ブランドショップ〈アクアクラウン〉
「他事務所のアイドルまたはそれ以外の者に敗北した者は、強制的に契約を解除する」
これは現在もなお、Q-key.333に所属するアイドル達に架せられた鉄の掟。
ただQ-key.333が天下を統べている昨今の芸能界には333人もいる超大型アイドル軍団と真っ向から競り合って公に出演しようとするアイドルやタレントが名乗りでなかったし、出演権をかけて挑もうとする身の程知らずですら現れなかったため、メンバーの間では掟と言うよりも、発破程度の噂として風化していた。
不正を働いたアイドルの面汚し遊生澄香から、謎の無名アイドル天水晴那へと名前と姿を変えた私が現れる前までは。
「――さて、次の話題です。えー、大人気大手アイドルグループQ-key.333のメンバー、またも謎のアイドルによる襲撃にあったようです」
お昼時も過ぎつつある午後三時。
ブランドショップ〈アクアクラウン〉。
ずいぶんと前から営業停止しているため肝心の店内は消灯されているが、バックヤードには唯一の明かりが灯っている。
その休憩スペースに備えられた液晶テレビの画面には、ワイドショーの看板に名前が乗せられた元芸人だったアナウンサーが、さっきまで熱く政治非難をしていたのに、うまくテンションを切り替えて次の話題に番組のコーナーを移していた。
「現在社会現象を引き起こすほどの大人気大型アイドルグループQ-key.333。その人気に待ったを掛けるように流星の如く現れては、辻斬りの如く勝負を挑み、次々とメンバーを負かしてゆく無名のアイドルの出現。果たして、今彼女達の間で何が起きているのでしょうか」
アナウンサーの言葉に併せて、週刊誌の見出しよりも見やすい解説用のパネルが一部ずつテレビいっぱいに映し出される。
やがて流暢な報道内容の冒頭解説が終わる頃には、引いて映されるアナウンサーの背後にそびえるスクリーンに、見覚えのある映像が入れ替わるように流れ始めた。
「撮影された場所は某都内のライブハウス。画面の手前に映っているのは、この会場で初のライブを予定していたQ-key.333の派生グループの三人組。そんな彼女達と対面して〈エンプリス〉の勝負を仕掛けている一人の少女が――」
既にネットに上げられた動画の垂れ流しだが、テレビ局が持って当たり前の映像技術を駆使して、無加工だったあの動画に私の顔をのぞいて濃厚なぼかしが掛けられ、それでも何が起きているかがわかるようにテロップを並べて視聴者に不穏な感情を沸かせる演出させている。
テレビに写りなれてないわけではないが、まるで心霊写真の幽霊か、防犯カメラに捉えられた犯人みたいな取り上げられ方だった。
「大手動画投稿サイトYOUPIPEにて投稿された動画の説明文によると、この少女は天水晴那と名乗る所属不明の無名アイドルとのこと。この謎のアイドル、実は数日前からQ-key.333のメンバーに勝負を挑んでは連勝し、その様子を動画に撮って公開しているのだ」
まるで悪行を積んでいるかのような説明で報道されているが、私自身もそういう自覚があるため、特に沸く感情などなかった。
「あんにゃろ~、アカウント主の許可も得ないで我が物顔で動画を使っちゃって~。報道記者のプライドってもんがないのか~~?」
自分が悪印象な放映されても無表情で視聴している私とは反対に、応接用のガラス机の上で三等身の白い虎のぬいぐるみっぽい生き物が、おっさんのように寝そべりながら暢気な口調でヤジを飛ばす。
このぬいぐるみ、実はマスコットという珍しい生き物でビャコという名前まである。
マスコットといっても、この〈アクアクラウン〉というショップや、このブランドを立ち上げたプロデューサーの所属する芸能事務所〈エンブリオン〉を盛り上げるシンボル的な役割をもつ宣伝役ではない。
フランス語で「幸運をもたらすもの」という意味はそのままだが、対象はショップでも芸能事務所でもなく、契約を結んだアイドルのためのマスコットと言う方が正しい。
アイドルの必需品であるマイク型ハンディスキャナーに変形する重要なアイテムそのものであるのと同時に、パートナーとなったアイドルのマネジメントをしたり、試合中は使用されたカードの説明や戦術のアドバイスをしたりと、そのアシスタントの幅は多い。
一応、芸能事務所〈エンブリオン〉に所属している一匹らしいが、その割には見ての通りいい加減な性格。
だらしない様を見せつけられるのだからロボットではなく、働くよりもさぼりを意地でも見つける立派な「謎の生き物」。
お尻から延びた尻尾が時計の針の様に動き回って可愛らしい仕草を見せているが、その付け根である尻をボリボリとかいている様をこちらに見せつけることで見事に評価が相殺された。
どうにもダメ人間臭さが否めないマスコットだが、これでもQ-key.333の不名誉脱退によって資格を失った私が、再びこの芸能界でアイドルとして返り咲くための必要な存在。
「映像の無断拝借はさておき、それがお茶の間に流れるほどということは……さすがは俺! ――のパートナー! この前負かしたメンバーの内一人はランク100番以内! このままだと、一桁ランク打倒もすぐじゃないの?」
Q-key.333にいた頃に支給されたマイク型スキャナーには、マスコットというよりもスマホに入ってそうな音声認識型でこんな可愛らしい姿も面白味もない無機物なAIしか与えられなかった。
それらは〈アートマンストラ〉が333人もいるアイドル全員に行き渡るように、予算を安く駆使して独自開発した低コストの模倣マスコット。
反対に意志、姿、個性――すなわち生命という概念が宿っているビャコのようなマスコットはオリジナルと呼ばれているらしい。
意志がある証拠になるかはわからないが、とにかく私を褒めているつもりであろうビャコは、だらしなく寝そべりながら、私が開けたチョコプレッツエルの袋に手を突っ込んで一本を手に取って食べようとする。
よりによって、マットのように敷いているA4用紙の資料の上で。
「当然だ。天水晴那の正体はQ-key.333のランク9にいた遊生澄香という元上位アイドルだ。デッキを変えたとはいえ、今更下位ランクに手こずるようでは論外だ」
ボロボロと崩れるお菓子の欠片が散らばる前に、デスクから応接席にやってきた白波勇作プロデューサーが、ビャコが寝そべっている資料をテーブルクロスのように引っ張った。
「あいた!」
一瞬だけ宙に浮いたビャコが、白い柔毛で覆われた腹とぶつかったガラス机の間でプレッツエルが粉砕するほど派手に墜落しても、勇作は我関せず赤ペンを紙面に走らせる。
白波勇作。
このブランドショップ〈アクアクラウン〉を立ち上げたプロデューサーにして、有名なコスチュームデザイナー。
プロデューサーになったのが最近という若手の業界人だが、裏方というよりもいかにも表舞台にでるべきモデルのように細い体躯で、童顔が抜けきっていない精悍な顔立ちの方が目立っている二十代前半の青年。
もちろん天性のイケメン顔を芸能界がほっといていたわけがなく、実はQ-key.333が台頭にでる前に〈エンブリオン〉にプロデュースされて一世を風靡した大人気アイドルグループ『サーキット・トライヴ』の元メンバーという本物の有名人。
親の世代も大興奮させた『サーキッド・トライヴ』だが、彼らのイケメン力をもってしても、Q-key.333の登場によって、『サーキッド・トライヴ』の栄光と〈エンブリオン〉に銘打たれていた一流ブランドは既に昔の話。
業界やファンからの注目が薄れ、あっという間に時の人達となった『サーキッド・トライヴ』は解散。
あるものは単独でタレント活動を続け、ある人は事務所から独立して個人で別の芸能事務所を企業。
当の白波勇作も表舞台から退き、タレント時代から元々やりたかった衣装デザイナーに路線を変え、所属元の〈エンブリオン〉を拠点に衣装ブランドも一緒にプロデュースし、今も名前が残せる業績を上げていた。
そんな人が、今の私を担当しているプロデューサー。
そして全てを失った私にとって、最後の心のより所でもある。
勇作Pが見ている資料の一面には、ランク順に並べられた現在のQ-Key.333のメンバーの顔写真が。
勇作Pはその中で、先日私が下したメンバーの顔の上に、新たに罰印を記してゆく。
私の記憶が正しいならば、この一月の内に負かせたメンバーは合計で20人前後。
同時に、掟に従って、Q-key.333から脱退させたのも同じ人数となる。
「動画配信にすることで無理矢理公にするという闇討ちに近い方法だが、警戒なしに接近できるQ-key.333のアイドルといえば、今のところ小さいライブハウスぐらいでしかまともなライブしかさせてもらえない低ランクのメンバーぐらいだ。だが、たかが使い捨てアカウントが出した程度の動画が大手テレビ局にすっぱ抜かれたということは、Q-key.333の運営――ひいては運営共にも間違いなく影響を与えることに成功はしている」
「おかげでこっちのアカウントは罵詈雑言と低評価の嵐になってるけどなぁ」
「アカウント自体の評価には何の価値もない。公にQ-key.333のメンバーが負けた証拠映像という記録を世間に見せつけられればそれでいい。炎上しようがまとめられようが、無名アイドルに負けて強制脱退という事実は免れないのだからな」
茶々を入れてくるビャコに対して、勇作Pはさも関心がなさそうに答える。
元アイドルから転身した業界人とはいえ、既に酷評悪評の渦に飲まれることに慣れている白波勇作は、私にまとわりつく評判すらどうでもいいと切り捨てる。
ただ私達がやるべき宿命が記された資料を眺めるその横顔には、テレビでは決して見られなかった熱心とは違う感情が、精悍な仏頂面から伺えた。
じっと横顔を見つめる私の視線に気がついたのか、勇作Pが隣に座っている私と顔を合わせる。
集中力を削いでしまったか、そう思った私はすぐにテレビへと視線を背けた。
「すまないと思ってるんだ……。俺たちの復讐に澄香を巻き込んでしまった上に、仲間討ちまでやらせてしまって……」
報道が進んだテレビでは、何も知らない故に自分至上にまみれた意見しか吐けないコメンテーターがスタジオ内でどうでもいい論争をしている。
そんなご飯が不味くなりそうな話題の種にされている私を改めて見た勇作Pは、すまなさそうに目を伏せてそう詫びた。
「巻き込んだなんて水くさいこと言わないでよ、プロデューサー。私にだって、Q-key.333と戦わなきゃいけない理由がある。私自身の無実の証明と、真実を探るために」
私が追放されたあの酷い雨の日。
着せられた無実の罪のせいで故郷にも帰れなくなった私を見つけたのは、勇作Pだった。
絶望の闇に覆われて何も見えなくなっていたあの時、手を差し伸べてくれた勇作Pが眩しくて暖かい希望の光に見えていた。
そして、身に覚えのない不名誉の烙印のせいで拾っても利点がない私を事務所に置くという勇作Pの独断を許した恩人がもう一人いるのだが、今はその姿が見えない。
「そういえば、草薙さんは?」
「草薙さんなら、さっき専務から電話があって、外に出て行った」
「電話? 何の用だろう……」
「専務としばらく話し込んでいた草薙さんの声を聞く限りでは、どうもあまり穏やかな話じゃなさそうだ」
不穏だと語る割には、まるで他人事のように資料と膝の上に置いたノートPCを入れ替わりに身ながら、勇作Pは雑務を続けた。
「やっぱり、私達の活動はあまり認可できるものじゃなくなったのかな」
「それはない」
悩むあまり目を伏せる私に、勇作Pは不安を拭うようにあっさりと一蹴した。
「そういう話なら、まず俺の方がまず呼ばれるべきだろう。そもそも、この計画の責任者は俺で、草薙さんはあくまで相談役だ」
草薙さん――草薙亮は、かつてラップ・HIPHOPといった弾けた曲で、一時期はお店の店内BGMで絶えず流れるくらいの有名なシンガーソングライター。
その一方で、当時は少年だった白波勇作達を『サーキッド・トライヴ』としてプロデュースさせた、勇作の先輩にあたる名業界人でもあった。
勇作P達が過去の栄光になってからは、デザイナーの道に進んだ白波勇作の相談役にして同じプロジェクトを進める良き相棒として活躍していたが、今は訳あって勇作Pと私のバックアップとして協力している。
いや、支援どころか私にとってはもう一人のプロデューサーともいうべき良き理解者の一人。
白波勇作が衣装デザイナーなどを担当するなら、草薙亮は楽曲の提供をしてくれている。
一昔前に一番輝いていたアイドルに師事され、有名な作曲家から曲をもらえるなんて、Q-key.333にいた頃には考えられないくらい、贅沢な協力者に私は守られていた。
「それじゃあい一体、何のようかな」
「経費が落ちなかったとか?」
いつのまにかチョコプレッチェルの銀袋を小脇に抱えて独り占めしたビャコがそう茶化し、抜き取った一本にかじり付こうとした。
「そんなわけあるか」
そんな暢気な虎型のマスコットに、プロデューサーは猫科特有の狭いおでこへ正確なデコピンを食らわせる。
勢いよくはじいた爪と猫の額がぶつかる良い音が鳴ったと同時に、ビャコが頭からコロリとひっくり返る。
綿が入っているのか脳が入っているのかわからないが、とにかく何が詰まっているのであろうビャコの大きな頭がテーブルに落ちたちょうどそのとき、背筋が飛び上がるほど荒々しく事務所の扉が開かれた。
「――クソッ!」
八つ当たりの如く乱暴に扉を開けて戻ってきたのは、さっきまで話題にしていた草薙亮さんだった。
くせっ毛のある頭髪に顎髭をはやした青年かおじさんの境界線にいる顔立ち。
いつもは優しく気さくに話しかけてくれる親しみやすい人なのに、今は初めて見るほど険しい顔をしていた。
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