奪われた楽曲
「どうしたんだ、草薙さん」
戻ってそうそうに悪態を吐く草薙さんに、勇作Pが駆け寄った。
「勇作、ビャコ、澄香。これを見てくれ」
駆け寄った勇作Pと顔を合わせるよりも先に、自分のデスクに置かれたノートPCを手に取った草薙さんは、私達がたむろしていた応接室へとそれを持ってくる。
マウスの代わりに狭いパッドに指を走らせながら、草薙さんはあるページを画面に映す。
それは私達の活躍を投稿している大手動画共有サイトYOUPIPEの中に設立されたQ-key.333の公式チャンネルだ。
「こ、これはっ!?」
新着と赤いラベルが張られた動画を再生したとき、勇作プロデューサーも徐々に草薙さんと同じくらい表情が険しくなった。
それは、次にQ-key.333が行うイベント告知。
アイドル同士によるカードゲームの対決も、今では一種のショーとして広まっているから、特に珍しいことではない。
しかし、問題はこの対決というトーナメント大会の優勝賞品として取り上げられているモノにあった。
楽曲。
アイドルにとって新曲の獲得は、喉から手がでるほど欲しいもの。
素人目から見る「歌って踊る」アイドル像の内、歌う部分の根幹を成すと言ってもいい一大要素の一つ。
今や芸能活動の礎はカードゲームの強さと比例されている昨今。
例え大会という公が舞台でなくとも、ファンが見ていない場所でオーディション代わりに争奪戦が行われていることもある。
新曲を得るための大会なんて、もはやファンも求めている立派なエンターテメントの演目なのだが、草薙さんの怒りどころは賞品として提示されている「楽曲」のタイトルにあった。
今回の大会に優勝することで得られる曲名は「青い木蓮」。
そして作曲者としてクレジットにあがっているのは、Q-key.333とは全く関係ない草薙さんの名前が申し訳程度に記載されていた。
「これって草薙さんの曲?」
「そうだ! この曲は、草薙の奴がQ-key.333に移籍する記念にあげた、あいつの曲だ!」
さっきまで暢気にしていたビャコが、牙をむきだすほど画面に向かって怒りを露わにする。
白波勇作Pが自身の建てたブランドショップを超え、芸能事務所〈エンブリオン〉そのものが、不名誉しか背負っていない私を拾った上に、Q-key.333という強大な組織を相手に無謀ともいえる対抗に協力してくれた最大の理由。
それは――復讐。
憎しみの発端は、バックルームに置かれたキャビネット側に掛けられた写真。
白波勇作が草薙亮と共同でプロデュースした〈アクアクラウン〉の開店を記念した一枚。
二人のプロデューサーという主役に代わってセンターに映っているもう一人の関係者。
貴重なはにかみ笑顔を見せる白波勇作や気さくに肩を組みたがる草薙さんとの間で、眩しい笑顔で映っている女の子がいた。
「あいつらッ! あの娘をめちゃくちゃにしただけじゃあ飽きたらず、持っていた物を全部厚かましく我が物顔で使い潰すつもりだッ!」
今にも血がにじみ出そうなほど、草薙さんは歯をきしませて画面を憎たらしく睨んだ。
写真に写っていた、あの女の子の名前は大葉璃玖。
その名前は私も知っていた、Q-key.333以外で有名になったアイドル。
厳密にはブランドショプに専属するモデルであり、所属する〈アクアクラウン〉ブランドのコスチュームのみを使用して、それ以外は通常のアイドルと同様に歌って踊りながら宣伝をする看板娘的な役割。
勇作Pのデザインした衣装や草薙さんの作曲した曲、その二つを巧みに扱う様はQ-key.333の運営の目にとまったらしく、改めてスカウトを受けて円満移籍。
だが、実際は自分達よりも頭角を現しかけた〈アクアクラウン〉という若い芽を潰す圧力を名目に利用され、彼女は死よりもツラい目に遭わされてしまった。
そして肝心の大葉璃玖の状態だが、〈アクアクラウン〉に見せしめとして送られた「史上最悪のビデオレター」での出演を最後に消息が不明。
私が知らない間に、彼女はQ-key.333の関係しているどこかに拉致されたまま。
その娘の話題が出る度に、私は罪悪感のあまり目をそらした。
それほど話せば長く、同じ人類ができるとは思えないほど嫌悪する出来事が、彼女をはじめ勇作P達〈アクアクラウン〉を飛び越えて〈エンブリオン〉という組織に消えない傷を付けた。
その闇と業の深さは、私に古巣であるQ-key.333と迷いなく敵対することを決意させるほどの邪悪な話だった。
「いや、草薙さん。これはチャンスかもしれない」
ぶつけるところがない怒りに熱くなっていた草薙さんやビャコとは反対に、顎に指を当てるほど冷静になって画面から目を逸らしていた勇作Pが突然そう言い出した。
「チャンスだと? どういう意味だ?」
「草薙さんの曲をこいつに取り戻させるんだ」
勇作Pはコイツといいながら、私の肩に手をおいた。
「取り戻すってどうやってだ?」
提案する計画の全貌が飲み込めていない草薙さんがオウム替えしに訪ね返すも、勇作Pはかまわずソファーに座り直し、自分のPCに向かってキーボードを走らせる。
「正確には曲を人質にして澄香、もとい天水晴那と「Q-key.333」と強制的に戦わせる状況を作る。公式チャンネルで大々的に宣伝をしているということは、それなりのランクをもったアイドルが参戦してくる上に、動画サイトを使わなくてもお茶の間に放送だってされる。ここで澄香が優勝者ごと葬れば、〈アートマンストラ〉への影響もただごとじゃあすまないはずだ」
「た、確かに今までの闇討ち撮影よりかは効果的な反応が望めるけどよぉ……」
憤慨の雰囲気から一転して冷静な計画の進行に、呆気にとられたビャコは私の肩に乗ってつぶやいた。
「曲を人質なんて、どうやるんだ?」
「幸いなことに、曲のクレジットはご丁寧に草薙さんになっている。でも、それは曲を無断で譲渡できる免罪符にはならない。もっとも、草薙さんが個別に運営とその曲の所有権に関して何らかの契約を交わしたというのなら話は別だが」
「そうか、著作権か! 曲に関する様々な権利は、まだ俺が持っている!」
やっと話が見えてきたことで、勇作Pの考えが理解できた草薙さんはパチンと指を鳴らしてスマホを取り出した。
「こう言うとき、嫌われ者の第三者機関ほど役に立つものはないねぇ。しかも、ああいうのに限って割と中立的にみせかけて訴えた者の味方をしてくれるんだぜ。税金喰らいのポリスメンよりも頼もしいねぇ」
プロデューサー二人がそれぞれの仕事に移ったことで、この狭いバックルームで私に構うのは肩の上でやかましく皮肉を垂らすビャコだけになった。
作曲者の許可を得ないままの曲の無断使用。
高校生でもやってはいけないと分かることを平気で行うQ-key.333の厚かましさに、私は古巣への失望を募らせるばかりだった。
「いくよ。ビャコ。二人の邪魔をしちゃあ悪いわ」
勇作プロデューサーのとっさの提案で一気に事務所内が忙しくなったのを察して、私はビャコを抱き抱えてバックルームを出ようとした。
「いくよってどこへ行くんだ?」
「レッスン室。プロデューサーの計画が実行まで進むんだったら、肝心の私がちゃんと果たせないと意味ないでしょ」
「自主レッスンは感心するけどよぉ、さすがに今日のメニューこなした後での追加メニューは体によくないぞ!」
「それに、あんたをこのまま放って置くと、プロデューサーの邪魔になりそうだから」
「ガーン!」
と明らかにショックを受けている心情を、わざわざ口で表現するビャコの声が真っ暗な売り場に響きわたった。
「お前、勇作に拾われてから性格変わりすぎだろ。Q-key.333にいたお前は、もっと真面目で明るかったはずなのに……。今は勇作そっくりの冷酷ガールじゃん……」
「うるさい」
変わった。
確かにそうだ。
私はあの時から、なにもかもが変わった。
いや、変わったんじゃない。
失ったんだ。
もう昔のようににこにこ笑顔でファンのために舞台に立つことはできない。
あの日を境に遊生澄香でいることが罪となった私を動かしているのは、「帰る場所へ戻りたい希望」と「自分からすべてを失わせた奴らへの復讐」だけ。
今はもう天水晴那として戦い続けるしかない。
戦い続ければ、いずれ真実があぶり出されて、元の自分に戻ることができる。
それを信じて。
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