消されたモデル「達」の行方
「君たちの言うとおり所属はアートマンストラ名義になっていた。もちろん、アートマンストラのデータベースにも、所属メンバーとして彼女の名前があった」
名義はアートマンストラ。
すなわち璃玖がQ-key.333への加入に伴う移籍そのものは嘘ではなかった。
正式な書類を通して、その時だけ互いに円満な移籍をしていたとはいえ、大事な人の所有権が相手にあるという事実を改めて聞かされて、ビャコはため息と共にヘタンと座った。
「それだけじゃない」
とっさに朔真が付け加えた。
「何かきな臭さを感じた私は、正規メンバーである333人以外に、私たちが知らないメンバーがいないかもついでに探らせてもらった。そしたら案の定たくさんあったよ。大葉璃玖以外にも本来メンバーにいない名前が。さらにそれらを調べた結果、知らぬ間に登録されていた謎のメンバー達全員は、元各ブランドの専属モデルだったようだ」
「なんだって!」
「まさか、あんな目に遭わされていたのは璃玖だけじゃなかったのか?」
まさに衝撃の事実であった。
思わずヘリの中が微妙に揺れるほど、大きく驚愕の声を上げた私たちは驚きのあまり身を乗り出してしまった。
「あんな目に? ふーん。なんか、かーなーりー深刻な訳がありそうだね」
「ふむ、どうもQ-key.333の外では、かなりドス黒い闇が広がっているようだ」
興味本位で調べたことで、何か重大な秘密を知った刹那と朔真が、さも面白いネタを手に入れたかのようにニヤニヤと顔を向き合わせる。
「この事件に詳しそうな人といえば、他に誰がいるのかなぁ?」
「うーん、外部のデザイナーさんとかじゃないかな?」
朔真がわざとらしく悩む仕草をし、それに刹那がエマさんを見て答えた。
アイドル同士の会話からいきなりデザイナーへと話を振られた途端、座席から少しはみ出していたエマさんの頭が直ぐに引っ込んだ。
聞き耳を立てていたようだが、あれではまるで盗み聞きがばれたようなリアクションだ。
「ねぇエマ姉さん。〈ハオマネクト〉への移籍記念として、私たちにアートマンストラが生み出した闇について知っていることを教えてくれないかな?」
副操縦席のシートにしがみついて催促する朔真に、エマさんは唇を巻くほど拒否の顔をしていたが、相手が朔真と刹那のコンビでは完全に沈黙を貫けないと悟って観念のため息をついた。
「迷うわね。この話題はあまりにもセンシティブなの。年頃のあなたたちに聞かせるのはかなり残酷すぎて、私には無理かも。せめて、一番の当事者である〈アクアクラウン〉の人。今は代表できているビャコくんに許しを得ないと」
「代表ってほどでもないがな」
もっとも事件に関わらされた当事者であることには変わりないが、その語り部をたらい回しにされたビャコも、自分の口をもってしても話し辛いといわんばかりに答えた。
ただ、この空飛ぶ個室の中で、唯一事件の詳細や顛末を知る正式な〈アクアクラウン〉のメンバーは、マスコットであるビャコしかいない。
「ふぅ、わかった。お前達が謀反を翻すって言うんだから選別として教えてやる。だが、途中で気分が悪くなったらちゃんと言えよ。それくらいひどい出来事だったんだ」
ようやく話す決心がついたビャコだが、腹を割って話す場所に私の膝の上へと変えた。
気持ち悪くなったらと全員に善意で警告をするが、一番話して辛いのは自分だと言いたげに、私に虚栄すら張れず萎れた背中を見せた。
ビャコは朔真と刹那に全てを話した。
〈アクアクラウン〉が、アートマンストラから受けた実害の全てを。
私は事実上、二度目として大葉璃玖が現在も味わっているであろうあられもない惨状と、それを無理矢理見せられた勇作Pや草薙さん、そしてビャコの悲痛な想いを聞くことになった。
そして聞かされる度に、自分達がいたその裏で、耳を疑いたくなる地獄絵図が併設していたことに、改めて身が竦むほどの恐怖を覚えた。
「これは、確かにひどいね……」
「そうだね。エマ姉さんに話をつけといて正解だったようだ。下手をすれば、こちらも同じ目にということもあり得えたかもね」
自分達と敵対する天敵の正体までは余裕で感知できても、まさか自分達が所属していた古巣でそんな人の道にはずれた所行が横行していたことまでは考えが及ばなかったのか、興味本位で耳を傾けていた二人も流石に笑顔が消えていた。
「この件は私の耳にも入っていたけど、噂程度でしか知らなかった。なによりも対象はQ-key.333ほどの化け物グループを生み出したアートマンストラ。嫉妬故に彼らを悪く言う情報は真贋を問わず出回っているから、余計に信憑性はないに等しかったの。でも、ビャコくん達が彼女の為に動いたってことは、それは本当だったわけね」
「でも、これって普通に警察案件じゃないの? ただの不祥事じゃ済まないよ」
刹那が至極まっとうな意見を挟んだ。
「そう思うだろ? でも、ポリ公共はまるで相手にしなかった上に、危うく肝心の証拠が奪われそうになったんだ。第一声がよくできたAVですねって笑って言いやがったときは、どうしてやろうかと思ったくらいだぜ」
立てた中指にギラリと爪をむき出して、ビャコが口を歪ませながら言った。
秩序と法律を遵守するはずの警察の対応としては考えられないことだが。
既に時の人となった元タレントが一人で作った中小のアパレルショップと、世界的に有名なアイドルグループのどっちを信じるかの天秤にかけられたというわけだ。
「実は朔真からそれを聞いて、私なりに聞き込みしていたの。中には勇作くんみたいに前から仲がいいデザイナーさんもいたから。でも、残念ながらどのブランドも話が聞ける状態じゃなかった。あるショップは完全に閉店してるし、いつも通り開店していたとしても肝心のデザイナーとは会えなかったりで、実際のところどうなっているのかわからない」
「内部状況もさることながら、公開情報もだいぶ滞っているみたいなんだよね。どのブランドも、あれっきりモデルアイドルによるお披露目ライブどころか、公開ランウェイすらしてなかった。いわゆる低浮上ってやつかな?」
エマさんの発言を裏付けるように、刹那はスマホを取り出してその画面を見せた。
「モデルアイドルを潰す。そんなことをして一体何になるの?」
同じアイドル業とはいえ、そもそも純アイドルの私たちとは活動内容も違う上に、接点すらなかったはずだった。
「活躍が目覚ましいモデルアイドルの存在が目障りになったから? この世で目立っていいアイドルはQ-key.333だけでいいとか?」
「それで運営自らが殲滅とはあまりにも効率がわるいな。本当に殲滅させる気なら、移籍など面倒なことをしないで、直接最高傑作であるQ-key.333をけしかけて公開処刑のショーをさせるほうが観客やスポンサーのためになる」
刹那と朔真も、なぜモデルアイドルがアートマンストラに狙われたのかの要因を予想する。
「移籍して所属事務所の登録を変更する意味は?」
「おそらく誘拐を怪しまれないようにするための隠れ蓑だ。奴らの所有物にしてしまえば、いざ捜索が行われた時に遠征だの仕事だの、自前で用意した寮で療養しているとか納得のいく理由を並べることができる。場所を聞いても、企業秘密やプライバシーの保護で全部済まされる」
これには業界に詳しいビャコが答えた。
「シロネコくんの話を聞く限りだと、今の骨無しポリスじゃあ、Q-key.333の運営が何を言ってもみんな全部納得しちゃうだろうね」
まるで人から奪ったものに、勝手に名前を書いて自分の物だと強引に言い切る子供の理論を聞かされているようだ。
しかし、それを不思議がらずに、普通に納得しているのが国家権力であることがなおさら嘆かわしい。
「運営のデータベースに侵入できたなら、もっと深く調べられなかったの?」
「勘弁してくれ。刹那と合流できたのは三日前の話だ。そもそも、こっちはさっきまでQ-key.333の企画運営を担っていた忙しい身だったんだぞ。君を招待するのに、いったいどれだけの時間と労力をかけたと思っているんだ? まったく君の強さときたら、あれだけ予算と鳶職共をこき使って短い納期で妥協完成させた大規模なイベントがわずか一日で無駄になったよ。今頃運営は未曾有の大赤字で悲鳴を上げているだろう、ああ晴れ愉快だ!」
その苦労話なのか賞賛なのかわからない皮肉は、私に向けたのか、Q-key.333の運営に向けたのか、とにかくマシンガン並の早口で眉間にしわを寄せたままの顔で愉快だと締めた。
知的でクールなキャラで売っていた葉鳥朔真の本来の姿は、自分の頭脳で必死に企てた計画が誰かの手によっておじゃんにされれば、敵味方の手であることは関係無しに機嫌を損なわれるタイプの人種だったようだ。
「でも視聴率はとれたから、運営的にオールオッケーじゃない?」
「いや、朔真のかました最後屁が強烈すぎて、運営陣の狸どもがスポンサーたちの前でかなり青い顔してたよ」
「せめて爆弾発言と言いたまえ!」
屁という言葉に反応して口だけ強引に笑っていた顔が、本格的に不機嫌になって朔真が訂正を促した。
ともあれ、約束の情報の提供から始まり、不本意ながら〈アクアクラウン〉がアートマンストラに戦いを挑む動機の共有までされた会合が、いよいよ根も葉も際限もない推測合戦になったところで、モデルアイドル達に関する議題は一端停止を余儀なくされた。
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