〈エンブリオン〉への経過報告
「どうした?」
「なんか、会話がスムーズに進みすぎて違和感が。所々一言足りない気がして」
「ビャコがいないからじゃないか?」
そうだ、そのせいだ。こういう真剣な話の最中にくだらない冗談を挟む役のビャコがいないから、妙な物足りなさを覚えたんだ。
「なんだ、お前? オレがいなくて寂しいのか?」
この場にビャコが乱入すれば、確実にいいそうなセリフと憎たらしい顔が脳裏によぎる。
寂しいといわれるのが癪に障るが、逆にすんなり話が進みすぎる方が違和感だと思うくらい私の感性もどうかしているようで、頭を振って頭の中のビャコをかき消した。
「そういえば、肝心のプロデューサーは? ついでに、そのビャコも」
「勇作なら、今朝〈エンブリオン〉本社に行ったぞ」
「本社に? 何かあったの?」
「これまでに何かあったから、その報告に言ったんだ。報告事項は3つ。一つは、〈アクアクラウン〉の今後の販売方法の追加と新作の企画だ。リクの一件からプロデューサーである勇作自身の精神面とスタッフの安全を考慮してショップでの営業を停止していたが、お前と出会ってから業務に戻れるくらいまで心が安定したみたいで、しばらくはネット通販主流で運営をするそうだ。新作はそのネット通販開始記念だ」
「〈RDティアーズ〉の新作導入や私のレッスンをする傍らで、ちゃんと〈アクアクラウン〉の運営もしていたんだよね」
ストイックな性格故に仕事熱心なのは勇作Pらしいが、一方で私以上に寝る度に悪夢に魘されて就寝自体を拒否するぐらい精神が安定していないのも事実。
覚えのない汚名のせいで人前に出られなくなった私を偶然拾い、復讐を誓うまでは、皆から療養を薦められるレベルで弱っていたはずなのに、果たすべき復讐と平行して普通の業務までこなそうとする勇作Pを見ていると、無茶が祟って再起不能になるのではないかと不安になる。
「本来のモデルである璃玖がいない今、試着や機能テストにプロのお前がいてくれて本当に助かってるよ。小遣い程度だが、お前の給料もそのモデル代での稼ぎだからな」
「帰るに帰れない私に、暖かい寝床を貸してくれるんだもん。一宿一飯の恩義だと思えば、お安いご用だよ」
お店というよりもデザイナーである白波勇作のアトリエ同然となったブランドショップ〈アクラクラウン〉は、帰らず寝ずの勇作Pのために宿直室まで設けられ、さらにはモデルアイドル在中を考慮して、防音施設のあるレッスン室に加えてシャワールームまで完備されている。寝泊まりするだけなら、居場所のない私にとって拠点である以上に、これほどの贅沢はない。
「二つ目は、〈アクアクラウン〉の所属とはいえ形式上では親会社である〈エンブリオン〉に雇用されたお前の状況と成果報告だ。勇作がお前を拾った勢いで復讐に使うって無理矢理言い出してから社長が一番不安そうだったが、ちゃんと安心できる報告ができそうでなによりだ」
会社にちゃんと報告できる内容というのが、勢いで拾った遊生澄香が、仇敵アートマンストラの誇るQ-key.333から確実にメンバーをそぎ落としただけではなく、かつて本人が越えられなかった高ランクの強敵『ディーヴァス神姫』から二人も落としたという勝利報告ならば、流石のあの社長も有無はいわないだろう。
何しろ、私達の復讐のせいで芸能界は今現在進行形で揺らいでいるのだから。
改めて口にすると、昔の自分でも信じられないことだ。
「三つめは、葉鳥朔真と雨羅刹那から得た情報の報告だ」
言わずもがなこれが勇作Pの報告すべき一番の要所であり、私は思わず口が引き垂った。
「今回得たアートマンストラの秘密は、今までのより遙かに重要度が高い。奴らの抱えた闇は、とても俺たちだけで晴らしきれる濃度じゃないからな。それに、俺たちよりも顔が広い社長や専務にも報告することで、何か別の情報に直結する可能性もある。与える人物は一人でも多い方がいいだろう」
「そうね。報告するなら、あの会合に参加していたビャコの口から直接伝える方が正確かも」
「俺としては、ミーティング中にビャコらしく余計な一言添えたせいで、社長直伝の婚姻適齢期ギリギリパンチを食らわないか心配だよ。ハハハ!」
確かにところかまわず無礼講なビャコなら息を吐くように言いそうだし、そうした場合どんな目に遭うのか容易に想像がつく。
それを笑えるジョークとして言った後で、草薙さんがドッと笑い声を挙げる。
だが、肝心の話し相手である私が笑いで応えないこともあって、一人爆笑の声だけが空しくバックルームに響くだけで、徐々に笑いの勢いが下がり、やがて巻きが切れたゼンマイのようにぴたりと止まった。
「済まない……。これでも笑わせているつもりなんだ」
「気にしないで。私が重傷なだけだから」
遊生澄香から笑顔が消えた原因は、師事する勇作Pや草薙さんと出会ったからじゃない。
それは何度も説明しているはずなのに、草薙さん達は、私から笑顔が消えたのは復讐に突き動かした自分達の責任だと負い目を感じているらしく、ビャコがおもしろくない冗談を言うように草薙さんもことあることに笑わせて治そうとしてくる。
それは痛いほど伝わってくるが、何をやってもクスリとも笑えないことに、私はいつも申し訳なさを覚える。
そんな時、気まずい空気を変えてくれるように草薙さんの腕時計が短く鳴った。
改めて私も壁に掛けられた時計に目を移すと、時間は正午を迎えていた。
「おっと、腹が減ったと思ったらもうこんな時間か。よし昼飯にしよう。澄香は何が食いたい?」
腹の虫が鳴ったと言わんばかりにおなかをさすった草薙さんがスマホを立ち上げて、デリバリー用のアプリを立ち上げて尋ねる。
「服が汚れない料理って言ったら何がある?」
「おいおい、それ一日中着る気か?」
すると、時計や腹の虫に次いで今度はデスクにおかれた業務用のデスクトップPCからも、通知音が鳴り出した。
「ん? このメールアドレスは……」
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