未知のブランド〈RDティアーズ〉
天水晴那 AP0 VS 登坂しおり AP1300
一方のしおりは、自身が出した衣装に警戒している私達を見てほくそ笑みながら、こちらにターンを明け渡し、今度はこちらにターンが回ってきた。
私は改めて手札を見る。
手間をかけた割にと相手のプレイングを評したが、開幕から四桁台まで先に抜かれてしまった事実には変わりはない。
今、この手の中にある四枚のカードで、相手のペースにどうやって追いつけばいいのだろうか。
「おい、晴那!」
「ちょっと、うるさい」
「いいから一歩後ろに下がれ!」
いつものお喋りかと思って一蹴したが、すぐに怒鳴るビャコの警戒と何かが迫っている気配を感じて、瞬時に一歩下がった。
その瞬間に、鼻先と紙一重というくらいの目の前で、桃色に光る物体が空を切って顔を横切る。
ガシャンと砕けたプラスチックの破片を散らして私の足下にぶちまけられたそれは、本来はアイドルのライブを盛り上げるためにファンが振るはずの太いペンライトであった。
「ひえええ! アブねぇ! あやうく晴那たんのクールビューティーなお顔に傷が付くところだったよ~~!」
「ずいぶんと熱狂的なファンがいたようね」
観客にモノを投げられるなど、アイドルやファンという両者にとってあってはならないことなのだが、慌てふためくビャコとは反対に私は別にどうとも思わなかった。
「お前が追い出されてから、随分と客のモラルも下がってきたんじゃない?」
「それ以前に、私はQ-key.333の舞台に乱入してショーをぶち壊しにきた悪のアイドル。そんな恨みの籠もった応援をされても不思議じゃない。それに、私がモノを投げられるほどの騒ぎを起こしたのは、別に今が初めてでもないわ」
「それもそうだな」
酷いアクシデントが乱入したが、それでこの状況が左右されたわけでもない。
気を取り直してステージの状況と手札を照らしあわせても、奇策らしいものが思い浮かばない。
この状況を覆すには、ドローフェイズによって加えられる5枚目のカードにかけるしかない。
「私のターン! ドロー!」
指先をそっとデッキの上に乗せ、勝利の鍵を引き寄せることを願いながら、一番上のカードを引き抜いた。
一枚のカードが山札から飛び立つように空を切る。
抜いたカードをめくり、表を見る。
これならいける。
それを確信して私はそれを5枚目の手札として加えた。
「いいカードを引いたな」
「勝ちにつながればいいけどね。――私は二枚のカードを準備する!」
引き加えたカードとは別に、最初から引いていた手札の中から二枚を抜き取き、それを裏側のままステージ上に伏せさせる。
準備として手札から裏側で伏せた二枚のカードは、アクシデントカードと呼ばれる相手への妨害効果に長けた防御札と呼ばれるもの。
非常に強力な効果を持っているが、発動させるための条件が厳しい上に、伏せたターンは発動できない。
しかし、伏せたターンを越えれば相手の番であっても発動できるという、タイミングや勘をも必要とするカード群だ。
「そして〈RDティアーズ リットルパズルトップス〉をコーデ!」
迎撃準備を整えてから改めてコーデしたのは、さっきのドローフェイズで引き当てた活路の一枚。
容器に入った水を移し替えるパズルをイメージしているのかガロンボトルのようなくびれのある袖が左右で大きさが異なる非対称なデザインのトップスが私の半身に着せられた。
「――!?」
私がお披露目したコスチュームのブランドに、いぶかしむようにしおりの片眉があがった。
「〈RDティアーズ〉?」
「聞いたことないブランドね」
「あんなブランド、初めてみる……」
今まで画質やカメラワークなど全部無視して撮影したゲリラ撮影のみでしか公開されなかった天水晴那の扱う銘柄が改めて公にさらされたことで、観客達がしおりの心情を代弁するように吐露しはじめる。
「〈リットルパズルトップス〉の効果を発動!」
心なしかこちらのターンになってから歓迎されていない雰囲気で重くなった空気を切り裂くように、私もコーデの効果発動を宣言する。
「このコスチュームがコーデされたとき、相手コスチューム一着を、このコスチュームと同じAPにする!」
効果を適用する対象の指定としてひとみの白いコスチュームに向けて掲げていた腕――というよりもガロンボトルを模した袖の飾りから消火栓のごとく太い流水が放たれた。
「〈リットルパズルトップス〉のAPは600! これでズブ濡れになってしまえば、お前の一張羅も魅力半減だな!」
ビャコはずぶ濡れと言うが、私が放ったのは本物の水ではなく、マイク内部に搭載された動力であるプリズムストリームの見せる演出映像。
だが、映像とはいえ魔法の如く噴出された一本の水流が目の前に迫られれば、誰だって本能的に退くはず。
「ふーん」
しかし、しおりの反応は素っ気なく、退くどころか真っ向から水流を受け止めた。
突き進んだ水線の突進は、しおりの服を濡らすどころかはじかれるように四方八方へと拡散してゆく。
「――!」
「なんだ? 撥水加工でもされてんのか!?」
APを下げる放水が止まっても、しおりの着ている重圧なコスチュームには、何の変化もなかった。
水流の勢いに押されていないどころか、ウェディングドレスよりもずんんぐりとした白い布の塊のようなコスチュームには、一縷の水滴すら付着されていなかった。
「フフフ。残念だけど、今の状態の〈イェーズコクンワンピ〉には、相手からどんな効果も受け付けないの」
「おっと! そういう効果があったとは! 手間かけて呼び出した衣装なだけあるな!」
「今頃?」
不発に終わったこちらの効果の発動を命じたのは私だが、今になって相手の切り札を出す過程と結果を鑑みて警戒しだしたビャコに、私は半ば呆れた。
「お前さんもお前さんでリアクションが薄いな」
「〈リットルパズルトップス〉の効果を聞いて動じないどころか真っ向から受けた。何かあるのかは予想できた」
「ふーん、流石はってところだな。歴戦で培った勘は錆びちゃあいないってとこか」
「私は錆びたまま前線に戻ろうとしたあんたに感心するよ」
「失敬な! 元イケメン青年アイドル軍団を支えてきた真の功労者であるオレ様にむかって! それより、あいつ効果を受けたときなんか妙なこといってなかったか?」
話を切り替えるビャコにつられて、私は改めてしおりの切り札というあの白くて重厚な衣装を観察した。
「今の状態では効果を受けられないって言ってたわね」
「あのライブに向いてなさそうな衣装デザイン、絶対何か隠していると思うぜ」
「とりあえず剥いた化けの皮の下からでるのが蛇ですむ程度の何かであることを祈るわ」
どのみち一回しか与えられたコーデを使い切った私に、このターンでできることはもうない。
「私はこれでターンチェンジ」
天水晴那 AP600 VS 登坂しおり AP1300
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