初めての聖王国
魔法共生国、そこにある魔法学園の学長ダリアスの依頼を受け聖王国に向かうノールとエルビー。
港町ラビータから船に乗り陸地に沿って南下していくとエスラミエルースと呼ばれる港町が見えてくる。
このエスラミエルースという港町に着いたならばそこはもうすでに聖王国領と言うわけだ。
ここから聖都に行くのであれば馬車で余裕のある行程でもだいたいひと月ぐらいで着くのだと言う。
王国、帝国、聖王国といずれの国も一つの大陸に収まっているのだが陸から行かないのには理由がある。
ドラゴンたちの住む山ドラゴンズ・ピーク、そのドラゴンズ・ピークを中心として山脈が三方に延びているが、これが往来を困難にしている原因だった。
山越えも冒険者ならば可能かも知れないが王国と聖王国を分断する山脈、その北側の一帯はドラゴンが生息する地として忌避されているし、そもそも祟られるのを恐れ近づこうとすらしないのが普通だ。
そして他の山脈もドラゴンこそいなくても強力な魔獣が生息しているため腕に自信のある冒険者であろうとわざわざ挑むような者はいない。
それに船ならば金はかかるが長い移動距離をゆっくり優雅に過ごせるのだからなおさらだ。
山越えだってタダじゃない、本気で山を越えるならば様々な準備で多額の費用が必要になる。
結局金はかかるのだから安全で楽な方が良いに決まっている。
だから金はかかるが船を使って正解だ。
と言うことをラビータの船代金を徴収している男から懇切丁寧に説明された。
おそらく幾度となく船代金が高いなどと文句を言われているのではないだろうか。
もしかしたら「この金があればおいしいものいっぱい食べられるのに……」と言うエルビーの声が聞こえていたのかも知れない。
そして予想はある程度正しかったらしく、自分たちの後に乗ろうとしている商人が高いと文句を言っていた。
船には帝国に行くため乗ったことがあるので驚くようなこともない、などと思っていたけど違った。
あの時乗った船とは違い、この船は真新しさが至る所に残っている。
そんなきれいな船の甲板から陸とは反対の方を見ると一面の海が広がる光景に一瞬目を奪われてしまうのだった。
隣を見ればエルビーも身を乗り出して海を眺めている、また落ちなきゃいいけど……。
動き出した船、その船の左側には岩壁が続く。
数日も経つとその先には海まで張り出した高い山の壁が見えてくる。
おそらく王国と帝国を分断する山脈の端なのだろう。
これを超えると聖王国領の海でエスラミエルースまでちょうど半分を過ぎたと言う位置づけでもある。
景色と言う点でもがらりと変わりそれまであった岩壁はやがて消えて浅瀬と深い森がずっと続いていく。
船乗りの男の話では王国の魔獣と言うのは実はかなり大人しい部類なんだそうだ。
聖王国や帝国の森奥深くにはかなり危険な魔獣の数々が棲んでいるらしいが、そんな魔獣も山を越えてくることはないと言うのも理由の一つとなっている。
大人しい魔獣に慣れてしまった王国の民が何も知らずに森に入って……、なんて話はよく聞くから気を付けるようにと言っていた。
そしてその船乗りの男からはもっと驚くべき話を聞くことが出来た。
それはエスラミエルースに停泊した後、船はさらに南下し別の国にも行くのだと言う。
なんと、聖王国以外の国もあったのだ。
エルビーと二人で驚いていたら船乗りに当たり前だろと笑われたけど。
さらに数日が経過し朝食を食べたノールたちはいつものように甲板へとやってきた。
船室にいても面白くないので食事と睡眠以外はほとんど甲板で遊んでいるが、今日はそれまでと違い船乗りたちが何やら慌ただしくしている。
その一人に尋ねてみると、どうやらそろそろエスラミエルースに到着するためその準備をしているらしい。
それを聞いたノールとエルビーは船首へと向かうと陸地の先に街が見えないかと探し始めた。
ほどなくして二人はそれを見つける。
聖王国最西端に位置する港町エスラミエルース。
朝食後すぐ甲板に出てきてしまったため気づかなかったが、船内では船乗りたちが「本日到着するので下船の準備を」と触れて回っていたらしい。
良く見れば甲板にはすぐに降りられるように荷物をまとめた乗客たちが集まり始めていた。
しかし問題はない、とくにまとめる荷物もない二人はそのまま降りるだけだ。
エスラミエルースはラビータよりも大きな港町だが、どちらの歴史が古いかは誰もわからないらしい。
初めて聖王国の地を踏みしめた二人は長い長い航海の疲れを、ちょっと伸びをして深呼吸するだけで吹き飛ばす。
ここからは馬車で移動なのだが、すぐに馬車が出るわけでもなく出発までの時間で食事をとることにした。
「ねえノール、ダリアスから貰ったお金どれくらい残ってる?」
問われてノールは革袋の中をエルビーに見せる。
「ん~、まだいっぱいあるけどさ、こっちでも依頼を受けて稼ぎながらじゃないとすぐ無くなっちゃうわよね? これから馬車にも乗らなきゃだし」
「たぶん、そうかも」
「お金の管理とかゲインたちがずっとやってたからあんなにすぐ無くなるものだとは思わなかったわ。 ダリアスの依頼を受けてる最中に他の依頼を受けてもいいものかしら?」
「ダリアスのは正式な依頼じゃないし大丈夫だと思う。 王都での護衛任務の時も大丈夫だったし。 ダリアスからダメとは言われなかったし」
「まあそうよね、よしじゃあ……っと、その前にどこに行けばいいのかしら?」
「聖都ミラリアって言ってた」
聖都ミラリア。
聖王国の首都であり国内最大の街らしい。
当然、国の重要な機関もその街にあり悪魔が活動しているとすればその聖都以外にはないという話だ。
馬車が出発する場所に向かうと、すでに数名の人間が待っているようだった。
「君たちも乗るのかい?」
馬車の御者らしき人間に声を掛けられたノールは愛想のない返事をする。
「よしじゃあ乗ってくれ。 それじゃ皆さん、定員となりましたので出発します。 目的地は聖都ミラリア、お間違えありませんね?」
定員は10名から12名の大きな馬車で今回は11名の乗車となった。
実際の定員数は客の体格や荷物の量に応じて都度判断し、あまりに大荷物だと追加料金発生なので馬車側が損をすることもない。
定員数は船に乗っていた乗客数と比べると少ない、つまり早い者勝ちである。
それと宿泊や食事などのため各村や町を経由するがこの馬車で聖都ミラリアまで行くわけでなはく、だいたい大きな街で馬車を乗り換えることになる。
乗り換える際も最初にここで乗車券と言う木札を渡されるので以降は乗車券を見せるだけで聖都ミラリアまで乗せて行ってくれる。
目的地である聖都ミラリアに着くと乗車券を回収するが、もし途中で降りるとしても乗車券は回収せずそして返金もされない。
それでも期限が無いため席が空いていればいつでも途中から乗ることが出来るので乗り遅れたとしても客が大損することは無いという仕組みだ。
ただし、その日来た馬車から乗り換える人が優先されるため出発の時間になるまで乗れるかどうか分からず待つことになる。
この時期は比較的乗車する人が多いのでその日の乗り換え馬車を逃すと次乗れるまでどれほど待つか分からず遅れると大変なのだとか。
馬車を乗り換える理由だがそれは簡単で、馬が潰れないようにするため、そして御者の休息も兼ねている。
御者たちは決められた街から街を数台の馬車で往路、休息、復路、休息と繰り返していて、御者のほとんどがその範囲に住居を構えていて仕事をしていると言うわけだ。
乗客はその馬車を何台か乗り継ぎながら聖都まで移動していくことになる。
こういった長距離の馬車は大商会と呼ばれるようなところがやっていて、近隣の街から街などの短・中距離は小さな商会が担当し大商会による利益の独占を防いでいる。
途中で降りる場合でも返金に応じないのは大商会が利益を最大まで得るためだし、乗車券を回収しないのは回収してしまうと長距離と言う原則を外れるので違反になるからだ。
なぜこんな詳しく知っているのかと言うと退屈を紛らわせるためかエルビーが御者にいろいろ聞いているからである。
二人の座る席が馬車の先頭側で御者と話しやすいのもあるだろう。
一番後から来たにも関わらず先頭に座っているのは、戦力にならない子供などは前、戦力になる者が後ろに座ると言う聖王国では比較的当たり前の習慣のためらしい。
盗賊や魔獣対策なのだが冒険者である二人であっても周りはそんなこと知る由もなくただの子供として扱われているわけだ。
ではそれほど盗賊や魔獣に襲われるのかと言われれば今はそうでもなく、本当に昔からの習慣なんだと言っていた。
そしてビッツたちと馬車で移動したときと違い、座る位置などもあって簡単には外に出られず船旅以上に退屈していると言うわけである。
エルビーが話を聞くのは何も御者だけとは限らない。
最初に話しかけてきたのはノールの隣に座る女冒険者だ。
「ねえ、君たちってもしかして冒険者だったりする?」
「そうよ、私もノールも冒険者なの」
「やっぱりそうなのね、私たちも冒険者よ。 私はラフィニア、隣はリック。 聖都まで長い旅になるけどよろしくね」
次に話しかけてきたのはノールの前に座る恰幅の良い中年の男。
「ほぅ、君たちも冒険者なのか。 私はこの国で商人をしているが今回は王国からの帰りでね、こっちの四人は護衛の冒険者と言うわけだ。 馬車の護衛についても彼らが行うから君たちは安心すると良いぞ」
そう言われてその商人の隣――と言っても荷物を挟んでいるが――に座る少女が手を振る、年の頃は16、7と言ったところか。
「こっちの魔獣は王国より強いって聞いたけどそうなの?」
エルビーが誰となく質問を投げかけた、それに答えてくれたのはノールの隣の女冒険者 -ラフィニア- だ。
「それはあくまで森の奥深くまで行けば、と言うところね。 この街道で言うなら王国と大差ないと思うわよ、君たちって王国の冒険者なのね、聖王国は初めて?」
「そうよ、帝国には行ったことあるけどこっちは初めてだから楽しみよ」
「そうなのね、じゃあ今回は私たちと一緒にあちらの護衛の冒険者さんにお世話になりましょうね」
ラフィニアの言葉に反応したのは馬車後部に座る男、どうやら護衛冒険者のリーダーらしい。
「もちろん任せてくれ、こっちは護衛で仕事中だしさ。 金も貰っているのに何かあった時、他人任せにして支払いを渋られても嫌だしな」
「私がそんなせこい真似をするとでも?」
恰幅の良い商人は鋭い目で言うが、護衛冒険者のリーダーは本気にしている様子もなく軽くパタパタと手を振りながら答える。
「いやいや例えばだよ例えば、俺たちの仕事は依頼人である旦那とその荷物の護衛だからな。 旦那が乗る馬車を守るのも俺たちの仕事のうちなんだろ?」
「まあ、次回の依頼の時に多少値切ることはするかも知れんが」
「いや、旦那それは勘弁してくれよ」
「ちょっと二人とも。 小さな冒険者さんがいるんだからそういう身内ネタは控えて。 聖王国の商人はケチだと思われちゃうわよ? まったく。 ごめんね、実はこの人は私の父なのよ。 まあおかげで専属の護衛みたいになっているから仕事に困ることもないのだけどね」
商人と護衛リーダーの間に割って入ったのは商人の隣で手を振っていた女冒険者だった。
「ああ、スマンスマン。 私はこの体と同じで太っ腹な商人だから、さっきのは冗談だよ、ハハハハッ」
そう言って商人は自分のお腹をポンポン叩いて見せた。
和やかな雰囲気に包まれた馬車の旅は、まだまだ続くのである。