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愛し方も知らずに  作者: リコピン
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1-04 最初の記憶

灯りの中に足を踏み入れたセリーヌは、そこに建つ店が何であるかを知った。


この世界独特の色彩。赤を基調とした店の外装は、ここが娼館であることを示している。その店の裏口、座り込む子どもの横に、セリーヌはしゃがみ込んだ。


沈黙の中、セリーヌが口を開く。


「……あなたのお名前は?」


「……」


努めて優しく口にした問いに、返事はない。けれど、セリーヌが彼の記憶から弾き出されることはなかった。


(……これは、彼の過去にあったかもしれない出来事)


実際に、彼に同じ問いを投げかけた存在が居たかどうかは分からない。しかし、少なくとも、彼の記憶はセリーヌの問いを「あり得ること」として受け入れた。


「……ここで何をしているの?」


続いての問いにも返事はなかった。けれど、代わりのように、彼の記憶に如実な変化が訪れる。目の前を、何人かの人影が通り過ぎていったのだ。


セリーヌは興奮した。


人影といっても、顔も姿もはっきりとしない、白い影のような姿。けれど、セリーヌ以外の存在が彼の記憶に現れた。変化の原因は恐らく、彼の記憶が蘇ったから。過去、今のセリーヌと同じように、彼を案じる言葉を投げかけた人が居たのだ。


「お母さんは?はぐれてしまったのかしら?」


踏み込んだ問いに、その子が反応を見せる。顔を上げた彼が、セリーヌの姿を認めた。


じっと見上げてくる視線。黙って彼の言葉を待つと、その小さな口が僅かに動く。しかし、言葉が音になる寸前、唐突に、店の扉が激しい音を立てて開かれた。この場で初めて耳にする――セリーヌ以外の発した音。驚いたセリーヌは、弾かれたようにして立ち上がった。


「誰だい、あんた!」


扉から現れたのは、派手な衣装を身に纏った白い影。顔の形は判然としないものの、その怒りだけはっきりと伝わってくる。


「ここで何してんのさ!?うちの子にちょっかい出すんじゃないよ!」


そう怒鳴り散らした影が、子どもの手首を掴んで引き上げた。


(うちの子……)


そこで初めて、この影が彼の母親なのだと分かった。怒りのためか、子どもを乱暴に引きずっていく母親。手を掴まれた彼が振り返る。何かを言いかけたようだが、それよりも先に、母親の怒鳴り声が彼の声をかき消した。


「ケレン!とっとと中に入んな!」


扉の中に引きずり込まれる小さな体。セリーヌの目の前で、扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。不意に、スポットライトが消える。今度こそ、何もなくなってしまった真っ暗な世界に、セリーヌは一人取り残された。


セリーヌは小さく嘆息し、スキルを解除する。意識が浮上し始めた。


「……っ!」


ガクンと身体が揺れて覚醒したセリーヌは、両目をパチリと開く。視界に移るのは、虚ろな瞳で天井を見つめる青年の姿。先程までと何ら変わらぬ彼の姿に、セリーヌは僅かに落胆する。


立ち上がり、台の上の記録球を手に取った。


「治療一日目。患者の記憶に接触成功。記憶の顕在化が著しく乏しいため、今後の治療では記憶場面の展開を目標とします。なお……」


そこで一度言葉を切ったセリーヌはベッドの上の青年を見つめる。


「……なお、患者の名はケレン」


漸く知ることのできた青年の名を呼び、セリーヌは記録球の録画を止める。


「……ケレン」


全く情報の無い彼の、初めての手掛かり。セリーヌは、彼の名をもう一度口にした。






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