復讐の狼煙が上がる時
アリーナ会場を無事に抜け出して、街灯に照らされた人気のない夜の道をひたすら駆ける。
向かう先は勇作Pと草薙さんのいる集合場所。
そこは専用の駐車場ではなく、かなり離れたコインパーキングに、二人は一昔前のセダン車に背を凭れて待っていてくれた。
「なんとかうまく撒けたみたいだな」
迫ってくる人物を私だと見抜いて出迎えた勇作Pの声を聞いて、私は駆ける脚を止めて息を整えた。
「しかし、プリズムストリームによる投影とはいえ、こんなにうまく脱出できるとはな」
特に追いかけられたわけでもないし、そこまで全速力で走ったわけでもないのに、脱出への緊張と遅れて沸いて出た疲労によって、なかなか呼吸が整わない私を、草薙さんが改めてまじまじと眺める。
ビャコが渡した最後のカード「インスタント光学迷彩マント」。
カードの効果自体は「レアリティNでAPが200以下の場合にのみ、コスチュームを1ターンだけ相手の効果を受けない」という使いどころが限定されたカード。
閃光と煙幕で見られていないうちに、コスチュームを形成していたプリズムストリームを解除して、最初から着ていた黒いパーカーとジーンズに服装を戻し、新たしくビャコに読み取らせることで、1ターンの制限時間である約30分だけ周囲の色に溶け込ませるマントをまとうことで誰にも見られることなくアリーナを脱出できた。
「どうだい俺の作戦! その辺のショップで適当に売ってた安物から良さげなのをチョイスしただけなんだが、俺様の力にかかれば伊賀の忍者もびっくりの隠密作戦が……」
「よくやったな、澄香。ありがとう」
もぞもぞとパーカーの下から顔を出すビャコの自慢話を意に介さず、ぽんと肩を置いてそう言ってくれた勇作Pの顔を見上げる。
元々、アイドル時代からあんまり笑顔をするような人ではなかったし、まだ全て始まったばかり。
けど、その声と言葉、そして何よりもちゃんと向き合ってくれている顔には、僅かに笑顔になっているようにも見えた。
勇作Pからのお礼を聞いたおかげなのか、やっと荒くなった肩が大人しくなり、私は改めて深く息を吸う。
「草薙さん、取り返したよ」
私は草薙さんに、脱出中にマイク型からいつものぬいぐるみみたいなフォルムに戻ったビャコを手のひらにのせて差し出した。
カードはまだ登坂しおりが手に持っているが、肝心のデータや権利関係の証拠は、まだビャコの中に入っている。
これで完全に〈青い木蓮〉は、生みの親である草薙亮の元に戻ることができた。
「ありがとう。あの娘の持っていた物を一つでも取り戻すことができただけでも嬉しいよ」
ビャコの頭を鷲掴みにして受け取る草薙さんの顔にも安心した笑顔が浮かぶが、その中には若干の不安というか後悔を感じた。
もう後戻りはできない。
今まで超大手のQ-key.333に挑む巷で噂の存在だった天水晴那が、大々的に喧嘩を売ってテレビデビューを飾ってしまったのだ。
白波勇作達『サーキット・トライヴ』を見届けてきた草薙さんにとって、自分達の復習の為に無関係のアイドルをアンチヒロインになって世に広まってしまったのを、わかっていながらも後ろめたい気持ちでいるのだろう。
その沈黙は周りにも同じ感情が悪く伝染したのか、勇作Pも切なさそうに私から顔を背けた。
「オイオイ、草薙! 勇作! Q-key.333に文句があるのは、お前達だけじゃないんだぜ!」
私に対して気まずくなっている二人に向かって、いつのまにか草薙さんのくせっ毛だらけの頭に上ったビャコが一喝入れた。
「その通り。私にだってQ-key.333に立ち向かう理由がちゃんとある。二人がQ-key.333の闇を暴きたいように、いったい誰がどうして私に――遊生澄香に罪を擦り付けたのかを知りたい。そして無実をはらしたい」
そう、私だって無関係ではない。
古巣への反逆は、脱退を理由にした単なる復讐だけじゃない。
濡れ衣を着せられた遊生彩澄の無実を晴らすという一番の目的が私にはある。
利害は一致している、故に後悔はない。
その決意を胸に秘めて二人を見つめ返す。
その気持ちを受け止めた草薙さんは澄まして笑い、勇作Pもいつもの仏頂面で草薙さんの頭の上でふんぞり返るビャコの顔を掴む。
「明日からはもっと過酷な戦いになる。ついてきてくれるか、澄香」
「ええ、やりましょう。プロデューサー」
夜虫の音色さえ聞こえない静かな駐車場とは正反対に、無数のライトで光の柱を立てるほど目立っているアリーナは今頃大騒ぎになっているだろう。
天水晴那に姿を変えた遊生澄香による復讐は、本当にここから始まったのだ。
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