「懐かしい夢」または「遊生澄香の頃の思い出」
あれは去年の丁度この時期のころだったか。
まだQ-key.333でランク9になって間もない頃、ファン達の間では別のイベントが開催されていた。
女の子限定のエンプリスイベントで「握手権+サインカード配布の三分間会合争奪戦大会」という、優勝者にふさわしい特権の特盛りを掛けた大会だった。
普段の握手会が秒単位なのに対して、大会優勝というふるいにかけることで、一人に対して十分に触れあえる時間を確保できるという、エンプリス至上主義のこの世界らしいイベント。
今まで握手会なんていろいろ経験してきたけど、ランク9という大台まで上り詰めた自分とあえる権利が、優勝賞品になるのは感慨深いと思う反面、本当に自分がこのランクで構えていいアイドルなのかどうか後込みしてしまうほど緊張していた思い出があった。
特設させた個室ブースの中で、私に三分間会うためだけに死闘をくぐり抜けてきたファン達を待っていた当日。
ランクアップしてから競争率が高かったと粟久プロデューサーや劇場支配人から褒められながらそう報告されて、本来なら感無量な面もちで構えてないといけないのに、出会って幻滅されないか不安なまま、勝ち抜いて優勝したファン達を待っていた。
会場スタッフが握手会開催を伝達したことで、いよいよ始まる。
私は腕に巻いていた鼎先輩のミサンガを指で撫で、緊張する自分に笑顔の魔法を掛けて落ち着かせた。
そんな時、出入り口付近に人影が見えたかと思うと、さっそく一人の女の子がちらりと仕切の陰から顔を覗かせているのが見えた。
「わー、本物の遊生澄香ちゃんだ! 生澄香ちゃんだ!」
手に持った整理券に書かれた番号などを参考にここまでやってきたその子は、私を見つけるなりまるで本物のヒーローを生で見ているような瞳で見つめてきた。
「はーい、生澄香ちゃんですよ~」
こんな自分でも、こんなにキラキラした眼差しを向けてくれるファンがいたことに余計な不安や緊張が消えて、私は笑顔で彼女を招いた。
自分に向かって笑顔を返してくれたことにその子は感激したのか、彼女もまたぱぁと花の咲くような笑顔になって、意気揚々とスキップしそうな足取りで私の前までやってきた。
「初めまして、澄香ちゃん!」
ファンの子が両手を差し出す。
仕草や顔に出す表情からどこか子供っぽいところがあるけど、外見をみる限りで自分とそう変わらない子だった。
「争奪戦の優勝おめでとう! 私に会うために、頑張ってくれてありがとう!」
労いと賞賛、そして感謝の言葉を添えて、私の為に会うために苦労した彼女の手を優しく握り返した。
「えへへ、実はね。あたし、澄香ちゃんがランク9になってから、エンプリスをはじめたんだ」
がんばってきた努力が手に伝わる推しの温もりで報われて、満足そうに微笑んだファンの子が照れくさそうにそう言った。
「ええぇ! それってつい最近じゃない! こんな短期間で握手券争奪戦に優勝なんて、すごい才能だよ!」
「才能なんてそんな! いつも男の子向けのカードで遊んでたから。でも、優勝まで行けたのは、負けそうな時に澄香ちゃんの格好いいところを思い出していたおかげかも!」
推しに直接褒められたことで笑顔がさらに蕩けかける中、その子は勝てた要因が私だと言う件だけはきちっと目を合わせて語ってくれた。
「私の格好いいところ?」
「うん! 遊生澄香ちゃんといえば、鼎ちゃんとのあの卒業決戦! あたし、あの時の澄香ちゃんを見て、エンプリス始めようと思ったんだ! 絶体絶命のラストターン、諦めずに挑んだ末に逆転勝利! まるでアニメの主人公みたいで、すごくかっこよかった!」
あの激闘の場面は、彼女の中で思い入れのあるワンシーンになっており、その時自分の目で見た感動を彼女なりに懸命に言葉を選んで、本人に伝えようしていた。
「そうだったんだ! 主人公みたいかぁ、そう言われるとちょっと恥ずかしいけど、そこまで思って頑張ってくれるなんてうれしいよ!」
その努力は私にもちゃんと伝わり、改めてあの見送りでの努力が無駄じゃなかったこと、ちゃんと私をランク9として認めてくれる人がいることを認識させてくれた。
当時は人の目よりも、安心してカナ先輩を卒業させるためにガムシャラになって戦い続けていただけだったけど、見ていた人が笑顔になった上に、はじめたての子が優勝できるくらいの影響を与えられていたことに、改めてランク9になれたことを誇りに思うようになれた。
「あのね、あのね! あたし、この春に開かれるQ-key.333のオーディションに受けてみようと思うんだ! それで受かったら、澄香ちゃんみたいに華やかに戦ってかっこよく勝てるアイドル目指すんだ! それから、澄香ちゃんとも全力で戦いたい!」
そのファンの子は、私の名前を何度も含ませながら、同じQ-key.333のアイドルを目指すと宣言した。
今までQ-key.333に入りたいという子は見てきたが、まさか自分を憧れとして入りたいという子と出会ったのは初めてだった。
「いいじゃない! あんな短い期間で初めて優勝できるなら、オーディションを受ける価値絶対あるよ! もし本当に受かったら、いつでも挑戦待ってるわ!」
この子ならそれが果たせる予感がする。
いいや、自分に憧れてくれるなら是非ともQ-key.333に入って欲しいし、あわよくば同じチームにも出迎えたい。
何よりも、自分に会うためだけに優勝までしたこの子の実力がどれほどのものか興味がわいた。
私はその夢を応援するつもりで、彼女の手を包み込むように握り返した。
「お時間です」
ブースの隙間からスタッフが無慈悲にも終わりの時間を告げた。
いくら優勝してたっぷり時間がとれるようになったからといっても、全国で開催されれば、次の子にまで影響してしまう。
ふとテーブルに目を向けると、色紙の代わりとして山積みになった限定カードと、それにサインを書くためのペンがあったことを忘れていた。
「あ、やばッ! サインカードまだ書いてなかった! えっとお名前教えて!」
「えーっと! 美祿! あたし、福山美祿!」
次回で終わります
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