて言ってくれなくてほっとしてる」
何よりも憧れの遊生澄香が、自分の汚名を晴らすために仲間を狩っていると聞いたらどんな顔をするだろうか。
あの美祿ちゃんの真っ直ぐな性格なら、私が自分の無実を晴らすために戦っているって聞いた途端に、きっと自分のためじゃなくて、私のためにこの戦いに喜んで参加してくれるか、普通に幻滅してファンをやめるかのどちらかだ。
「虹が掛かってる」
陽光が差し込む車窓に目を向けると、午前中に降っていた悪天が止んで虹がかかっているのが見えた。
それもだだの虹ではなく、まるで人の手が加えられて奇跡を起こしたかのような、大中小と様々な大きさが揃った無数の虹が、街の上にかかっていた。
「業を注ぐ雨雲が役目を終え、空に虹がかかるとき、七色の橋を伝って現れる煌めきの使者が女帝を決める戦の開幕を告げる」
天にかかる虹を一瞥した草薙さんが詠んだ詩は、主催であるプリズム協会が毎年アルカナカップの開催を告げるセレモニーで代表が読み上げる辞句であった。
おとぎ話か伝承のような一説だが、こうして遠くから虹の群を眺めていると、本当に使者なる人物が虹の上を滑りながら、この世界にやってきそうに見えた。
「Q-key.333を正面から叩けるのは、あの大会しかない。文字通り虱潰しに情報を持っている奴を探すだけだ」
同じく虹をみる勇作P。
だが、その顔は自然が生み出した奇跡の芸術をみるような目ではなく、仇を必ず討つ復讐者の顔をしていた。
「仮に知らなくとも、叩けば埃ぐらいは出るだろうよ。いや、むしろ虱の死骸かな?」
「珍しく面白いのがちょっと腹立つわ」
「ええ! 褒めてくれるの! なるほどあんなに極太の虹がかかるわけだ!」
ものすごく失礼なことを言ってあおるビャコに、私は制裁に代わってぎゅっと腕の中で抱きしめた。
口数が余計に多いくせに何一つ面白いことがいえないビャコだけど、勇作Pと共に伝説を作り、大場璃久が浚われるほど名を上げさせた功労者なのには変わりない。
同じく仲間の敵討ちと最愛の勇作Pの無念を晴らすべく、同じく恨みはあるが部外者でもある私と苦言一つあげることなくパートナーになったビャコに、私は期待を込めてぬいぐるみに顔を埋めるように後ろ頭に唇をつけた。
「シリーズを勝ち続けて、必ず女帝を目指せとは言わない」
「すべきことは三つ。
一つ、Q-key.333の闇を暴いた上で完膚なきまでに叩き潰す。
二つ、浚われた璃久を助けだし、俺たち<アクアクラウン>の誇りを取り戻す。
三つ、澄香の無実をはらして名誉と笑顔を取り戻させる!」
「ええ、絶対に私達の復讐を終わらせるわ」
「ああ! 希望を描け! 天水晴那!」
まるで世界中の煌めきが果たすべき宿命を後押しするように、私達を乗せて走る車が起こす風に虹色が帯びていた。
私達の復讐と戦いはこれからだ。
――To be continued.
天水晴那の戦いはこれからだ!
ご愛読ありがとうございました。
このお話は、いったんここで区切ります
(※また打ち切りエンドっぽいオチですみません)
(かなり中途半端ですが)最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!
なろう史上、2週間で2万PV行くほどトップクラスに人気があった作品だったので、ストックが切れるまで終わらせるかどうか最後まで悩みましたが、システム上いつでも切り替えができるみたいだし、変にエタるのも読者に申し訳ないので、マジでいったんここで終わりにします。
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