副賞という人質にとられた私の魂
「ああ、そうだ。副賞として優勝者には、この〈ハーシーパドマ〉ブランドの〈ウォルターリリー〉シリーズのデッキをプレゼントしよう」
とってつけたようにいきなり副賞の存在を公開した途端、私は反射的にテレビを掴むほど顔を迫らせた。
勇作P達は驚くが、何も言わず隙間から画面を見ようとするか、諦めて音声に耳を傾ける。
【紫智天】が紙束ではなく一枚一枚を並べて額縁に入れて見せたのは、確かに〈ハーシーパドマ〉ブランドの〈ウォルターリリー〉シリーズ。
わざわざ額縁に入れてまで中身を丁寧に披露あのデッキの中には、元ランク9である遊生澄香が愛用していたコスチュームと、世界に一つしか無いはずの遊生澄香の持ち歌が記録されたミュージックカードが確かに映っていた。
間違いなく、不正の証拠と称して運営の横暴で没収されてしまった私の大事なデッキそのものだった。
「ただ、条件や制限はかなり大目に見たが、もし天水晴那も参加したとなると話は別だ。この会見を見ているかどうかは知らないが、天水晴那くん。君の参加も受け付けよう。できれば、私自らが直接招待したいくらいだ」
テレビのスピーカーから天水晴那の名が耳朶に触れ、私は我に返って画面から離れた。
「私は君の強さを認めよう。認めた上で、君のことが知りたい。なぜ君は我々と戦うのか、そもそもなぜ君は我々と戦う必要があるのか。君の戦う目的は? 戦うことで得られる欲求は?
それをこのオーディションではっきりさせたい。いや分析したい。
もしも、君の暴れる理由が仲間入りなら、この会場に来ればかなうはずだ。
だが万が一、仲間になること以外であるのなら、このオーディション会場に来るがいい。私は会場で君のために首を綺麗に洗って待っておくよ」
画面の中にいる【紫智天】が、名指しでこちらに挑戦状を言葉にして送りつけてくる。
嫌な汗が噴き出す。
ここでやっと私は【紫智天】の目的が理解できた。
運営から人事権を一時的に得られたのも、大規模なオーディションを開催するのも、補充の次いでに天水晴那をおびき寄せるため。
遊生澄香のデッキを副賞にしたのは、勇作Pや草薙さんの時と同様に、確実に私にこのオーディションに来させるための心理的要因のため。
「さて話が少し脱線したが、もし天水晴那が参加した場合の採用条件の変更について補足させてもらおう。もし天水晴那が途中で敗北した、もしくは優勝した天水晴那がQ-key.333に加入することを選択した場合、天水晴那をランク5として迎え、それ以下の順位の者は空いているランクの席だけ通常通り採用しよう」
ただし! と強調し、これから先に話す内容が一番重要であることを伝わらせるように、一拍だけ演説を止めた。
「優勝した天水晴那がQーkey.333への加入を拒んだ場合、全参加者は我がグループに必要な実力に満たなかったものとして問答無用で不採用とさせてもらう」
「そういうことか」
「あくまで本命は澄香か!」
「……っ!」
「斬新通り越して異常だなこりゃあ」
【黄黙天】は『ディーヴァス神姫』全員が運営より天水晴那を潰すように命じられていたと言っていた。
だが【紫智天】はどうやら無闇に潰す計画に加えて、仲間として引き入れることで無力化する算段も企てているようだ。
「なぁに、そんな不安になることはないだろう? 要は、採用希望者である君達の誰かに天水晴那に勝てる実力さえ持っていれば、何の問題もないのだから。彼女に負けてしまうような雑魚はウチに必要ないと仰る運営のご機嫌を取って、天水晴那の選択次第で万が一負けても夢や希望も与える可能性を提示する私は、温情がある方じゃあないか?」
合否の最終決定は天水晴那の選択によって左右される。
天敵に未来のメンバーの未来を委ねるという普通ならあり得ない採用手段に、撮影している報道陣が響めき様を表すように、カメラのフラッシュを焚きまくる。
「それでは一週間後に新帝都競技場で。私は未来の仲間になる可能性を秘めているであろう、みんなの参加を待っているよ」
最後に澄ました様な笑顔で【紫智天】はカメラに向かって手を振りながら演説を締めた。
会見は終わり、映像が元のスタジオに切り替わるまでフラッシュが増して拍手の如くより一層断続して焚かれ続けていた。
カメラがスタジオに返却され、元芸人の司会者や文化人気取りのゲスト共が他人事のように暢気な感想を述べているが、私の腹の底は正反対といえるほど煮え立っていた。
今の感情をなんと表現したらいいのかわからない。
ただ、お腹が煮えくり返っているって言うべきなのだろうか、胸の下というか胃の中というか、そこに溜まっている体液が嫌に熱くなっているのを感じた。
副賞にされたのは、間違いなく私のデッキだ。
憧れだったQ-key.333に入るために、故郷の家族や友達の応援が衣となって私の背中を押し続けてくれた大事な宝物。
それが、勝手な理由で奪われたあげく、賞品として他人に譲渡されようとしている。
あのオーディションで優勝すれば取り返すことができる。
でも、【紫智天】があえて私のデッキを選んだ時点で、紛れもなく罠にしか見えない。
そう、明らかな罠だ。
でも、どうにかして取り返したい。
故郷のみんなが私のために作ってくれた大切なデッキが。
あいつから――オーディションに参加する奴らより先に取り戻したい。
奪還したいと本音が込み上げてくるが、私は懸命に理性を働かせてぐっとこらえた。
「〈ハーシーパドマ〉の〈ウォルターリリー〉シリーズといえば、澄香のデッキだったな」
「きっと罠よ」
思い出して尋ねてくる勇作Pの言葉に、私は次の話がでる前に割り込んで制した。
「大丈夫だから。私にはプロデューサーや草薙さんの作ってくれた衣装や曲でも十分戦ってこれてる。きっと刹那がリークしたんだわ」
きっと今までも草薙さんや勇作Pも同じくらい腹に据えかねる思いをしてきたんだと思う。
だけど、今回はおびき寄せる標的が違う。
今までは天水晴那をおびき寄せるついでに協力者を洗う方向で罠を張っていたが、今度に限っては一番正体がばれてはいけない執行者である天水晴那が標的になっている。
こればっかりは、感情に任せてうかつに飛込むわけにはいかない。
「落ち着け」
草薙さんが優しく宥めた。
「確かに罠かもしれないが、澄香が言うとおり【黄黙天】がリークしたとなると、【紫智天】の演説とかみ合わない部分がある」
私の言った事と【紫智天】の演説に勇作Pが何かを感じたのか、口元に手を当てて熟考する。
「仮に本当に【黄黙天】がリークしたのであれば、矛盾点が三つ生じている。
一つ、【黄黙天】は天水晴那の正体に加えて、澄香がQ-key.333と敵対する理由まで知っているはずなのに、なぜ【紫智天】は天水晴那が敵対する理由を知りたがっているのか。
二つ、【黄黙天】が敗北したのは昨日だ。澄香のデッキを賞品として仕入れるために上層部との掛け合いや、それに伴うオーディションの準備や予定確保に相当時間がかかるはずだ。いくら昨日リークされたとしても時間があわなさすぎる。【紫智天】の名前の通り、彼女の頭脳が導き出したと考えるのが普通だろう。
三つ、さらに【紫智天】は【黄黙天】以上に頭が切れる奴だ。そもそも天水晴那の正体が澄香だと知っているなら、他のアイドルと同様にオーディションに招き入れてすんなり仲間にさせると思うほど浅はかな計画を立てるはずがない」
そう指摘する勇作Pの指が三本立つ頃には、焦燥による興奮がだいぶ覚めた。
こうして順序立てて説明されると、確かに焦らずに考えれば不思議に思う点ばかりだ。
「勇作。こういう時は、はっきり言ってやれよ」
ここで草薙さんが、優しい口調で勇作Pの話に割りこんできた。
「納得させる事柄を並べて安心させるのはお前らしくていいことだが、それよりももっと先に言ってやるべきことがあるだろう。――澄香の大事なデッキを取り返そうってさ」
勇作Pに話しかけたかと思えば、勝手に真意を読みとった様に通訳して私に向きかえって確かにそういってくれた。
「澄香は今まで俺たちが奪われた大切な物を、あいつらから命がけで取り返してきてくれたんだ。今はその恩人の大事な物が人質にされているんだ。ダメだっていえるわけがないだろ」
草薙さんは曲を、勇作Pはコスチュームを。
どちらも大葉璃玖の持ち物で、次は必ず本人を取り返す指標として、サイドボードに写真と一緒に並べている。
絶対に敵うわけがないと当初は諦めていた強大な敵から、少しずつ一部分でも取り返したという、僅かな勝利の証だけで〈アクアクラウン〉全員の志気が支えられていた。
本来は無関係な人間である私のデッキは、それらと一緒に並ぶものじゃない。
だけど、草薙さんと勇作Pは、私のために取り替えずことに積極的でいてくれた。
「もし、取り返したいって本気で思うんだったら、俺たちはプロデューサーとして、いつも通りお前を全力でサポートするだけだ。もう一度訊く。お前はどうしたい?」
堅苦しい証明を並べてまで勇作Pが伝えたかったことは、草薙さんというフィルターを通して私に伝えられた。
真意を見透かされて代弁されたこと関して、勇作Pは別に罰が悪そうな顔こそしなかったが、いつもの鉄面皮の中に何かを待っているかのような期待を込めた目で私を見つめた。
「プロデューサー、私。取り返したい! 私の大事なデッキを!」
大事な物が人質にされている悔しさと、それを拭わんとする二人の優しさに感情が混み上がり、私は涙ながらに希望を叫んだ。
「よく言ったぜ!」
勇気を出して言った我が儘を賞賛するハグのつもりなのか、ビャコが私の顔に飛びついた。
「開催は一週間後だったな。それまでに完成させるぞ、草薙さん!」
「ああ! 澄香がちゃんと自分の宝を取り返せる力を俺達で作るぞ!」
私の一声で次の目標が決まった途端、勇作Pはスケッチブックを手に衣装制作を、草薙さんはヘッドセットを耳に当てて作曲と、それぞれの作業を始めた。
思わずぎゅっとビャコを抱きしめる。
すごく気合いをいれて、私の為に新しいカードを作ってくれるプロの二人を見ていると、頼もしさと同時に暖かさを胸に感じた。
まるで、まだQ-key.333にいた頃、オーディション戦に挑む前に、あのデッキを握りしめて故郷の家族や友達の応援する言葉を思い出していた時のような。
絶対に負けない勇気が、私の心に宿ろうとしていた。
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