2-03 邂逅/再会 Side K
睡眠不足のまま迎えた研究所襲撃の日。夜が明ける前、ケレンは記憶通りの進入路から施設内に侵入することに成功した。強固な障壁も、それを制御する装置を止めてしまえば、後は容易い。
ケレンが三人の部下と共に障壁を消滅させたと同時、ジークが率いる一隊が研究所への突入を開始する。全てが順調だった。
(……拍子抜け。びっくりするくらい歯ごたえがない)
夜明け前という時間のせいもあるが、大した抵抗もなく事が進む。施設内を制圧していく中、ケレンは既に退屈を感じ始めていた。警備がザル、戦力も微妙。こんな連中に自分が捕まっていたというのが驚きだ。
そうして、いくつかの部屋を回り、数人の研究員を捕縛したところで、ケレンの鼻腔を擽る匂いがあった。
(……セザの匂い?)
興味を惹かれたケレンは本来のルートを外れる。上官の気まぐれに慣れた部下達は、何も言わずにケレンに付き従った。
然して重要そうではない建物の一角。他と比べて扉の間隔が近い棟の内、人の気配がする一室を見つけた。大して構えることなく、ケレンは扉を蹴破る。
「はい、そこまで。死にたくなきゃ、動くな」
警告と共に室内に足を踏み入れた。瞬間、鼻腔を満たした匂いにクラリとする。ハルナスの香がする。嗅覚は鈍っているはずなのに、種々の薬品に交じる知らぬ匂いは、ケレンを強烈に惹きつけた。
警戒を強めながら、ケレンは室内を見回す。感知した気配は一人分。その一人は、侵入したケレンを驚きの目で見つめ、動きを止めていた。
綺麗な女だ――
ケレンの脳裏を、一瞬だけ、そんな思いが過る。
次いで、セザの匂いが強く香ることに気付いた。やはり、匂いの元はここらしい。それを確かめるため、ケレンは女へ近づく。
女は、手に記録球を握り締めたまま、ケレンの動きを凝視していた。恐怖のためか、震え出した女の目から涙が零れ落ちる。その様に、酷く嗜虐的な気分になったケレンは、自分を嗤った。
「泣き落としか?そんなものが通用するとでも?」
そう揶揄した次の瞬間、ケレンは息を呑む。
女が、微笑んだ――
(っ……!)
一瞬の硬直。思考が止まったことで、ケレンはミスを犯す。ケレンの一瞬の隙をついた女が、記録球を暖炉の奥へ叩きつけた。
「チッ……!」
起きてしまった事態に苛立ちながら、ケレンは素早く女を拘束する。
(っ!クソッ……!)
触れた女の柔らかさ。彼女の匂いに強力に惹きつけられるのを自覚して毒づいた。
(冗談じゃない……!)
女からは薬剤の匂い――セザの香りがした。それだけでこうも鈍る自分自身に辟易しながら、ケレンは女を部下に引き渡す。
女が連れ出されるのを見送って、ケレンは女が破壊したもの――暖炉の中に放り込まれた記録球を確認する。弱くなり始めた火の向こうに、欠けた記録球が転がっていた。ケレンは火かき棒で記録球をかき出す。拾い上げた水晶球はところどころ、熱で溶解していた。
「あーあ……」
これはマズい。やらかした。
どう考えても油断した上での失敗。上官であるジークからの叱責は免れないだろう。生真面目で融通の利かない男からの説教を覚悟して、ケレンはもう一度ため息をついた。




