ランク58 登坂しおり
陽が落ちて夜闇が街を覆う頃にも関わらず、立ち並ぶ建造物が放つ明かりが、天上に映るはずの星海に勝るほど瞬く都会。
その中で、巨大なクロッシュの如く地表を覆っている大型アリーナが、まるでこの日の主役だと言わんばかりに、無数のスポットライトが放つ光の柱を乱立させていた。
あのアリーナに与えられた今宵の仕事は、今や知らぬ者はいない超多人数型アイドルグループQ-Key.333のメンバーが、新しいソロ曲をかけて、カードで競い合う決戦の舞台となること。
「ついに決まりましたぁ!」
そしてたった今、サイリウムの絨毯になるほど密集している観客達に見守られながら、一夜にかけて繰り広げたアイドル達のお淑やかながら激しい戦いに、ようやく決着がついた。
それまで中央部だけが劈くように眩しかったのが、突然ほの暗くなるまで光量が落ちる。
それに併せて、それまでがやがやと騒いでいた観客達もつられて静まりはじめた。
「激闘を制したのはランク58! 登坂しおり!」
赤い眼鏡をかけた司会者が勝者の名を高らかに宣言したのと同時に、一本のスポットライトが舞台の上で勝ち残った一人のアイドルを照らした。
Q-key.333所属のランク58 登坂しおり。
美人すぎず不美人でもない中の上と評価できる見目。
第一印象は割と近場でみかけそうな純情乙女。
一番のチャームポイントともいえる白のメッシュが混じる腰まで伸びた自慢の栗毛色のストレートは、降り注ぐ白光に照らされていっそう赤く映っていた。
一瞬の間をおいて、それまで緊張で口を噤んでいた観客達が押さえていた感情を解放させるが如く盛大な祝いの音に満ちあふれた。
鳴り響く歓声と拍手。
勝者として背後のバックスクリーンに度アップで顔を映し出されていたしおりは息を切らしながら呆然と佇んでいた。
ずっと夢の中を揺蕩っている感覚がまだ抜けていないのか、周り囲う歓声と拍手が自分に向けられた現実であることを改めて実感したのか、目にいっぱいに浮かんだ涙を隠すように一瞬だけ顔を覆う。
嬉しさのあまり泣きたかった気持ちを強引に押さえ、数多くいたライバル達を退けて勝ち残った誉れあるアイドルとして、目一杯の笑顔で観客達に手を振って答えていた。
「みんな~! ありがとう~!」
インカムを通じて彼女からお礼の言葉がスピーカーやアンプを経由して観客達に届くと、それに呼応したのか歓声と拍手のボリュームがもう一段階あがった。
「それではソロ曲争奪戦を優勝したしおりちゃんには、新しいシングルソング〈青い木蓮〉と、同名のミュージックカードが贈呈されまーす!」
マイクを片手にアナウンスしながら、まるで宝石かメダルの如くサテンのクッションに鎮座されたカードをしおりの元へ運ぶ司会者。
たった一枚のカードだが、それが同じスポットライトに照らされ、しおりはまるで宝をみているかのごとく口を被うほど感激する。
「それでは表彰式に映りますが、BGMは本大会で獲得した曲に併せて執り行いましょう! それではしおりちゃん! スキャナーにこのカードをセットして、今回きていただいたファンの方へイントロお願いします!」
「はーい!」
ファンサービスあふれる司会者の提案に、観客達は一層歓喜の声を上げ、しおりも意気揚々と提案を飲んでカードを受け取った。
「それじゃあ、今日この舞台の席で応援してくれたファンの方にサービス!」
柄に羽を思わせる弧型の装飾が備わったマイクらしき者を天に目掛けて掲げると、しおりの声に呼応して、その弧から突然虹色のプレートが噴出された。
「一足先に、この曲のメロディーだけ聞かせちゃうから、歌と歌詞はもう少しだけ待っててね!」
司会者から受け取ったカードを指ではさみ、背面に映るモニターを意識したのか、一度だけ自分の顔とカードを並べるように近づけて、観客に手に入れたカードの絵柄を見せつけた。
「それじゃあ、聞いてください! ミュージックカード〈青い木蓮〉! ミュージック……スタート!」
まるでラジカセに音楽を流させるかの様に、しおりがカードを虹色のプレートに叩きつける。
しかし、彼女がプレートにカードを載せてから数秒の沈黙が経過。
本来ならしおりが手にしていたマイク型の小型装置――スキャナーを経由して、アリーナ中の増幅器にカード内に登録された楽曲のデータがそのまま流れる手はずになっていた。
流れる曲に期待して観客がおとなしくなったことで、余計に沈黙が広がった。
「あ、あれ? どうしたの?」
いつまでも流れない曲に慌てふためくしおり。
改めてカードをもう一度プレートに読み込ませても、一音も流れなかった。
そのかわり、パソコンを扱うものなら誰しもが耳にしたくないエラーを告げる電子音が一瞬だけアリーナ中を駆けめぐった。
「お、おい! なんだよ、あれ!」
観客の一人がしおりの背後にそびえるモニターを指さして言った。
その一声を皮切りに、モニターに注目が代わり、徐々に響めきが起こり始める。
しおりもつられてモニターをみる。
そこには、予想もしなかったウィンドウが画面に映る自分を覆い隠していた。
「こ、これは!?」
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