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愛し方も知らずに  作者: リコピン
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プロローグ

扉の向こう、廊下を駆ける複数の足音が聞こえる。遠くに聞こえる怒声。薄暗い研究室の中、セリーヌは息を潜めて、手にした書類を暖炉の火の中へ放り込んだ。


火が、分厚い書類の束の表面を嘗め尽くす。身を屈めた拍子に、ウェーブのきつい焦げ茶の髪が落ちてきた。煩わしいそれを、セリーヌは無造作にかき上げる。


早く、早く――


急く思いに駆られながら、大切な記録を確実に消していく。


セリーヌが所属するグラスト帝国第五研究所が強襲を受けたのは夜明け前のことだった。攻め入ったのは、敵対するバイラート王国。国民の九割が獣人で構成されるバイラートの軍は強い。が、魔術による強固なセキュリティを持つ第五研究所がこうも容易く彼らの侵入を許すとは、グラストの誰も予想だにしていなかった。いや、セリーヌだけは、僅かにその可能性を予期していた。


バイラート軍に、第五研究所への進入路を知る者がいる――


セリーヌの心臓がドクンと大きな鼓動を刻む。書類の束を掴む手が震えた。それを振り払うようにして、最後の束を火の中へ投げ込む。


次いで、テーブルの上に置かれた水晶球――記録球に手を伸ばした。片手に握り込めてしまう大きさの水晶は全部で三つ。魔力による保護のかかったそれを完全に破壊するのは容易ではない。セリーヌは、水晶球の一つを暖炉の奥の壁に向かって叩きつけた。僅かな音を立てて水晶が欠ける。保護の弱まった水晶を、火が呑み込んだ。水晶が熱に溶け出すのに安堵して、セリーヌは二つ目の記録球を同じように破壊した。


最後の一つを手に取ったセリーヌの動きが止まる。記録球の表面、そこに反射するヘーゼルの瞳が僅かに歪んだ。記録球に残された記録は、セリーヌにとっては何よりも大事で、そして、誰にも知られてはならない忌まわしきもの。


僅かな躊躇の末、意を決したセリーヌは記録球を掴んだ手を振りかぶる。


同時に、研究室の扉が激しい音を立てて開かれた。


「……っ!」


「はい、そこまで。死にたくなきゃ、動くな」


扉を蹴り開けて入って来たのは、着崩した軍服姿の男。バイラートの指揮官らしき彼の背後には、複数の人の気配がある。けれど、セリーヌの視線は部屋に押し入ってきた指揮官に向けられたまま。彼から目が離せなかった。


明るいくせのあるオレンジの髪。頭部に生えたネコ科の大きな耳は、周囲を警戒するようにピンと立っている。そのくせ、セリーナに向けられる嘲笑は余裕たっぷりに。獲物を甚振る肉食獣のそれだった。一歩、二歩と距離を近づけて来る男に、閉じられたままのセリーヌの唇が震え出す。


(ああ……!)


彼が、自らの意思で立って、歩いて、そして、言葉を口にしている――


目の奥から込み上げてくる熱い塊。セリーヌには抗う術がなかった。溢れた涙が頬を伝う。それを認めた男の口角が歪に持ち上がった。


「泣き落としか?そんなものが通用するとでも?」


男の嘲りに、セリーヌは思わず笑みを浮かべた。もう、何も思い残すことなどない。


男が反応するより早く、セリーヌは振り上げた記録球を暖炉の奥へと叩きつける。


「チッ……!」


男――山猫の獣人であるケレンが舌打ちする。一気に距離を詰めた彼が、セリーヌの背後に回り、両腕を捕らえた。ケレンの指示に、彼の部下たちがセリーヌを拘束する。手荒い扱いに抵抗することもなく、セリーヌは自らの運命を受け入れた。


前世の記憶を持って生まれた今世。二度目の生も、きっともうすぐ終わる――






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