期待の新人「福山美祿」
「さて、天水晴那。まずはここまで来た約束として、こいつから返してやろう」
ただの大げさなお迎え依頼という狂言かと思いきや、幸神の口から出た次のセリフは紛れもなく誘拐した奴の言う決まり文句そのものだった。
安堵のため息がぴたりと止むほど戦慄が走った私が思わず幸神と改めて顔を合わせると、その手には、いつの間にか解縛されていたビャコが捨て猫の如く首根を掴みあげられていた。
荒縄の捕縛と猿轡ですっかり毛並みが乱れまくったビャコが私に涙いっぱいにたまった目で見つめてくるや否や、幸神はビャコを私に向かって放り投げた。
「ええええん! 晴那ぁ!」
滝のように流れる涙と鼻水で顔がグジュグジュになったビャコが私の胸へ飛び込もうとしてくる寸前、私は反射的にはたき落としてしまった。
ビタンと音を立てて、ビャコがスタジオの床へとたたきつけられる。
「な、なんではたき落とすのさ……」
「ごめん、せっかくのユニフォームが汚れそうだったから」
つい手が出てしまったことは詫びるが、涙と鼻水が乾くまでビャコはそのままにしておいた。
「パートナーのマスコットにも冷酷とは。ずいぶんと師匠の影響を受け継いだようだな」
「そうか? 俺よりもずいぶんと優しく扱っているほうだぞ?」
このやりとりを目の当たりにして自分よりもましだといえる勇作Pを見る限り、白波勇作のマスコット使いは自他とも似認めるほどぞんざいだったらしい。
ビャコもこの性格だから、どういう扱いだったのかは容易に想像できるが。
それでも私や璃玖さんよりも勇作が一番好きだとおくびにも出さずに宣言するもんだから、ビャコの健気さは正直尊敬する。
「残り半分、勇作を返してくれるための要求は?」
草薙さんが私に代わって交渉を続ける。
「それこそが貴様等を呼んだ本題だ。天水晴那、手渡した情報を託した貴様のプロデューサーを返してほしくば、我が〈サンドリヨン〉が誇るこのエースアイドルと戦え!」
「えええええええええええええッ!」
誰もが緊迫のあまり口を紡ぐ中、唯一仰天の声を張り上げたのは、幸神がエースアイドルだと紹介されたあの女の子だ。
「どうやら、その子がお前のお眼鏡に適う素質を持ったアイドルのようだな」
皮肉にも聞こえるが、草薙さんがお眼鏡に適うなんて表現するほど、幸神総一郎もとい幸神Pの審査は厳しいらしい。
「彼女の名は福山美祿。人の業によって鈍色がかったこの空に、真の虹を架ける選ばれし者だ」
「なにそれ格好いい! 今度からあたしが言ってもいい?」
なんとも妙に肌寒いポエミーなキャッチフレーズを付けられた美祿は、過剰な期待に圧されたり、恥ずかしがるどころか、逆に目をキラキラさせて喜んでいた。実力を認められたというよりも、単に好みの波長が合ったのもスカウトした要因かもしれない。
というか、まだ可能性でしかないのにそんな詩的な紹介をするあたり、幸神Pはその女の子を偉く気に入っている様だった。
「福山……美祿?」
幸神が女の子の名前を言ったとき、私の頭に引っかかっていた記憶の断片が一気に蘇った。
そうだ、思い出した。
この女の子の名前は福山美祿。
去年開催されたQ-key.333のメンバーとの長時間の握手兼サイン会の権利獲得大会で優勝して会いに来てくれた、遊生澄香のファンだった子だ。
あの時、握手しながら、私を目標にQ-key.333のオーディションを受けると宣言してくれたが、所属が違えど夢であったアイドルになれたようだ。
いや、むしろアートマンストラじゃない事務所の方が安全だろう。
「お、おい、総一郎! いくらなんでも無茶だ! Q-key.333のメンバーよりも先に天水晴那と対決なんて! 相手は一週間で【黄黙天】と【紫智天】の二人を討った神殺しだぞ!」
エースアイドルの肩に乗ったリユが、元々鱗で青いのにさらに血の気が引いたように青ざめて幸神に抗議する。
「私は勝てとは言ってない。だが、ここであの二天を落とした天水晴那相手に無残にも敗北するようなら、〈女帝〉の地位など夢のまた夢だ」
復讐を抱いてQ-key.333に挑む私たちとは違って、幸神率いる〈サンドリヨン〉の目的は、正当ともいえるほど純粋で真っ直ぐだった。
今では最強の芸能事務所アートマンストラを前に、どの事務所も尻尾を巻いて挑戦を諦めてしまったことで廃れてしまったが、自身のスカウトしたアイドルを頂点まで届けさせるという本来あるべき風潮を幸神は蘇えらせようとしていた。
「アルカナカップシリーズの開幕は近い。このシリーズを制覇するために私自らがデザインしたコスチュームのより高度なデータをとるついでに、美祿を表舞台に出せるかどうかを、この戦いで見定める!」
「た、確かに腕試しとしては、この上なく最高の相手だ。だけど、今の天水晴那の実力は未知数だ。力量を測る物差しになれるとは思えない。高すぎるハードルはぶつかった脛みたいに心が折れるどころか、落下して粉々にもなるんだぞ!」
「私が見いだした逸材が、ただの敗北ごときで戦意を失うほど脆弱だとは思っていない。第一、美祿はすでにやる気だぞ」
身を案じるマスコットの心配をよそに、当の美祿は幸神プロデューサーの提示する無茶なハードルにビビるどころか、目をキラキラさせて素直に喜んでいた。
「さすがプロデューサー! 練習試合の相手に、あの天水晴那を手配できるなんて! まさかデビュー前に、こんなすごい人と戦えるなんて!」
アイドルになりたかった動機がアニメの主人公みたいに諦めず、強い相手でも勝敗を気にせず楽しく、かつ絵になるほどかっこいい対決をしたかったからだと美祿は語っていたが、あの目標から逸れることなく真っ直ぐに自分の道を進んでいるようだ。
夢への一歩が踏み出せて私にも嬉しいという感情がわき上がるが、一方で思わず目を背けたくなるほど、羨ましくて眩しい存在にも見えていた。
「今話題の天水晴那をスパーリング相手に指名するとはな!」
さっきまでグズグズと床に伏せて泣いていた涙が収まったようで、そんなヤジが飛ばせるほど涙と鼻水が乾いたビャコを私は改めて抱き上げる。
「相手したら熨斗までつけて返してくれるっていうんだから、乗るしかないわ」
正直、頑張れの一言で済ませたいところだが勇作Pに貴重な情報までおまけで付けられては戦わざるを得ない。
抱き上げた腕の中でマイク型スキャナーに変形したビャコを改めて握りしめ、ホルダーから出したデッキをセットして虹色のプレートを噴射させる。
「福山美祿の戦績はまだ記録にないが、プロデュースしたのはあの幸神総一郎だ。お前同様、元『サーッキットトライブ』の一人が徹底師事されたアイドルだといっても過言じゃねぇ」
直接対戦したことはないが、始めたてからごくわずかな期間で優勝をもぎ取れる実力があることは知っている。
本当は彼女の相手を丁寧にしている暇はないのだが、今回ばかりは密かに美祿のもう一つの夢を叶えてあげることにした。
「それと、リユ――美祿のパートナーのことだが、一応オレの同期……つまりスペック自体はオレと同性能だ」
「見る限りでは口周りの早さや勤務態度は正反対みたいだけどね」
調子に乗られると癪だから口にはださないが、やるときはやってくれる上にしれっと土壇場でスキルのプログラミングまでできるビャコと同性能ということは、サポート面では無機質なアシストAIを持つQ-key.333よりも手強いようだ。
「言っておくが、オレの方が上手いジョークいえるんだぞ!」
「何のマウントだよ!」
その突っ込みは、笑えないほどのジョークセンスという哀れにも不名誉なマウントを取られたリユから飛んできた。
「美祿、言うまでも無いが奴は強敵だ。心してかかれよ」
「うん! 失礼の無いように頑張るよ!」
素直に返した美祿が手を開くと、リユは肩からジャンプして青いマイク型スキャナーに変形しながら美祿の掌へと飛び移った。
同じくデッキをスキャナーにセットし、読取部となる虹色のプレートを展開させる。
白虎と青龍。
伝説の生き物を模したマスコットをお供にした二人のアイドルが対峙した時、密閉している小さいライブスタジオに、虹色の風がそよ風となって薄らと吹き込んできた。
「よし、始めろ!」
幸神の一声をゴングに、私と美祿は同時にエンプレス開始の号令を叫んだ。
「「アイドル――オンステージ」」
天水晴那 AP0 VS 福山美祿 AP0
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