チートスキル【プリズムドロー】
天水晴那 AP200 VS 登坂しおり AP2750
強制的に押しつけられるラストターン。
自分に残されたのは守りきった最後のアクシデントと、その代償にボロボロになるまでAPを下げてしまったトップスのみ。
総計APの差も火というか数字を見るよりも明らかだ。
それでも私には場に残っているカードや、山札だってある。
最後の手番だが、戦える限りはまだ終わっていない。
こんな圧倒的な状況でも戦いに望もうと私が立ち上がった時だ。
「天水晴那ー! 帰れー!」
観客席のどこからか、ファンの一人であろう男の声が木霊した。
「そうだ! 帰れ!」
一人が叫んだのを皮切りに、沈黙を破っていいと悟った観客達が同じ怒声を叫び、やがて一致団結して、天水晴那をののしるブーイングの合唱へと変わっていった。
帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!
いけしゃあしゃあと舞台に乗りあがって祝賀ムードをぶち壊しておいて無様に返り討ちにあったと思いこんでいるのだろう。
まあほとんど当てはまっているのだけど。
しおりが言う敵討ちに自分たちも加勢しているつもりだろいうか、この帰れコールはアイドルとして戦えない一般人ができる最高の復讐のようだ。
ついでにスタッフ側も参戦して、カメラマンに至っては、ものすごい形相でブーイングを吐く観客達を撮影しては、ドーム中に設置されたモニターにズームまでして映し出していた。
「勧善懲悪の精神はいいけどさ、こんなアウェーな光景、お茶の間に流していいもんかね?」
「別にいいんじゃない? 遊生澄香の不正が発覚した時よりもずいぶんとホットな状況よ」
「これってさ、登坂しおりへのスタンディングオベーションかな? それともおまえへのブーイング?」
「そりゃあ当然――」
ブーイングと言いかけたとき、いよいよブーイングじゃすまない出来事が頭上に向かって飛んできた。
とっさに顔をスキャナーの持った腕で防ごうとした時、なにやら若干柔らかい物体が手首とぶつかって弾けた。
反射的に閉じられる目。
バシャッという水音に混じって服の中や顔にかかる温い液体の感触と、それに混じるビャコの甲高い悲鳴。
強烈というほどではないがぶつかった手首に痛みが走る。
思わず手を振りながら目をあけて下を見ると、それは中身をぶちまけられたジュースカップだった。
「おいおいここステージだぞ! 観客席から何メートル先にあると思ってんだ! どんだけ投擲力の高い奴が見にきてるんだよ!」
白い虎柄の表皮に若干のオレンジ色がしみこんでしまったビャコが、マイクになっても分かるほど青ざめるのもつかの間。
その一投げが皮切りになって、観客達が今度は帰れコールに混じって私物をステージに向かって投げ始めたのだ。
さっきのペンライトの連投はもちろん、ポップコーンやらペットボトル、果てにはなぜか座布団まで宙を舞う始末。
「このままだとオレはともかく、お前がやばい! カップはともかくペンライトまでぶつかって顔まで怪我したら色々まずいぞ!」
珍しくビャコが私の危機を感じて警告するが、このスタッフですら敵対する孤立状態で静粛な勝負状況を要求するのは無理な話だ。
今の私は、妨害どころか怪我を負わされることを許されている悪者という立ち位置なのだから。
「観客どもに邪魔されてってのがちょいと癪だが、もう祈ったりあれこれ長考している暇はない! こちらもスキルを使って早急にかたをつけるぞ!」
「スキル?」
髪の毛先から伝って顔にまで流れたジュースを袖で拭いながら私が反駁する。
「あんた、そんなの使えたの?」
「お前とコンビを組むことになってから、ちょいとQ-key.333の人工マスコットについて調べさせてもらった。本当はもっと上位ランクと対決する時に奥の手として披露したかったんだが、この状況だ。今はお前の安全に勝たせるために使うぞ!」
「やっと珍しく良いところ見せるじゃない」
「オレを誰だと思ってるんだ? かつて伝説のアイドルとコンビを組んだマスコット、ビャコ様だぞ!」
自信に満ちたビャコがそう言い切った瞬間、マイク型スキャナーの集音部と柄の間に埋め込まれていた一番大きい青い宝石が虹色に輝きだした。
目を劈くほどの鋭い光ではなく、見るものを全て癒す暖かい光だった。
未だに小石を投げ込まれる小池のように、物を投げられ続けている最中、そんな物体たちをかき分けるように虹色の光を帯びた風がまた吹いた。
「な、なに?」
それは一陣の風から突風へと代わり、徐々に光の密度を上げて豪風へと強くなって私を飲み込んでゆく。
「こ、この風はいったい!」
飲み込まれた時は流石に身構えたが、風はと私を吹き飛ばすどころか私を軸に虹色の気流を回していた。
なおも飛んでくる投擲物の雨から私を守る防壁となるように、おそらくステージ上には天水晴那を被うほどの風の柱が聳えて見えるだろう。
鈍色の竜巻はテレビでよく見るが、虹色の竜巻は見たことがない。
それも周りが見えなくなるほど濃い虹色を帯びている風なんて。
竜巻の目の中にいるとはいえ、吹き荒れる風に吹かれては立っていられるのがやっとなくらいの風圧があたる。
服や髪が激しく靡いて、ぶっかけられたジュースで濡れた所があっという間に乾いてしまいそうなほど。
「風とは違うな。こいつは、おまえ達が普段お世話になっているプリズムストリームだ」
「この竜巻が全部プリズムストリーム?」
今までスキャナーの内部を巡る謎の物質としてのプリズムストリームは何度も見てきたが、装置を飛び越えて自分を被い囲うほど集まってくるなんて見たことがなかった。
「まさか、これがあんたの作ったスキル?」
「こんなのはまだ序の口だ。お前のスキルを発動させるためには、これくらいのプリズムストリームがないと発動できないからな」
「いったい、どういうスキルなのよ」
「まぁ聞けよ。本来プリズムストリームは、カードに描かれたイラストや効果を単に実体化させるためのものじゃない」
人をよろけさせるほどの大嵐を起こしている割にずいぶんとけろっとした様子で、ビャコは私を落ち着かせるかのような口調で語り始めた。
「プリズムストリームには、お前達心の煌めきを持ったアイドル達が、歌やダンスを通して伝えたい思いや願いを、より相手の心に伝わらせる力がある」
「思いや願いを伝わらせる力?」
今まで正体不明の物質として知らされたまま使い続けているプリズムストリームの正体に驚かされ、私は思わずビャコと向き直した。
「その思いが強ければ強いほど、プリズムストリームはそれに答えて形にしてくれる!」
「まさか、私のスキルって――」
察しがついた時、私は改めて相棒であるビャコがオリジナルマスコットと呼ばれている理由を思い知った。
こんな芸当を経た上で発動できる上等なスキルは、機械で作られた人工マスコット程度ではまずできるレベルではない。
「さぁ、説明も準備も十分整った! お前のスキル〈プリズムドロー〉を使って、こんなふざけたショーを終わらせるぞ!」
「私の伝えたい気持ち……」
スケールや性能はでかいが、条件がそんな形のない感情によって左右されることに、私は一抹の不安を覚えた。
ましてや、天水晴那を敵視している観客達しかいないこの孤独な状況で、誰かに伝えたい気持ちどころか思いや願いなんて。
でも、それしか勝つ方法がないのなら――
「〈プリズムドロー〉は、ドローフェイズ時に通常ドローをしない代わりにプリズムストリームの中からトゥルーワード・ミュージックカードを一枚手札に加える!」
私は意を決して、目の前に流れ続けるプリズムストリームに向かって手を構える。
「希望を描け! 天水晴那!」
発破をかけるビャコの一声にあわせて、物をつかむように開いた手を、虹色の竜巻の中へと突き出した。
虹色の風の中には何もない。
ただ、開いた手をさらに反らすほど、ものすごい風圧が当たるだけ。
プリズムストリームの渦とはいえ、その勢いは竜巻同然。
激流の中に手を丸ごと突っ込んでいるのと同じくらいの勢いが腕から全身へと伝わる。
あまりの勢いに腕ごと風圧に持って行かれそうなのをもう片方の腕を押さえて踏ん張る。
負けられない勝負の最中だというのに、その前に自分のスキルに負ける訳には行かない。
そうだ。
私にはもう負けは許されない。
絶対に負けられない。
そんな思いを糧に堪え忍ぶあまり歯を食いしばった時、それまで空をつかんでいた手の中からなにやら感触のあるものがふれた。
「もっとだ! もっとお前の思いを! 願いをプリズムストリームに伝わらせろ!」
決意を固まりつつあるとき、確かにプリズムストリームの中で何かが作られようとしている。
その証拠に、虹色の激流の中に沈めた手から青白く輝く何かが生まれたかと思えば、その光が徐々に強くなってゆく。
でも、ビャコの言うとおり。
こんな思いや願いだけではぜんぜん足りない。
大事なことなのに、この程度の希望で生まれたものなんて、握るだけで崩壊してしまう。
私が強く思い、願うこと。
本当に誰かに伝えたいこと。
そうだ、今の私には観客や相手にどう思われようが関係ない。
それ以上に、私にはこの戦いに勝たなくてはいけない理由がある。
一つは、遊生澄香の無実を証明して、本当の私に戻ること!
もう一つは、私の無実を信じて拾ってくれた勇作Pと草薙さんの無念を晴らすため!
そして、Q-key.333の闇を暴き、囚われた大葉璃玖を救い出すために!
これが、天水晴那が――遊生澄香が、この舞台で思いっきりぶつけたい思い。
そして叶えたい切なる願い。
それらを全て強く念じたとき、手の中に生まれた光がより一層強く輝きだした。
私の願いが虹色の風の中で本当に形になってゆく。
鉄よりも堅く、鋼よりも強く。
「完成だ!」
ビャコが完成を告げた。
「〈プリズムドロー〉!」
出来上がったそれを握りしめた私は、剣を振り上げるように天に向かって掲げた。
その一閃は虹色の竜巻を両断し、荒れ狂うプリズムストリームを一瞬でかき消した。
あれほどステージの上で暴れるほど聳えていた風の柱が嘘みたいに消滅し、ただ空調のそよ風だけが流れるドームへと戻る。
外界を遮断するほどの虹色の壁が切り開かれ、吹き荒れる嵐を前に身を守っていた登坂しおりと再び相見えることになった。
改めて自分の手の中に生み出された物を顔に近づける。
未だ青白い光を帯びているそれは、小さくて薄いカードの形をしていた。
高炉から抜き出された鋳物から熱気が消えるように、プリズムストリームの渦から取り出されたそれが外気に触れる度に光が静まってゆく。
光の下から見えたそれは一枚のカード――ビャコが言っていた「真なる言葉」の名を冠したミュージックカードだ。
「あ、天水晴那? あの竜巻の中でいったい何がおこったの?」
このドームの中で、一番あのプリズムストリームの竜巻のすぐ目の前に立っていたしおりが、風の柱を両断するほど無事だった私に目を丸くしていた。
あの豪風を真っ向から浴びれば髪も乱れるだろうが、流石は同質素材で着飾られたコスチュームは何一つ形を崩していなかった。
仰天していたのはしおりだけじゃない。
いつの間にか、観客達の投擲力が輝く差し入れどころか、熱烈な帰れコールすら止んで、ドームの中がやけに大人しくなっていた。
文字通り嵐は完全に止まった。
でも、この戦いはまだ終わっていない。
「私のターン!」
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