シルクなブランド〈イェーストコクン〉
天水晴那 AP0 VS 登坂しおり AP0
長い夜の中続いていた試合が終わったはずなのに、観客は追加された祭りに喜ぶように、はじめの頃と変わらぬ勢いで歓声を上げ始めた。
最初にズームしてモニターに映したのは、先行をとった登坂しおりだ。
「私のターン! ドロー!」
宣言と同時に、しおりがマイク型のホルダーに備わったデッキの上からカードを1枚抜いて手札に加える。
「フフフ、完璧な手札ね。運命はあなたの暴動を止めるように言っているわ」
扇に広げた5枚の手札を見てそうほくそ笑んだしおりは、その中から一枚抜いてスキャナーの柄から広げられた虹色のプレートに設置する。
「私は〈イェーストコクン マルベリートップス〉をコーデ!」
その直後、それまでQ-key.333のユニフォームである専用の制服から、カードに描かれていた衣装へと変わっていった。
マイク型スキャナーの動力となるプリズムストリーム。
未だに解明されていない未知の物質を利用して、映写機よりもリアルに持ち主に仮装映像による衣装を投影させる、今やエンプリスを用いた対決の目玉となっているシステムだ。
紺色をベースに深紅の装飾が入ったブレザーから、ベリー系の果物――というか名前の通り真っ黒な桑の実をモチーフにしたファンシーなデザインのトップスだ。
「完璧な手札だわぁ~~運命は~~って言っておきながら、APたったの300かよ!」
マイクの形になっても意志まではあるのか、相変わらずのビャコが悪意あるものまねとともに野次を発する。
「そんな雑なプレイをするような奴が、この大会で優勝できるわけないでしょう」
しおりが出したコスチュームのAPは限界である3000ポイントの10分の1しかない。
だが、コスチュームにはAPのほかにも特殊な効果を備えているのもある。
それが使用者に有利となるか不利となるかは使い方次第。
ただ一ついえるのは、初っぱなから低い数値のカードを堂々と出したということは、その場にふさわしい効果を持っていてのことだろう。
「私は〈マルベリートップス〉の効果を発動!」
まるで魔術を唱えるかのようにしおりが宣言したとたん、着られた衣装が力を解放させるかのようにまばゆい光を発し始めた。
『〈マルベリートップス〉がコーデされた時、手札から〈マルベリースカート〉を追加でコーデさせることができます』
しおりとは違う女性の声が、機械めいた口調で対戦相手である私にも伝わるようにカードの効果を説明した。同じステージで傍観している赤い眼鏡の司会者からじゃない。
今の声は、しおりのスキャナーに搭載されたAIマスコットによるアナウンスだ。
「なんだ? 上位ランクのアイドルに配布される人工マスコットには音声ガイダンスが流れるのか? ハイテクだなぁ」
「本当はあんたもその役を担ってるんだけどね」
そもそもQ-key.333の人工マスコットは、勇作プロデューサーがアイドル時代に活躍させたオリジナルであるビャコ達を元に作られたはずなのに。
そんなビャコからいつも対決時にでるのは、現在の対決どころか明日に使えるか微妙な豆知識とか、笑えないジョークや無駄話しか出てこない。
「その効果で手札から〈マルベリーシューズ〉を追加コーデ!」
本来は自分のターン中、自分の手札からコスチュームを出す”コーデ”は一度しかできない。
だが、今のしおりの様にカードの持つ効果によって追加で出せる場合は何度でもできる。
これをルール上、追加コーデと呼ぶ。
トップスの効果によって追加でコーデすることが許されたしおりが、残り四枚となった手札から一枚を続けてプレートに乗せる。
それに併せて、今度はスカートの衣装が変化した。
桑の実という粒々とした果実をモチーフにしたトップスと同じ名前を関しているが、ボトムスとして着られたそれは桑の葉っぱで出来た履物という、いよいよ妖精のコスプレに近いスカートとなって出現した。
「効果を使って相手よりもコスチュームを並べて、数値をあげるのがセオリーだけどよ。それを使っても出したのもAP300で合わせて600ポイントってどうよ」
「狙いはそこじゃない」
「ええ、その通りよ」
ビャコとの会話を勝手に拾ったしおりが、これ見よがしに一枚のカードをちらつかせる。
「私の切り札はちょっと独特なの。なにしろ今着ている〈イェーストコクン〉ブランドのトップスとボトムスをコストとして脱衣させないと、手札から追加でコーデできなくてね!」
言うなりしおりはプレートに置いた二枚のカードをプレートから取り外す。
「天水晴那! あなたの非道なアイドル狩りもここまでよ!」
洗濯機を意味するランドリーという捨て場に2枚のカードを送った直後、着ていた仮装映像の衣装が粒子となって消えた。
その行程を得て、しおりが改めて空けたプレートに、新しいカードを置いた。
「出し惜しみはなし! 存分に見せてあげるわ! これが登坂しおりの誇る最高の衣装! 〈イェーストコクン シルキーモッスホワイトワンピ〉!」
桑の実と葉をあしらった上下の衣装と入れ替わって出されたのは、純白の生地が艶やかな花嫁ドレスのようなコスチューム。
しかし、手間のかかる行程を得た割には、着膨れのせいで着者をずんぐりとさせ、とてもアイドルの活動に適しているとは言いづらいワンピースだった。
ワンピース。
それは一枚でトップスとボトムスの二枚をかねる衣装だ。
当然、そのカードに与えられたポイントの数値も二枚分になってもおかしくないのだが――
「あらら、合計AP600だったのが1300になっちゃったよ!?」
「その割にはずいぶんと手間がかかっている。かえって損をしているというか」
「どゆこと?」
「〈エンプリス〉には、本来カードを出すためにリソースやコストを必要としない。つまり、あのワンピースを出すのに、別にあのトップスとボトムスを素材にする行程なんて別になくてもいいはず」
「ふぅ~ん、確かに」
パートナーであるアイドルの補助役であり、かつて勇作プロデューサーを名アイドルとして支えてきた経歴があるはずのビャコ。
だが、その伝説が本当かどうか疑わしいほど、〈エンプリス〉のプレイング知能を路程させる。
「そういえば、あのデザインもなんか意味ありげな意匠が施されてる気がするんだよなぁ。ずんぐりむっくりしているっていうか、内側に何かを隠しているっていうか……」
言われて初めて何かに気がついたビャコが、改まって登坂しおりの切り札をまじまじと見つめて、分析というか幼稚な予感を口にする。
「ふふふ、私はこれでターンをチェンジするわ」
天水晴那 AP0 VS 登坂しおり AP1300
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