【黄黙天】雨羅刹那
ガラガラの駐車場を経て、今度は徒歩でクロッシュYNへと足を踏み入れる。
流石に天下のQ-key.333が練習用に貸し切っているため、内部は真っ暗になっているが、自動ドアだけは施錠されず人気を察して出迎えた。
自動ドアを抜けて明かりのないエントランスへ進むと、人っ子一人いないどころか自分の足音以外に音がなく虚しく響く空間が不気味さを誘う。
まるで一人称ホラーゲームの世界にいるような、そんな肌寒さを感じる。
「クリア! クリア! クリアアアア!」
フードで覆われた頭の上で謎のステップを舞い始めたビャコが、妙な興奮しているのか変な奇声まで上げ始めた。
「うるさい。人の頭の上でクリアリングしないで」
「全方向敵影なしであります、軍曹閣下!」
ビャコなりに警戒しての行動なのだろう。
びしっと敬礼までして、異常のないことを声まで変えて報告する。
その微塵も感じない緊張感に、私は呆れてため息が出た。
「練習会場に使われてるホールまで案内して、ビャコ伍長殿」
「あいあいさー! 目の前の扉であります!」
指というか肉球のついた腕をビシッと真っ直ぐに伸ばした先には、鈍重そうな二枚扉が聳えていた。
そばに空の受付があるということは、間違いないだろう。
練習していると聞いていた割には、妙に静かなまま。
このホール自体の防音がしっかり施されているのか、扉の前に経っているのに人気をまるで感じなかった。
「ビャコ、準備は良い?」
鬼が出るか蛇が出るか。
どのみち挑戦状を叩きつけられた以上は、このホールへ入らなければならない。
覚悟を決めた私はハンドルを握りしめた。
ぐっと力を入れて扉を引くと、そこには確かに使用中なのであろう、わずかなスポットライトだけで照らされた仄暗いホールが出迎えていた。
当然、そこには期待していた人物たちの陰はなかった。
やはり罠だったのか、それとも……
「おお! 本当にあの三本勝負で使われた試合会場のまんまだ! 聖地巡礼! 聖地巡礼だ! 写真とっていい?」
興奮するビャコの声だけが木霊する。
それくらい人気が全く無い。でも、閉館でないと告げるように、天井の水銀灯達が明かりを灯しているのが不自然すぎる。
一歩一歩と慎重に歩みを進める。
忍び足で周りを見渡しながらゆっくりと歩み、やがてホールのちょうど中心まで辿り着くと、開けっ放しにしていた扉が勝手に閉じた。
突然の閉門に驚いて振り返ると、そこには一人の女の子が門の前に立って、ご丁寧に鍵までかけようとしていた。
「「誰だ!」」
「ひゃっ!」
咄嗟に声をかけた途端、今度は向こうが勝手に驚いた。
あんな派手な音を立てといて気づかれないと思ったのだろうか、不慮のコンタクトにその女の子は、まるでこちらを猛獣とでも思っているかのように慌てふためいて、しっかりと閉まった扉に凭れる。
パーカーのフードを外して、改めて女の子を凝視する。
このたじろぎ方は、完全に有名人と出会った素人のリアクション。
つまりテレビ関係者ですらない普通の女の子。
亜麻色のウェーブかかったロングに、年は私と比べると二つぐらい下っぽい。
というか中学生くらいの幼さがある。
決して不美人ではないどこにでもいる少女で、私服のセンスも自分に会わせているであろう本当に普通の子。
だが、こんな子はQ-key.333にはいなかった。
「ずいぶんと鈍くさい奴だな。こんな奴、メンバーにいたか?」
「そんな訳ないわ。本当に誰? あんた」
「はわわ……あ、あのわたし……ッ!」
「――鈍くさいはひどいなぁ。確かにメンバーどころかアイドルですらないけど、せっかく手伝いに着てくれた子に、そんな言い方はないんじゃない?」
ゆるい語勢なのに、声が聞こえた途端、ぞくりと背中が舐められたような存在感が私の五感に走った。
今度は正真正銘Q-key.333のアイドルの一人から発せられた声。
だが、そのトーンや口調に聞き覚えがありすぎて、もはや驚異すら覚えた。
目先の素人に意識が向いている間に、真後ろまで迫ってきた特大の存在感へと振り返る。
練習に出向いていたと予告されていた『ココ・ナタデー』のメンバーではない。
いや、そんな格下ランクの集まりが束になっても適うはずがない、もっと上のランクを持つアイドルが私の前に姿を現した。
醸し出す大物的オーラとは反対に、平均的な少女らしい小柄の体躯。
腰までまっすぐに延びたほぼ黄色に近いロングに、ヘアアクセとして両サイドに結ばれている青く細いリボン。
年は自分よりも上のはずだが、改めて年を聞きたくなるような童顔で背も小柄だが、肉体的には悔しいほど魅力があるプロポーション。
飄々としてつかみ所がない個性が売りで、常に笑みを絶やさない可愛い系の顔だが、〈エンプリス〉での勝負になるとその腕前に誰もが無惨な負けっぷりに口を閉ざしてしまうことから、ある称号とそれに相応しい二つ名をつけられたQ-key.333の一桁台ランカー。
処刑人。
又の名を――
「『ディーヴァス神姫』の一天、【黄黙天】の雨羅刹那!?」
まるで顔に出せなくなった私の騒ぎ立てる心情を代弁するかのように、ビャコが思わず大声でその名をホールに響かせた。
「何か仕組んでいるのはわかっていたけど、予想以上のサプライズね」
「いきなり一桁級の相手は不味いぞ。そもそもコイツはQ-key.333の処刑人だ」
「処刑人かぁ、そんな風に呼ばれるの実はあんまり好きじゃないんだよね」
照れくさそうにそう語る刹那が処刑人と呼ばれた由来は、去年謎の打ち切りで終わってしまった刹那の看板番組で、異性関係や不良発言などで不祥事を起こした子をゲストに出演させて、免罪をかけた罰ゲームもとい公開処刑戦の執行人を担っていることからファンがつけた二つ名。
嫌がっている割には、その禊ぎの審判という処刑にしか見えない一方的な対決をエンタメとして放送された看板番組に主演していた時は随分と楽しそうだったが。
統べ300人以上のアイドル達を統制するための驚異となるのに相応しい実力を誇っていることは、ビャコに説明されなくても覚えている。
なにしろ刹那の実力はアイドル所属時代、昇格戦やオーディションなどで鉢合う度に嫌と言うほど味あわされてきた。
この際はっきり言う。
ランク9だった遊生澄香が、ランク5の雨羅刹那に挑んで勝ったことは一度もない。
「刹那さ~ん!」
自分がこの場の主役だと言わんばかりに刹那が遅れてやってくると、扉を施錠したあの素人が涙目になりながら刹那の後ろに隠れた。
真隣で背を比べるとほんの少ししか違いがないのに、親を見つけた動物の子供みたいに背中に寄り添った少女を、刹那は親しげに頭を撫でた。
「晴那を見てビビってた割には、お前には堂々と甘えられるなんて、とんだ大物素人だな!」
「志帆りんのこと? あ~、この子はボクの妹の友達で、ボクのファン名誉1号! 今日はキミとボクとの対決に、お手伝いと見届け役として来てもらったんだよ。いまいち信用できないウチのスタッフよりも遙かに信頼できるしね」
それで駐車場に車が一台もなかったわけか。
練習で使うなら大勢を移動するために最低でも一台以上止まってないとおかしい。
そもそも、正規のスタッフではなく素人でただのファンをスタッフ代わりにつれてきている時点でありえないことだが、これで色々とはっきりしたことがある。
「運営が完全にこちらを完膚なきまでに潰すことに注力し始めたという読みはあたったが、まさかもう『ディーヴァス神姫』をぶつけてくるのは思わなんだ……」
「そうね。でもQ-key.333に挑む以上、彼女たちとの勝負は避けて通れない道。それに、ここでランク5を倒せなくちゃ前には進めないわ!」
避けられない戦い。
いずれ自分よりも格上ランクである『ディーヴァス神姫』と戦い、そして勝たなければならないのは宿命であり使命。
人が神に挑む無謀な挑戦であることは承知の上で、私は勇作Pの復讐に乗ったのだから。
「言ってくれるねぇ。鼈の分際で」
こちらの鼓舞を挑発と受け取ったのか、穏やかな顔で向き合っていた刹那の片眉がピクリと動いた。
そして懐にしまっていただろうマイク型スキャナーを手に持ち天井に向かって掲げる。
それが合図なのか、志帆りんと呼んだ少女は刹那から離れる。
やがて私と刹那の丁度中間となる場所まで移ると、ポケットからスマホを取り出し、これから戦う2人が収まるようにレンズを構え始めた。
志帆がここにつれてこられた役割。
この勝負の見届け人、つまり私達の試合を公に発信するための重役――大衆の目になること。
今頃、Q-key.333の公式チャンネルでは緊急生放送として、この状況が配信されているだろう。
これで志帆が通信を切断するまで、ここは公の場となる。
「巷で噂のアイドルキラーの実力、見せてもらうよ!」
持ち主の戦意に呼応し、刹那の持つマイク型スキャナーの柄からプリズムストリームが吹き出し、虹色のプレートが形成された。
「行くよ、ビャコ!」
「こうなりゃ狙うぜ! 大金星!」
互いに決意を固め、スキャナーに変形したビャコを手に持ち、私も構えをとる。
二人のアイドルが持つスキャナーが起動したことで、内蔵されたプリズムストリームが輝き、密閉されているはずのホールに虹色の風が吹き込む。
「「――オンステージ!」」
天水晴那 AP0 VS 雨羅刹那 AP0
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