共闘関係?〈ハオマネクト〉
「まるで朝三暮四のお猿さんみたいだね。ねぇ、朔真」
結果が同じなのに目先の特に拘って騙されるお猿の話。
去年の古典の授業でやった、故事成語のお話だ。
殿堂入りを疑問に思わなかった自分達は、朝に得るドングリに拘る間抜けなサルだと自嘲しながら刹那は朔真に話しかける。
だが、当の朔真は殿堂入りという言葉に踊らされて運営からサル扱いされていたことに相当ご立腹のようで、無言ではあったが腹のそこでは今頃国語辞典もびっくりのページ数で記されるほどの文句をため込んでいるだろう、額に青筋としゃくれた顎に胡桃皺を立てながら無理矢理笑っていた。
「『ディーヴァス神姫』が殿堂入りになったっていう話は公になってなかったの?」
「少なくともデザイナー達やミュージシャン達の間では広まっていないぞ」
刹那が友軍になるかどうかの件で『ディーヴァス神姫』が殿堂入りしたと口にしたとき、勇作Pや草薙さんがやけに不思議そうな顔をしていた訳がやっと分かった。
「ただ、もしかしたら私たち以外の、特にアートマンストラと懇意にしている業界人には、本当に殿堂入りだと説明して仕事をさせないように根回しをしている可能性もあるわ」
根回し。
信頼で商売をする世界にとって恐ろしいのは、業界人同士がつなぐネットワークだ。
まるで千里を駆けめぐる悪事や消えるまで七拾五日かかる噂のように、彼らのブラックリストに乗せられたら、もはや最後だと思うしかない。
「それでも、ファンは愚直でもバカじゃないわ。活躍の制限や収縮という理由で殿堂入りなんてされたら、勘のいいファンはすぐに真意に気がついてQ-key.333の運営を不審がるわ。情報社会が樹立して誰もが公式に対して自由に発言できる手段と権利を得た昨今の商売世界で、肝心のファン達からの信頼を裏切ることは、すぐ芸能生命への死に繋がるのよ」
誰にも悟られぬまま飼い殺しにする。
アイドルなどの表舞台に姿を出さなければならない業種の生き物は、写らない機関が長ければ長いほど、現実のタイムラインに飲まれていつしか人から忘れられてしまう。
出資者であり応援者であるファンとの信頼を失うことが死を意味するが、同時に誰からも忘れられてしまうこともまた、そのアイドルの死でもある。
「問題は、あなた達を殿堂入りにした本音がなんなのかよ。確かにあなたたちが強すぎるから、残る約300人にも何かしらの仕事を与えなければならない理念はわからなくはない。でも、その殿堂入りの認定を秘密裏にしたのは、あまりにも不審すぎるわ。傍から見れば、顧客が必要としている者を強引に隠して、無理矢理別の商品を売りつけるようなものよ」
自らが樹立させた統制システムへの反抗と、人気絶頂の稼ぎ頭に仕事をさせない根回し。
聞けば聞くほど、アートマンストラが企てる運営の全てが理解できなかった。
絶好の漁場を目にしておきながら、自らそっぽむいてしけた釣り堀に糸を垂らそうとするなんて。
そんな経営者にありまじき運営方法に、私はただ疑問を浮かべるしかなかった。
「ふむ、どうやら私たちは完全な第三者として暢気にこの組織の闇を傍から見るわけにはいかないようだ。我々『ディーヴァス神姫』にも、不可解な謎をかけられていたというわけだ」
殿堂入りという言葉に騙されて干されたことへの怒りは落ち着いたのか、お気に入りのベレット帽を被り直しながら朔真がいつもの調子にもどって興味ありげにまとめた。
「謎っていえば、ボク一つ気になったことがあるんだけど……」
珍しく真顔になった刹那が気になったことといいながら、改まって私の顔を見た。
「プロデューサーや劇場支配人達から殿堂入りを告げられた時、事務所に集まっていたメンバーは『ディーヴァス神姫』の七人だけだったんだよ。なのに、なんでメンバーじゃないすみっぺがそれを知ってたの?」
刹那の疑問に朔真ははっと気がついて、同じく私に顔を向けた。
「確かにそうだ。『ディーヴァス神姫』の殿堂入りの件は、エマ姉さんどころか、君のマスコット、ひいては〈アクアクラウン〉や親元の〈エンブリオン〉の面々ですら知らなかった。なのに、君は知っていた。君はどこで我々の殿堂入りの話を聞いたんだ?」
改まって元『ディーヴァス神姫』から顔を寄せられるほど注目され、流石の私も少し混乱した。
さっきまで普通に議題にしていたのに、無関係だった私が殿堂入りの話を耳にしていたことが、そこまで重大な事だったのかと逆に驚かされた。
「わ、私? 私はアーシャから聞いて――」
話の源である出来事を思いだそうとして記憶を巡らせたときだ。
さぁっと頭から血の気が引いたような感覚が走った直後、ぐらっと頭の中が揺らぎ、お腹の方から違うものが巡りかけた。
「き、気持ち悪い……」
強烈な吐き気が襲い、嘔吐きかけた私はとっさに口を手で塞ぎ、逆流を堪えるように蹲った。
「澄香くん!?」
「すみっぺ!?」
「どうした澄香! もしかしてさっきの弁当に毒が!?」
「弁当はあんたが私の分まで平らげてたでしょ……」
「ああ、そうだった。毒は入ってなかったんだ。しっかりしろぉ!」
「お願いだから揺らさないで……」
元からうっとおしいほど騒いでいたビャコだったが、今回はやけに声が耳に障る。
鼓膜が敏感になった、とうかその奥にある何かが刺激を嫌がっている。
小さい猫の手で揺すられたぐらいでは体は揺れないが、実際は触られるのも嫌なくらい体がかなりやばくなっていた。
正確に言うと、頭というか脳がグラングランと振り子のように暴れていた。
「あー、これはアレね」
「わかるのかエマ! なんなんだよ! 澄香はどうしちまったんだよ!」
プシュっと栓を開けた音を立て、エマさんは炭酸水の入ったペットボトルを差し出した。
「単なるヘリコプター酔いよ」
なんとか頑張って腕を伸ばしてボトルを受け取る。
だが、食道は水すら受け付けられないほど緊急事態のようで、ただ震える手で握るしかできなかった。
通りで真剣な話の途中でも、生欠伸が出るわけだ。
「もう少しでウチのビルのヘリポートに着くからなんとか我慢して。みんなも、お空でのお茶会はもうお終い。これ以上澄香ちゃんを混乱させると、酔いが悪化して情報じゃない何かを吐いちゃうわよ。ビャコくんも、グロッキーになった澄香ちゃんを迎えに来てもらうように、勇作君たちに迎えの連絡をしたほうがいいわよ」
謎が謎を呼びつつあるが、今までで一番有意義で貴重な情報を交換できたお空の上での会合は、天水晴那の急な乗り物酔いによって強制的に幕を閉じた。
「君はトップガンにはなれないね」
「刹那、それは吐いた後に言うもんだよ」
自分達をファンの前で栄光から引きずり下ろした張本人が乗り物酔いで吐く一歩手前まできている様を、二人はただケタケタ笑いながら茶化していた。
目の前にいる二人が私をどう見ているのかまではわからない。
同じ敵と謎を抱えたもの同士という仲間か。
それとも自分たちの思惑通りに動いてくれる都合の良い先兵か。
少なくとも潰すべき因縁の相手としては見てなさそうだ。
いや、もうこの二人が背負うのは元『ディーヴァス神姫』という看板ではない。
大きく息を吸って、ヘリのフロントガラスからの景色を見る。
そこには、このヘリが目指しているだろう高層ビルが、夜景に映える明かりとともに発着場の四隅に設置された赤ランプを点灯させながら、経営者の帰りを出迎えていた。
〈ハオマネクト〉
誰も巻き込まないで〈アクアクラウン〉と遊生澄香の三人(と一匹)だけで決着と落とし前をつけさせる戦いにするつもりだったが、この度〈ハオマネクト〉に移籍した二人と、勇作Pと知り合いであった葉鳥エマもまた、アートマンストラから不条理に嵌められた足枷を外すために、自らこの戦いに投じるつもりらしい。
頼もしいのやら、関わってほしくないのやら。
色々湧き上がる感情と共に思い巡らせている内に、もうダメだった私は到着する前に吐いた。
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