表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛し方も知らずに  作者: リコピン
17/35

1-15 夢路

彼女が去った後、セリーヌは改めて自身の寝床を整えた。床の上に敷き詰めたクッションで寝る生活に戻ったが、そこに不満はない。


セリーヌは小柄な方ではあるが、成人二人で寝るにはやはり研究所のベッドは狭い。どれだけ気を付けたつもりでも、朝目覚めるとケレンに抱きしめられている、或いは、セリーヌがケレンに抱きついていることが何度かあった。


そんな夜、セリーヌは夢うつつに彼の記憶世界を覗いてしまう。治療目的ではなく記憶に触れることに引け目を感じていたセリーヌは、一人の寝床を確保して漸く安堵した。


ベッドで寝息を立てるケレンの姿を確認したセリーヌは、自身もクッションの山に身を横たえる。そうして訪れた睡魔に身を任せたその夜、セリーヌは夢を見た。既視感のある夢。よく似た場面を知っている。


(だけど、これは……)


本当に夢――?


夢の中で、セリーヌは混乱していた。これは夢のはず。そうでなければおかしい。だって、今は治療中ではないし、彼に触れてもいない。だから、これは夢のはずで――


「……また、あんた?」


「……」


どこかの屋敷だろうか。いつもより豪勢な室内、天蓋付きのベッドの上で横になっていた男が身を起こした。


「ほんと、しつこいな。そんなに俺をとり殺したいの?」


いつもと同じ軽い調子、だけど、いつもより僅かに疲れた声。少しだけ迷って、セリーヌは男――ケレンに答えた。


「……私は亡霊ではありません。あなたをとり殺すつもりもありません」


夢の中だから言えること。彼の記憶世界ではあり得ない反応を返したセリーヌだったが、記憶世界から弾かれることはなかった。


(やっぱり、夢なのか……)


ケレンの記憶世界を繰り返し覗いたせいか、夢と記憶世界の境界が曖昧になっているらしい。そのことに少しだけ不安を感じるセリーヌの耳に、「へぇ」というケレンの楽しげな声が聞こえた。


「あんた、しゃべれたんだ」


言ってベッドを下りた彼が、部屋の隅、セリーヌへと歩み寄ってくる。しなやかな肢体、足音一つ立てずに近づいてくる彼の姿が、現実の彼の姿と重なる。


夢の中だからだ。ここは彼の記憶世界ではない。そう分かっていても、彼の記憶が現在の彼に追いついたのではと錯覚してしまう。自然、セリーヌは笑った。


「……ねぇ、殺し屋でも亡霊じゃないないってんなら、あんたは何なの?」


目の前に立ち塞がったケレンが、セリーヌを見下ろす。


「気づいたら居るけど、あんた、何がしたいわけ?……そんなに俺に殺されたい?」


低くなったケレンの声にも、セリーヌの笑みは消えなかった。セリーヌは、小さく首を横に振る。


「何も……」


「は?」


「何もするつもりはありません。ただ……、ただ、見ているだけです」


セリーヌの言葉に、ケレンの眉間に皺が寄る。


「何、それ。意味わかんない」


言って、セリーヌの顔――ローブの奥を探ろうとするケレン。


「……ホント、意味分かんない。顔は見えないし、いつの間にか部屋に入ってくるし……」


そう呟くケレンが、ため息とともに首を傾げる。


「あんたさ、亡霊じゃなくても、人じゃないよね?魔女か何か?」


心底分からないという風に尋ねられて、セリーヌはまた笑った。


「あなたがそう思うなら。私は魔女です」


「……俺が思うなら、か」


スッと目を細めたケレンの右手が伸びてくる。彼の手がセリーヌに触れる直前、セリーヌの視界が白に染まる。記憶世界から弾かれるような感覚。けれど、これは夢。夢からの覚醒なのかと戸惑うセリーヌの耳に、ケレンの声が聞こえた。


――魔女、俺の魔女……


「っ!」


一気に覚醒したセリーヌの意識。暗闇の中、飛び起きそうになった身体が動かない。驚く間もなく、セリーヌは自身の身を包む熱に気が付いた。


クッションの上、セリーヌを抱き締める人がいる。


「っ……!」


セリーヌは、上げそうになった悲鳴を飲み込んだ。その熱が誰のものなのか。回される腕の重さをセリーヌは知っている。


(ケレン……!)


彼が、隣に居る。ベッドの上に居るはずの彼が。


(ああ、嘘っ!本当に……!?)


セリーヌの胸の内に歓喜が沸き起こる。


彼がココに居るということは、彼が動いたということ。セリーヌが寝ている間に、自らの意思で。


セリーヌは目にした事実が信じられずに、隣で眠るケレンをじっと見つめた。微かな寝息。無防備に寝顔を曝す彼は、どんな顔で立ち上がり、ここまで歩いて来たのだろう。ドキドキと、セリーヌの鼓動が速くなる。


確かめたい。


今すぐにケレンを起こして、彼の反応を見てみたかった。その気持ちを押し殺し、セリーヌは彼の寝顔を見つめる。期待に弾む胸、明日の朝が楽しみで仕方ない。彼は、自らの意思で立ち上がる姿をセリーヌに見せてくれるだろうか?何か言葉を掛けてくれるだろうか。


まんじりともせずに、セリーヌは朝の光を待ち続けた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ