臨時採用オーディション大会、予選開幕!
「――主催者が名指しで直々に招待したからとはいえ、本当にあのアイドルキラーのあんたまでオーディションに参加するなんてね」
さすがに胸の中でチアノーゼになりかけるマスコットを締め上げているアイドルを見かけては群衆の中で目立ってしまったのか、ここで一人の参加者が話しかけてきた。
「あんたは、確か……」
ブラウンヘアーのポニーテールに、ファーのついたダウンジャケットというラフな格好をしたこの参加者は、ビャコの説明によると――
「ケセランパセラン中井」
「なにえ!?」
天水晴那から突然謎の名前で呼ばれ、彼女は当然の反応として目が丸くなっていた。
「だから全部嘘だっていったじゃないか! ――ほぎゃあああああ!」
全然違った制裁として、今度はビャコの体をまるごと使って雑巾絞りの刑を執行する。
「こんな張り詰めた空気の中で堂々とお人形遊びで暇つぶしなんて、ずいぶんと余裕ね。流石はアイドルキラー様の度胸は伊達じゃないみたいね」
日本最大の競技場を満たすほど少女達が詰め合った中で、ケセランパセラン中井(仮称)はたまたま近くで天水晴那を見つけたのか、出会うなり嫌みを含めて話しかけてきたようだ。
「ぬいぐるみって……俺はこいつのスキャナーだよ」
「なんなら触ってみる? お腹の方を殴るともれなく変なあだ名をつけられるわよ」
「ああ、そうさ! 悪いのは全部オレさ! 殴れ! 殴れよ!」
喧嘩を売られたのかと思った私は、買い言葉としてそういいながらビャコを差し出す。
威嚇というか自棄になったビャコは、裏声になるほど迫真になって叫んだ。
「あ、あのさ、地味に反応に困るリアクションしてくるのやめてくれる?」
どういう反応を期待していたのかは知らないが、予想していた答えじゃなくて戸惑っているのか、ケセランパセラン中井(仮称)は、頭を押さえながら少し引いていた。
天水晴那という名前が口に出された途端、それまで私に目を向けていなかった周りの女の子達が一斉に目を向けてくる。
私に気づかず囲っていた輪島千春(仮称)や森泉(仮称)と村上綾子(仮称)と新谷知美(仮称)と大坪内理恵(仮称)と西川姉妹(仮称)と躍牙弘子(仮称)と川崎美紀(仮称)と前川御前(仮称)と花澤志紀(仮称)の目線までもがこちらに集まってくる。
「気を悪くしたなら謝るわ。嫌われ者らしく隅の方でおとなしくしてるから」
「嫌われ者? まさか! ここに来てる子の大半は、あんたに感謝している奴らばかりよ。あんたがあんな派手に暴れてくれたおかげで、あたしらにもチャンスが到来したんだからさ!」
どうも嫌みに聞こえたのは彼女なりの気さくな振る舞い方だったのか、ケセランパセラン中井(仮称)が話しかけてきたのは、どうも悪い感情を抱いて接近してきたわけじゃないようだ。
通りで目立つのが遅れているわけだ。
そもそもまともに人を捜せるような状態じゃないにしても、すれ違いざまに存在は確認したが、参加者にとっては目の敵にするほどでもないという認識だったらしい。
「確かに、人員不足を引き起こしてオーディションをするきっかけを作ったのは俺達だが……」
「あんたは強い。もしかしたら優勝して、いきなり『ディーヴァス神姫』入りできるくらいの実力がある。少なくとも、あたしはあんたを悪い目で見る気はないよ。それに、あたし以外の子があんたにどんな感情を抱いているかはそれぞれだけど、最後には、あんたに全てを掛けることになるから。その時は、みんなの夢をあんたに託すわ!」
このオーディションに参加しているなら、ファンでも憎き敵でもなく、同じ志を目指す強大なライバル。
そう伝えたいらしいケセランパセラン中井(仮称)は、勝手に皆を代表しているつもりだろうか、天水晴那の実力を認めた上で友好と健闘の握手として手を差し出してきた。
「――始まる前からそんな弱気で挑まれては困るねぇ」
求められる握手をどう拒否しようか迷っているところに、とある有名人の聞き覚えがある憎たらしい声が割り込んできた。
「【紫智天】!」
「葉鳥朔真!」
天水晴那とケセランパセラン中井(仮称)が向き合う丁度間の位置に、『ディーヴァス神姫』が一天、【紫智天】の葉鳥朔真がふっと沸いたように突然姿を見せた。
『ディーヴァス神姫』の登場に、それまでオーディション前という緊張感溢れる空気だったのが一転。
多少騒ぎながらも大人しく待っていた参加者全員が、生の有名人をみた素人の反応むき出しで一斉に騒ぎ始めた。
「いつのまにこの会場に!」
これほどの存在感を放ちながら、どうやってこんな密集地帯の中を目立たないようにかい潜りながら、私のともに接近できたのだろうか。
「いや、こいつはプリズムストリームによる立体映像だ。本物はここに来ていない」
冷静に【紫智天】を観察すると、ビャコの言うとおりノイズが走っているのか、【紫智天】の全身が時々乱れているのが見えた。
通りで『ディーヴァス神姫』独特の雰囲気を感じないわけだ。
「我々が欲しい人材は、肝心の天水晴那を葬れるレベルの実力を持った子なんだよねぇ。それくらいの自信と実力を持ち合わせていないようでは、今度の芸能活動は絶望的だよ?」
「すんません……」
虚像の姿で人前に現れたと思ったら【紫智天】からアイドルとしての志を説かれ、持ち前の明るさが急に引っ込むほどケセランパセラン中井(仮称)が萎縮してしまった。
「やぁ、天水晴那くん。招待を受けて来てもらって感謝するよ」
和平で楽な道を選ぼうとしたケセランパセラン中井(仮称)への説教が終わると、今度はやはりと言うべきか私の方へ向き変える。
目の前にいるのは立体映像だとわかっていながらも、私は反射的にフードを脱いでデッキケースに手を伸ばし、ビャコも私の肩に乗って威嚇する。
「おおっと、そんな目で見つめられても、君といきなり戦う気はないよ。会見で説明しただろう? 私と戦いたければ、この競技場に参加した夢見る乙女達の頂点に立ってからだとね。ただ、他のアイドル候補生の合否与奪の義務を背負わされてしまうけどね」
「無関係な子達の夢や努力を人質にする気か? 感じ悪いなぁ」
ビャコが顔を顰めて揶揄する。
「それは君の立場による評価だろう? 私からすれば、これを機にキミという強力なアイドルが仲間になれば、今まで以上に優秀な戦力を獲得できる上に、もう闇討ちにおびえる必要もない。ついでにあいたランクの穴埋めもできて利点だらけだ。そんなチャンスを掴むために、少々手荒な真似をするのも致し方ないだろう?」
「私に人倫を訴えても無駄よ。私は副賞のデッキをもらって、ついでにあんたの首をもらう。それだけのために参加した」
「おや? おやおやおやぁ?」
このオーディションに乗り込んだ理由をはっきりと主催者に言い放つと、【紫智天】は見下したような笑みから、わざと驚いたような顔になってジリジリと私の顔へ迫った。
「私はあくまでついでだと言うのかね? 流石は神姫殺し。ついこの前討ったランク5の【黄黙天】より一つ下のランカーは雑魚同然と言いたいようだ。いいだろう、今のセリフを選手宣誓として受け止めさせてもらおう」
悪酔いした酔っ払いのごとく絡むその内心は本気で怒っているのか、それともそれさえも小粋な返しのつもりなのか、私の言葉を真摯に受け止めてくれたらしい【紫智天】はそれだけ言ってクルリと踵を返した。
「さて、採用希望者諸君、長くてじれったくて退屈でもどかしいだけのオープニングセレモニーはこれで終わりにして、早速予選となる舞台を紹介しよう」
いつの間にかスピーカーと接続していたのか、いきなり主催者として振る舞い始めた【紫智天】が、本当に開式の辞を適当に切り上げて指をパチンと鳴らした。
少しぐらつくほどの小さい地響きが起こったかと思えば、この競技場の隣に建っているドーム――勇作Pや草薙さんが帝都体育館の天井が真っ二つに割れ、そこから何やら城のような建造物がゆっくりと姿を現した。
「あれが予選会場?」
城なのは間違いない。テーマパークのアトラクションと言えば説明は簡単だろうか。
ぱっと見は劣化版サクラダファミリアというか、ごつい砂城というか、むき出しになった岩肌に意味ありげな出入り口用の穴があいている岩石の城が、都会のど真ん中に落城した。
「おいおい! 〈エンプリス〉はアイドル同士によるお淑やかなカードゲームが売りなんだぞ! こんな設備、まるで男児向けホビー漫画の大会みたいじゃねぇか!」
男の子向けのホビー漫画とはビャコにしては言い得て妙な表現だが、私が昔アニメでみた〈エンプリス〉の販促アニメでも、だいたいこんな場所で競い合っていた記憶があった。
「君のおかげで中止になった運動大会用の設備が無駄にならなくてよかったよ。それに、全日本レベルのオーディションを開催するのだからな、これくらいはやらせてもらわないと」
確かに今この競技場に集う参加者を手早く、公平に篩を掛けるには、この方法を用いる方が、手荒だが決着まで早く事が進行できる。
納得できる予選進行だが、普通に適応すべきなのかどうかは流石に迷った。
「さぁ、諸君! 本戦への切符はあの中だ! ルールは簡単! 隣の帝都体育館に聳えるあの城の中へ入り、階層ごとで合間見えるだろう対戦者を蹴散らしながら制限時間内に深淵を目指すこと! 例え相手がそこの天水晴那だろうとも、勝ってしまえば次の階層に進める! ただ勝つこと以外、余計なことは考えなくていい。存分に〈エンプリス〉を楽しむがいい、以上だ!」
「あいつ、知的キャラが売りなのに随分と発想が脳筋だな」
鷹揚とした大げさな身振りで壮大な口調で説明しながら、随分と短くて雑な予選のルール説明に、ビャコが揚げ足を取るように茶化した。
「本当のインテリは、他の脳筋野郎を巧みに扱える奴のことを言うのよ」
その証拠に、開催と開幕を同時に告げられた参加者一同は歓声を上げ、まるでマラソンでもするかのように我や先と新帝都闘技場を抜けて、隣の帝都体育館へ全力で疾走し始めた。
誰もが主催者の立体映像どころか、選択次第で全てを決める天水晴那の存在すら気にとめることなく、氾濫する豪雨の河川のごとく人が流れていく最中に、開幕を告げ終えた【紫智天】の映像が改まって私に向き直った。
「さぁ、賽を投げたぞ。せいぜい、そこいらの無名相手に無様に敗退することのないように」
忌々しく忠告する【紫智天】の映像をかき消すように腕を振って払いのけ、私も雑多に紛れて帝都体育館を目指した。
頬を撫でるプリズムストリームの風に紛れて、【紫智天】の不適な笑いが私の耳朶にこびり付いていた。
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