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愛し方も知らずに  作者: リコピン
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2-04 喜悦 Side K

ケレン達が第五研究所を制圧した頃。時同じくして、バイラート軍の主力はグラスト帝国の帝都を陥落させた。武力による開城、皇族の身柄を押さえたことで、グラスト帝国は事実上の終焉を迎える。


残された戦後処理において、ジーク率いる第三隊が任されたのは旧帝国第五研究所で行われた研究内容の解明、研究者たちの罪科を問うことだった。


捕縛した研究者たちに随時聴取を行い、裏付けをとる。地道な作業故に、早々に現場を放棄していたケレンだったが、その日、思い立ってフラリと聴取室を訪れた。


「え?ケレンも参加するの?」


部屋の中央、テーブルを挟むようにして置かれた二つの椅子。その一つに座る犬獣人――ダミアンが驚きの声を上げた。薄茶の三角の耳がピンと立ち上がっている。


ケレンと同じ二十歳の士官である彼はこうした任務――人の嘘を暴くことが得意で、今回も、聴取のほとんどを彼が担っている。


ダミアンの驚きに軽く肩を竦めて答えたケレンは、部屋の奥に視線を向ける。そこに、壁に寄りかかって立つジークを見つけ、彼の隣に並んだ。


「……珍しいな。お前が顔を出すとは」


ダミアンと同じような台詞を吐くジークに対し、ケレンは「まぁね」と返すに留めた。ジークの口元が愉快そうに持ち上がる。


「エリスか?」


「……」


「随分、逃げ回っているらしいな?」


その言葉に、ケレンは「ハァ」とため息で答える。


終戦を迎えた直後から、何を思ったのか、エリスはケレンを追いかけ回すようになった。ケレンは、「戦争が終わったのなら自分の仕事は終わり」とばかりに、面倒な雑務や訓練をさぼりまくっている。それをどこで聞きつけるのか、ケレンが逃げ込んだ場所に、エリスが突撃してくるのだ。


曰く、「仕事をさぼるな」、「真面目に働け」ということらしいが、そもそも、ケレンは人を殺すために軍に雇われている。そうでない仕事は端から契約にない。そう主張してみても、エリスの怒りに火を注ぐだけ、ケレンが開放されることはない。


折からの睡眠不足も重なり、「勘弁してくれ」というのが正直な気持ちだが、それを口にすると、更に面倒なことになる。


だから、聴取室(ここ)に逃げ込んだ。聴取に加わるつもりはないが、ここに居れば、一応、「仕事中」の言い訳が立つ。エリスに突撃されることもない。


(それに……)


ケレンには、もう一つ目的があった。


仕事をさぼっているケレンだが、第三隊の任務の進捗について、何となくは把握している。研究者たちの聴取がどこまで進んでいるのかも、今日の聴取に呼ばれる人間の内に彼女(・・)が含まれることも――


「……まぁ、お前がやる気になったのならいい」


黙り込んだケレンにジークが告げる。


「だが、余計な手は出すな。大人しくしていろ……」


「はいはい。分かってるって」


ジークの忠告に、ケレンは素直に頷く。ケレン自身は「言葉より暴力で解決する方が早い」派だし、聴取などまだるっこしいものは無駄だと思っている。だからと言って彼らの任務の邪魔をするつもりもないので、言われた通り、部屋の隅で身を顰めた。


「えーっと、じゃあ、そろそろ始めますね?」


ケレンとジークが見守る中、ダミアンが最初の聴取対象者を呼ぶ。


両手を身体の前で拘束された男が、監視に連れられて入って来た。完全に怯え切った男は、聴取が始まった途端に口を開く。だが、ペラペラと饒舌に語る男の話に中身はなかった。ただ、「自分は悪くない」、「人体実験など知らない」と言い逃れに終始するのみ。ダミアンが度々話を止めていることから、その多くが嘘であることが分かる。


やがて、益の無い聴取が終わり、男が部屋を出る。代わりに、別の男が部屋へ通された。新たに始まった聴取も、ケレンには退屈で、全く興味を惹かれるものではなかった。


そうして、三人の聴取が終わり、ケレンがその場の空気に飽き飽きし始めた頃、四人目の男が部屋へと連れてこられる。その男の顔を見た瞬間、ケレンの思考が飛んだ。


「っ!ケレンッ!」


ジークの制止が聞こえた時にはもう、ケレンは男に肉薄していた。自然な動作で、腰のナイフを引き抜く。目の前の男がケレンに反応するより早く、ナイフが男の頸動脈を引き裂いた。驚きに見開かれる目。男が何かを言いかけた口から血が溢れ出す。


「ちょ、ちょっと、ケレン!何してんだよっ!?」


ダミアンの叫び声。男の首から噴き出す血飛沫が聴取室の壁を汚す。崩れ落ちていく男の身体を黙って見つめて、そこで漸く、ケレンの思考が戻ってくる。


「……あー、えっと、何かごめん?ついやっちゃった。……出来心で?」


「出来心!?『つい』って何、『つい』って!」


半泣きのダミアンに、ケレンは「うーん」と首を捻る。


「いやぁ、俺もよく分かんないんだけどさぁ。何か、ムカついたんだよねぇ、こいつ」


「ムカついたで殺さないでくださいよ!この人、これでも、研究所の責任者、所長だったんですよっ!?聞かなきゃいけないことがたくさんあったのにっ!」


「そう言われてもなぁ。もう、やっちゃったし……」


無責任なケレンの言葉に、ダミアンが「うわー!」と頭を抱えた。代わりに、ジークがケレンの隣に立ち、息絶えた男を見下ろした。


「……思い出したのか?」


「ん?思い出すって?」


「この男が不快だったのだろう?……何か、お前が捕らえられていた間のことを思い出したのではないのか?」


ジークに問われて始めて、ケレンは「なるほど」と思い至る。血の中に倒れ伏した男の傍にしゃがみ込み、髪を掴んで顔を引き上げた。


「うーん……?いや、全然ダメ。覚えてないや」


「そうか……」


ケレンは掴んでいた男の髪を放し、立ち上がる。跳ねた血に眉根を寄せて、ため息をついた。


「あー、失敗したなぁ、コレ。片付けるのが面倒……」


だが、やったのは自分。自己責任として、後始末くらいは仕方ないかと動き出す。部屋を出ようとしたケレンを、ジークが「待て」と呼び止めた。


「ケレン、片付けるのは後で良い。暫く、この男はこのままにしておく」


「ん?いいの?」


「ああ。……これを見た他の連中が素直になれば、それで良し。脅しくらいにはなるだろう」


そう言って口の端を上げたジークの笑みに、ケレンは同じ笑みで答えた。隣で、ダミアンが「えー!」と抗議の声を上げる。


「ジーク隊長、少しは怒ってくださいよ!ケレンを止めてください!」


「無駄だ。言って止まるなら、ケレンは最初からしない」


ジークの言葉に、ケレンは「そうそう」と頷く。そんなケレンを、ダミアンは唸り声で威嚇したが、直ぐに諦め、再び聴取の態勢に戻った。


「……もう、次からは絶対大人しくしてて下さいよ。絶対の絶対に」


何度も念押しするダミアンに、「うんうん」と頷いて返すケレン。やがて諦めたらしいダミアンが、次の聴取対象を呼んだ。


監視に連れられて入ってきた人物はそれまでと同じ、両手を拘束され、簡素なローブを着せられていた。だが、その()の姿を見て、匂いを感知した途端、ケレンは全身の毛穴という毛穴が開く感覚を覚える。


あの部屋で捕らえた時より鮮明な匂い。気付けば、女に飛び掛かっていた。ケレンの勢いに押された細い身体が背後の扉にぶつかり音を立てる。獣人としては平均的な体躯のケレンより一回り小さな肢体。そこから漂う芳香に誘われるまま、ケレンは女の細い首筋に歯を立てようとした。


だが、鋭い歯がその薄い皮膚に突き刺さる寸前、ケレンの後頭部を衝撃が襲う。


「っ!」


殴られた痛みに、ケレンは恨みを込めて背後を振り向いた。案の定、怒気を露わにしたジークが見下ろしている。その横で、ダミアンがキャンキャンと吠えた。


「何してんだよっ!?さっき言ったばっかりだろ!舌の根も乾かない内に殺そうとするなよ!」


「いや別に。……殺すつもりじゃなかったよ?」


では、先程の衝動は何だったのか。説明し難い感情に、ケレンは未だ腕の中にある女を見下ろした。


「……ねぇ」


ケレンの呼びかけに、女の榛色の瞳が大きく見開かれる。それを見つめるケレンの胸に一つの欲が灯った。


知りたい――


「あんたの名前、何ていうの?」


欲に突き動かされるまま口にした問に、女の唇が震えた。


「……セリーヌです」


小さく呟かれた名に、「ふーん」と答えてケレンは目を細める。女が名を口にしたことが嬉しい。彼女が己の望みに応えたことに満たされる。ケレンはセリーヌの身体を離して、彼女の手を引いた。


「セリーヌ、ね。……分かった。ここ、座って」


言って、ケレンは彼女をダミアンの正面に座らせた。緊張故か、恐怖故か。身を固くする彼女の耳元に囁く。


「ねぇ?これから色々聞くけどさ。あんたは捕虜なんだから、ちゃんと正直に答えないと駄目だよ?」


「……ええ」


そう答えるセリーヌの視線が、ケレンの背後、床に転がる男に向けられる。血の気の失せた彼女の顔に、ケレンの口角が自然と吊り上がった。


「いい子だね、捕虜ちゃん」


「っ!」


ケレンの笑みに、セリーヌの身体が震える。真っすぐに自分を見上げる彼女の瞳に満足して、ケレンは声を立てて笑った。


――でなければ、飼いならされた猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしてしまいそうだった。






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