私からライバルへ贈る言葉
「アートマンストラに対する疑惑の芽を摘むのに厳粛な情報統制や独裁的な圧力をかける必要ない。奴らが提供した良質のコンテンツによって、愚鈍な民衆相手に築き上げた信頼は雲の上まで高くなっている。不当な扱いを受けたものが屈しているのではない。不当な扱いを受けたものを、思惑取りに否定してくれる都合の良い洗脳を受けた味方によって依頼せずとも自動的に弾圧されているだけだ」
「神聖視した存在に対して一切の否定を許さない同調圧力ってやつか。なるほど歪曲したイデオロギーというか、ある意味で狂信者に支えられたカルトみたいなもんだな」
熱狂的なファンを狂信者とまとめるビャコの表現には思わず納得してしまうが、陰謀によって追放されたとは言え、やることなすこと全てが肯定されるその集団にいた身であったが故に、それを狂うほど信仰する者ばかりが集う危ない宗教団体だと例えられたのはやるせない。
「だけど、それほど社会にあがめ奉られているというのに、ここのところ発覚しているアートマンストラの経営はずいぶんと倒錯してるな。一つはランク9の後釜の件、二つ目は稼ぎ頭の殿堂入り、そして三つ目にこのオーディション優勝者の不採用の件。どうにも今のアートマンストラの方針は異常としか思えねぇな」
気になる点に私の正体に引っかかる点があるからなのか、ビャコがわざと声を小さくして私に話しかけてきた。
「確かに異常だけど、その中で共通しているのは、自らコンセプトからはずれた運営をしているって点ね。でも、端から見れば茨の道を歩くどころか、その茨で自分の首を絞めているようなもんなのに、いったい何の利点があって……」
「わかんねぇな。だが、今ので漂っていた悪臭の種類が変わったな。今までがきな臭かったのが、どうにも腐臭までしてきやがった」
確かに腐敗しているともいえるが、今はただその美祿がこの腐った界隈に入らず、まともな人に拾われてアイドルになれて良かったと思うしかなかった。
努力を目の前で踏みにじられる、そんな屈辱をされては、アートマンストラやQ-key.333が信用できないわけだ。
逆に、そういった経験があって信頼が地の底まで落ちていたからこそ、遊生澄香の不正が仕込まれていた偽りだと確信できる結果になったのは皮肉とも言うべきか。
形は違えど、美祿がアイドルそのものになれたことを祝福するだけで終わらせる気はない。
あくまでもやっと夢へのスタートラインに立っただけだし、それもそこから一歩進むものなら、道全体がとびきりの茨が生い茂り、ついでに蛇まで伏せ隠れている最上級の険しさ。
復讐のためにあえて敵対する私達とは違う目的であっても、必ずしもQ-key.333に立ち向かう定めと結末からは逃れることはできない。
「福山美祿。あんたのプロデューサーから勝手に門出の是非を確かめるための試験官に任命された身として、聞きておきたいことがある」
無表情に重なって真剣な目になった私は、自分以外の面々が交わしている難しい会話についていけずおつむを抱えている美祿を、あえてフルネームで呼んで気づかせた。
「これはあくまで仮説になるけど、もしこれから〈サンドリヨン〉のアイドルとしてQ-key.333と戦い続ける最中にあんたの推していたアイドル――遊生澄香と仕事上戦わなければならないとしたら、あんたは全力で勝つために戦う?」
「もちろんだよ! だって、澄香ちゃんと戦うこともあたしの夢の一つだったんだもん!」
今や叶うことはないだろう切ない過去形になってしまったが、美祿はその問いに対して誇らしげに夢の一つであると答えた。
「それが、あんたが勝ったことで遊生澄香が脱退させられたとしても?」
「――え?」
余所者に負けるような雑魚はQ-key.333には不要。
敗北は追放を意味する。
脳天気に夢を語っていた美祿にそれを聞かせた途端、きょとんとしたまま固まってしまった。
「あんたがQ-key.333に勝つということは、ファンから推しを消すことでもあるの。アイドルにとってファンは一番蔑ろにしてはいけない存在。好意が自分に向けられていないからとはいえ、精神誠意をかけて応援していたファンから推しを取り上げる勇気、あんたにある?」
始めて数日でエンプリスの大会で優勝し、選ばれなかったとはいえ競争率が高いオーディション戦を勝ち抜き、その才能を幸神Pに認められた美祿ならば、きっとQ-key.333のランカーアイドルといい勝負ができるだろう。
だが、例え同じ舞台に立てるアイドルとはいえ身分は他事務所の子。
復讐心もなければ壊滅の意図もなく、ただ新進気鋭の新米アイドルとして彼女がQ-key.333に勝ってしまえば、彼女の手によって追放されるアイドルが増えてしまうということだ。
そもそもQ-key.333が掲げる自戒という敗北に対するペナルティが重すぎることも問題ではあるが、それほどまでに自信に満ちた最強のアイドルグループの鼻を折る以上、ヒーローではなくヒールになるのは避けられない。
敵対している目的を隠し通している天水晴那でさえ、その存在が畏怖と侮蔑の目で見られているこの環境の中で、誰にも認められないどころか存在そのものを全否定されることに美祿の心が耐えられるのか、それでもカードという剣を握り続けられるか、その心意気をこの場にいるベテランたちの耳に聞かせる必要があった。
「あたしは――」
彼女なりに正しい答えをがんばって探そうとしているのか、美祿は目をそらすように頭を垂れたまま言葉を発した。
「あたしには最初、叶えたい夢がたくさんあった。Q-key.333に入って、遊生澄香ちゃんに会って、同じチームに入ったり、お仕事の取り合いで戦ったりしたかった」
まだ芸能界やアイドル世界を知らない素人のイメージだけで語る夢。
青いと感じるが、それはかつての自分も掲げて挑んできた立派な動機だ。
「でも、あんなにがんばったのにQ-key.333には入れなかった。そんな時、プロデューサーに会って念願のアイドルになれたから、それなら次は遊生澄香ちゃんとの対決を目標にがんばる。そう思っていたら、今度は澄香ちゃんが追放さえてそれも叶わなくなった。あたしの叶えたい夢ややりたい目標が悉く潰されて、一番会いたかった憧れの人まで消えて、自分が何のためにアイドルになったのか迷った時もあったんだ」
思いを口にする度に目を閉じていた美祿が、ここで瞼を起こした。
「夢も目標も憧れもなくなった。だけど、あたしにはまだ戦う理由がある。たとえ、自分のやったことで周りの結果がどんな形になっても! あたしは、あたしの努力をちゃんと認めて――あたしのことを信じて託してくれた人のために戦い続ける!」
顔と瞼を上げた美祿が、確かな決意が込められた相貌が見つめる先、そこには美祿の全てを認め、全てを信じて託した幸神Pがいた。
私には美祿とは違って強いアイドルを目指すという正当で明るい動機はない。
だけど、そんな私にも、ちゃんと勇作Pや草薙さん、ついでにビャコという、努力を認めて全てを信じて託してくれる人がいる。
歴史を作る美祿と歴史を破壊する私とでは何もかもが対象的だと思っていたが、所々で自分と似ている部分があるように思えた。
「SNSをやってるならもう控えなさい。Q-key.333を相手にする以上、しばらくはタイムラインが名指しの罵詈雑言だらけになるわ。この先、どんなに努力しても結果がファンや実も結ばないどころか、返って辛く苦しいことばかりになる。それでも挫けそうになったら、今自分が言った戦う理由を思い出しなさい。あんたが自分を信じて背中を押してくれるその人は、あんたが大切にすべき最初のファンなんだから」
夢や目標を掲げた端から潰されてもなお、そこまで言い切れる決意があるならならきっと大丈夫だろう。
私は憧れの遊生澄香としてではなく、ライバルの天水晴那として、合格だと伝える代わりにこれからの戦いの中で為になる助言を美祿に送った。
険しい実体験に基づいた現実味しかないきついアドバイスを送られた美祿は、意外そうに目を丸くしたかと思うと、あの天水晴那から助言に乗せて応援されたと感づいて勝ち気な笑みを浮かべてスキャナーを構え直した。
自分から切り出した余計な質問が、美祿の過去話へと針路がかわってしまったが、肝心の勝負はまだ終わってない。
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